どうしても、Jake と Brandon がもうちょっと仲良しになるところまで、ご紹介したい!
ので、ちょっと大丈夫なのぉ…???と、我ながら少々びびりつつ、続きを投稿させていただきます。
どうぞ、引き続き、息を潜めて、こっそり読んでいただければと思います。
『Caught Running』
第三章
科学教師は三塁線のところのフェンスにジョナサンと並んで寄りかかっていた。年下の男は、入部適性トライアウトでジェイクが実施しているいくつかの基礎練習の根拠について深く考え込んでいる。昨日から今日にかけ、大体四人が不合格となっていたが、それは、一年生コーチによると、予想よりも少なかったのだそうだ。
グランドでのジェイクは力そのものだった。ハンサムボーイのトロイでさえ、ジェイクの圧倒的な個性の前では影が薄らいだし、ブランドンはヘッドコーチの中に皆から人気のある学園祭のキングの姿を容易に見て取ることができた。しかし今やその魅力は、自分に自信を持ち、その自信を行使することをためらわない男へと姿を変えていた。またもやブランドンは仕事上の関与を超えて湧き出した興味の瞬きを抑えつけた。彼は、そんな感情の発露を抑えつけ、絶対に日の目を見させるようなことはさせないと心に決めていた。
ジョナサンが、自分がやると申し出てくれたのだが、今日もブランドンは走り込みを担当した。彼はジェイクの夕べの痛みを覚えていたし、ヘッドコーチに走らせるようなことはさせたくなかったのだ。今回は二人ではなく、三人に振り切られてしまったが、その差は半歩となかった。公園での練習に、ダッシュの練習を少し取り入れるべきなのかもしれない。
ジョナサンからサイドステップの練習をしている生徒たちを見るよう指摘され、生徒たちの努力を観察する間に、ブランドンは、サイドステップに関係するバランスに長けた生徒は多くないことを見て取った。そこへジェイクの厳しい声が浴びせられれば、尚更バランスを崩すことになる。
「お前らグローブすらはめてないんだぞ!」とジェイクが怒鳴る。「まともに立ってもいられないで、どうやって打球をさばくつもりだ?」彼は、複雑な基礎練習を行う少年たちの列の間を歩きながら、そう問いかける。この練習を行う最大にして最も重要な理由は、生徒たちの筋肉に記憶として染み込ませることにより、もっとも効果的なターンの仕方や走り方を教え込むことだった。しかしそれはまた、ベース間を上手く走る訓練ともなり、昨日の練習をすり抜けた雑草を引き抜く手段にもなるという二つの意味も備えている。
「足を上げろ!」トロイが選手たちの列の反対側から声を張り上げた。二人はタッグを組んで、ハゲワシのように子供たちの周りを周回しながら、生徒たちを威嚇する。ジェイクは、他のコーチたちが子供たちに励ましの声をかけているフェンスの辺りに視線を投げ、善玉悪玉に分かれて取調べを行う刑事たちのように、実に上手く機能するコーチングスタッフが揃ったものだと考えた。彼は、ちらっと視線の端にブランドンの姿をみとめた。ジョナサンの隣に立ち、二人で何かを囁きあっている。彼はそんな二人の姿に気を散らされる前に視線をそらせた。彼は夕べブランドンに語ったことの一部を思い出した。おそらくはどんな相手であっても語るべきではなかったことで、彼はその記憶に少し顔を赤くした。彼が自分のプライベートを公にしないと決めているのには理由がある。そしてブランドンという男に対し突然湧いたこの興味は、いいこととは言えない。
「うーん、僕も初めてやるとしてそう上手くできるかはわからない。でも僕は、バランス感覚はかなり良い方だから」とブランドンは言った。彼は視線を上げ、ジェイクが彼ら二人に視線を投げ、それから子供たちの方へ視線を戻したのを目にした。「僕らも何かした方がいいのかな?」
「いや、基礎練習が終わるまで待つ、じゃないと邪魔になるだけだから」ジョナサンは手を振って答えた。「で、ガキどもを観察するんだ。群れの中から一番弱いのを見つけ出す、ま、そういうことをするわけ」
ブランドンは、夕べ集めた情報に今目にしていることを併せながら、ゆっくりうなずいた。ふと思いついて、彼は夕べ思いついたことを小さなポケットサイズのノートに書き留めておいたのだ、そのノートは今、尻ポケットに入れてある。「君は学生時代、野球をやってたのか?」と、彼は尋ねた。
「うん、ここ、パークビュー高校でね。ジェイクが四年の時、僕は一年だったんだ」ジョナサンは、太陽の日差しに目を細めながら、一つうなずいてそう答えた。「時々、僕らのコーチは練習を止めさせて、勉強のために代表チームを観察させたんだよ」彼はそう言って笑った。「まったく、彼らはとんでもない才能の集まりだったな。チャンスさえあったら、あの人たちの何人かは凄いキャリアに進んでたと思うんだけど」彼は、ジェイクが倒れこんだ生徒のところへ大またで近づき、その子のベルトを掴んで体ごと地面から掴みあげるのを見ながら、考えに耽った。
少年の顔に浮かんだ恐怖の表情を見て、笑いを噛み殺しながら、ブランドンは隣の男に向き直った。「君が、この学校に通ってたなんて知らなかった。長い間には、いったいどれだけの人間が戻って来てるんだろうな」彼は数えてみようとした。戻ってきてまた移っていく人間もいた、特に彼が勤め始めた最初の数年間には、ここで教育実習をして、その後もっと大きくて、もっと金のあるアトランタや、時には州外の学校へと向かう人間が大勢いた。
「大学で挫折した人間が戻ってくるのかもな」ジョナサンはあえてジェイクを目顔で指しながらそう言った。
「次に倒れこんだやつが出たら、全員グランド一周だぞ」ジェイクは、掴んだ生徒を列に投げ戻して大声を出すと、徘徊を再開した。基礎練習はそれからさらに一分ほど続き、これ以上やれば子供たちがバタバタと倒れ始め、もう起き上がれなくなるだろうという、まさにその直前、ジェイクは止めの声をかけた。「水を飲んで来い!」彼はそう命令し、フェンスのところへ戻ってきた。彼の背後では、何人かの生徒が文字通り這ってベンチに向かっている。
ブランドンはジョナサンのコメントに一瞬ショックを受けたが、ジョナサンはスポーツのことを言っているのだと気づいた。ジェイクは教員免許の資格を取らなければならなくなったかもしれないが、スポーツができなくなったからといって、それで彼がおしまいということにはならない。膝の故障の意味が、より納得できるようになってきた。そして、なぜジェイクがここにいて、どこかのプロ野球チームにいないのかということも。そこで彼は、打ち合わせがあるという話を思い出した。彼はジェイクが近づいてくるのを見て、少し姿勢を正し、ノートを取り出していくつかメモを書くと、数人の選手の背番号を確認した。
ジェイクは小さなノートをいぶかしげに見て、もの問いたげに片方の眉を上げ、フェンスのところに来てフェンスに寄りかかった。「あのチビはお前のチームの先頭打者になるぞ、俺が保証する」彼は身長がやっと五フィートちょっとという一年生に顎をしゃくって見せながら、ジョナサンにそう言った。「ショートだな」
ジョナサンはうなずいた。それは別の中学校から入ってきた子で、彼が知らない生徒の一人だった。しかし、ジェイクが認めた才能は、彼の目にもはっきりと映っていた。
「見ていて何か気づいたことは?」トロイがうるさい足音を立てて、弾むように駆け寄って来ると、ジェイクはブランドンを会話に招き入れた。
ブランドンは自分の殴り書きを眺めた。「ジャックは走りが速い、エヴァンもだね」彼は二人の三年生の名前を挙げた。「ジミーは凄く足が速いとか、走りに向いてるってわけじゃないけど、安定してる。一塁、かな。で、外野にいる三年、彼は持久力がある。視力がどうかはわからないけどね」彼は視線を上げ、三人が揃って彼をじっと見つめていることに気づき、もじもじし始めた。「なんだい?」本日、もう数え切れないくらいになるが、彼はそう尋ねた。
ジェイクは笑いを噛み殺し、首を振った。「いいだろう、ってことで」彼は質問に答えることなくそう応えた。「やつらを仕分けるか」彼はフェンスから離れつつそう指示し、命令を怒鳴り始めた。
「あれがどういうことなのか、知りたくないような気もするんだけど?」グランドに戻っていく代表チームのコーチの後に続いて、他のコーチと一緒に歩きながら、科学教師はそう低く呟いた。
「わからなくてもいいんじゃないかな」ジョナサンは笑って頭を振った。
子供たちは、重い足取りながら従順にグランドへ出てきて、昨日と同じ基礎練習に取り組み始めた。ジェイクは、日が沈み始めるまでその練習を続けさせ、そこで練習の終わりを告げると、生徒たちは用具を片付け始めた。
「誰かが金を払って野球をしてくれと頼みにくるまでは、お前ら、自分の道具は自分で片付るんだ!」ジェイクは監視しながらそう怒鳴った。「もし誰かに仕事を押し付けるのが俺の目にとまったら、俺が特別に仕事を作ってやるぞ!」
ブランドンは三塁ベースの近くに立ち、子供たちがあちこち動き回るのを見ていた。全く、あの子たちを見ているだけで疲れる。じきにグランドはきれいになり、彼はホームベースへと歩いて、他のコーチと合流した。
「明日からリスト作りに取り掛かる」ジェイクは、彼の周りに集まったコーチたちにそう告げた。辺りはどんどん暗くなり始めており、彼はきちんと片付いたかを確認するためグランドを見回した。「金曜までには、チームを決める。まあ、そんなところか?」他のコーチたちが従順にうなずくのを目にして、ジェイクは目をくるっと回しかけた。「また明日」ジェイクは、コーチ陣にそう告げ、一人の大学生の背中をばしっと叩いて前によろめかせると、ゲートへ歩き出した。
ジョナサンからバイバイと手を振られたブランドンは、それに一つうなずくと、彼自身も体育館へと歩いて戻り始めた。トロイはゴルフカートに乗り込み、うなりをあげて走り去った―一体全体彼はどこであんなものを手に入れて、ジェイクはその乗り入れを許しているのだろう? ―そんなことを考えつつ、生物教師は薄暗がりの中、気づけば駐車場を抜けて歩いていた。そこは静かでひんやりとしていて、彼は少し身震いした。
ジェイクは入り口近くの階段にどさっと腰を下ろし、スパイクを脱いでスニーカーに履き替え、再びゆっくりと立ち上がると、重たい用具バッグを肩に担ぎ、他のコーチたちが帰っていくのを眺めた。彼は、その時点で自分が何を考えているのかもはっきりしないまま、ブランドンをしばらく見つめた。ブランドンに対して湧いた感情の意味がつかめないという今の状況にはイライラさせられる。彼はその場に立ってストレッチをした。彼の長身が優雅にアーチを描く。それから彼は家まで歩いて帰るため、道路に向かいかけた。
その時突然、ブランドンが甲高い声を響かせた。「もう家に帰れるのかい? コーチ」彼は、コンクリートの上で、カチッとスパイクを鳴らして立ち止まり、なんということもない口調でそう尋ねた。ジェイクは体を回して、男を見返した。「ああ」と、彼は答えを返した。「道っ端でトロイをハイジャックして、やつのゴルフカートを盗んでやろうと企んでる」と彼はまじめな顔で言う。「仮にあんなもんでハネられたとしても、大したダメージも受けないだろうしな」と、小さく笑う。
ブランドンは鼻にしわを寄せて笑った。「一体、なんで君は彼にあんな非常識なものの乗り入れを許してるんだい?」と彼は聞いた。
ジェイクは芝の上から出て、駐車場へとぶらぶら戻ってきた。「あいつはあれで通勤してるんだ」と、ニヤニヤ笑いながら答える。「やつは、向こう側の一マイルくらいのところに住んでる」と、彼は自分の家とは反対の方向を指差した。「あいつはせこくて、ぐうたらってことだな。それに恥知らずと抜け目がないってのを足したら、恐ろしい組み合わせになる」
思わず笑い声をたて、ブランドンはただ頭を振った。「それって、とんでもないことだよ」とコメントし、目を躍らせる。
ジェイクは微かに笑みを浮かべてうなずき、これから歩いていく道路の暗がりを見やった。それは興味深い感情の混合だった。早く家に帰り着きたいという気持ちが、これまで全く関わりもなかった男と話し続けていたいという気になる感情と同居しているのだ。まあ、そんな窮状を解決するのに、簡単な方法が一つあった。「なあ、お前さえよければ、家まで乗せていくっていうお前の申し出を受けてもいいんだがな」彼は、もう一度ブランドンをちらっと見て、そう言った。「日もずいぶん短くなったし」
「構わないよ」ブランドンはあっさりとそう答え、ドアのところで立ち止まった。「ただ、僕は荷物を取って、靴を履き替えなきゃならないけど。すぐに戻るから」硬い床で靴をカチカチ鳴らしつつ、彼はすばやく校舎に入っていった。
ジェイクは静かにうめき、大きな体をドスンと階段に落として、そこに腰掛けて待った。実際問題、もう車で通勤せざるを得なくなるだろう。朝、歩きたい気分だったからといって、十二時間後に同じ気持ちだとは限らないのだ。
ブランドンは二分ほどで、外に出てきた。「僕、今日はこっち側に車を停めたんだ」彼はそう言って、駐車場の中ほどにある車を指差した。「その方が夜、楽になるんじゃないかと思ってさ」彼はジェイクに立ち上がる手助けのための手を差し出した。
ジェイクは、何のためらいもなくその手を掴み、男に引っ張ってもらいながら、小さなうめき声を上げて立ち上がった。「俺ももう年だな」彼は素直な気持ちでそう不平をもらし、ブランドンと並んで車へと歩き出した。
ブランドンは笑い声をあげた。「昨日、君、僕らは老いぼれてないって言ったじゃないか!」と指摘する。
「老いぼれたのは俺のある一部分だけってことで、それだけだ」ジェイクは言い訳がましくそう答え、笑顔で用具バックをぐいっと引き上げた。
「気持ちだけは若いっていうのは、ありふれた言い草だけど、それも一理あると思うな」ブランドンはそう言い、ジェッタの近くまで来ると、車の鍵を探してバックパックに手を突っ込んだ。「とにかく君にとってはね」
「おう、そうか?」ジェイクはちょっと面白がって尋ねた。「どうしてそう思う?」
「君に当てはまるってこと?」ブランドンは、リモコンで鍵を開け、バックパックを後部座席に投げ入れた。「君は、スポーツを愛してる。胸躍る試合をね。君は情熱を持ち続けてる。時にはうんざりすることがあったとしても、夜、痛みに耐えていても、君はそれでもスポーツが大好きなんだ」
ジェイクは暗闇の中で顔が赤くなるのを感じ、咳払いして後部座席のドアを開いた。「ああ、まあな、そうだな」彼は呟きでそう答え、自分のバッグを投げ入れると、ドアを閉じた。
ブランドンは、ジェイクが少し照れているのに気づいて、ちょっと微笑んだ。なので、彼はそれ以上追及することなく、車に乗り込んだ。すぐに彼らは出発し、ジェイクの家へと向かった。朝、彼が付けっぱなしにしていたラジオからは、静かにクラッシックロックが流れていた。ジェイクはこんな風な静かなドライブ中、何を話していいものかわからなかった。何か話すべきだとは思うのだが、気楽に会話できるほど、相手の男を知らないことに気づいていた。彼らは本当の意味では、共通の仕事さえしていないのだ。二人とも確かに教師ではあるが、種類が違う。彼は脳みそを絞って何とか話題を探した。「あー、お前、昨日より前からジョナサンと知り合いだったのか?」彼が、ついに口にしたのがその質問だった。
「ううん、知らなかった。彼は、僕もパークビューに通ってたってことすら知らないんじゃないかな」とブランドンは答え、昨晩と同じ信号で停止した。「彼は君の名前を知ってたって言ってたよ。君の事を尊敬してたってさ」と、彼はちょっとからかった。
ジェイクはもっと顔を赤くして、唇を噛んだ。「そうだな」彼はそう同意して、窓の外に視線を投げた。多くの人間が彼を尊敬していた。誰を差し置いても、彼こそ大物になると考えていた。フットボールと野球の奨学金をもらい、メジャーリーグとNFLのチームからスカウトされ。
でもその代わりに、彼はここにいる。
笑顔を浮かべ、ブランドンはそこで話をやめた。それ以上、ジェイクを突いて、ちょっと面白がらせる代わりに、不快な気分にさせたくはなかった。彼は交差点をすぎ、一分もしないうちにドライブウェイに乗り入れ、車を停めた。「練習の前に聞くつもりだったんだけど」ブランドンは静かに口を開いた。「君の足、今日は調子が良くなったかなって」
「まあな」ジェイクは自動的に返答した。「リフトパッドをまた靴に突っ込みさえすれば、足首の問題は解決なんだ。気を遣ってもらってありがとな」と、彼は素直な気持ちで付け加えた。
「よかった」ブランドンは一つうなずいて答え、それっきり何も言うことがなくなった。彼はその場に座ったまま、頭をひねり、なんとかして何か言うことを探そうとしたが、どうしてそんな風に思ったのかはわからなかった。でも、実際は違う、その理由ははっきりとわかっていた。ただ、それを認めたくなかっただけだ。
「ビールと飯を勧めてもいいんだが、…」ジェイクはブランドンに顔を向け、微かな笑顔を見せた。「午後の三時をすぎると、俺は、一緒にいて楽しい相手じゃなくなるからな」
ブランドンは笑いを抑え込むため、唇を引き締めた。笑いの発作が治まると、彼は口を開き、「夕べの君はよかったよ」と、どちらかといえば平坦な口調で言った。とはいえ、彼は理解していた。夕べは例外だったのだ。今は立ち去るべきだ。やるべきことも山ほどあるのだし。「おやすみ」と、彼はつぶやき、影になった男の顔をちらっと見た。
ジェイクは少し笑って、「俺は、いつだって、夕べはよかったって言われるタイプなんだ」と、言いつつ、ブランドンを肘で突きながらかろうじて吹き出すのを堪えた。「また明日な。乗せてもらってありがとう」
ジェイクの切り返しに首を振り、ブランドンは片手を挙げてひらひらと振った。「じゃあね」そう、彼は静かに言い、この奇妙でむずがゆいような感情はしっかりとしまい込んで、現実の世界に戻れ、と自分に言い聞かせた。彼は車のギアをバックに入れた。
ジェイクは手を振って、車から離れ、それから片足で小さく一歩跳んで、車の屋根をバンッと叩き、身を乗り出してドアを開けると頭を車内に突っ込んだ。「コーチの飲み会は明日だ」と彼はブランドンに言った。「練習の後、ここに集合する。ピザに、ビールに、またビール…ってやつだが」
ブランドンはジェイクに車を叩かれて、びくっとしたが、彼の話が終わる頃には、どきどきも治まった。彼は、ほんのちょっとだけ笑顔を浮かべずにはいられなかった。「僕もコーチなんだから、僕も招待されてるってことだよな。何か持ってきた方がいいのかな?」
「ビールとかチップスとかに、特別こだわりの銘柄があるならな。まじで、単なる飲んだくれるための言い訳なんだ。ただし、ジーマとかそんなナメたもんを持ってきやがったら、ぶん殴る」ジェイクはそうからかって、ウィンクした。
ブランドンの顔に浮かんだ表情は、所謂、無言の恐怖というヤツだった。「ジョナサンがそれをやったなんて言わないでくれよ」
「いや、トロイだ」ジェイクは声を上げて笑い、車に寄りかかってドア越しに覗き込みながら、車内の男に満面の笑みを見せた。
「全くもう。あいつ学校はどこだったんだろう? 工科大でそんなものを飲んでるところを見つかったら、七十五号線のハイウェイの高架から投げ落とされかねないよ」ブランドンはまだ身をすくめたままそう言った。
「やつは、冗談だって言い張ってたけどな」ジェイクはくすくす笑った。「ヤツは単にクローゼットに隠れたオカマなんだと思うぜ」彼は肩を揺らして笑い、頭を振って体を起こし、その手でもう一度車を叩いた。「また明日な」彼はその声に笑いをにじませてそう言い、体を翻して玄関に向かった。
その場に固まったまま、ブランドンはジェイクが階段を上っていくのをただ見ていた、コーチに今現在の顔を見られなくて良かったと強く思った、なぜなら、見られたくないと思うあらゆることが、今の彼の顔全体に、確実に書いてあるだろうから。クローゼットに隠れたオカマ。くそっ。ブランドンは髪に指を通し、ドライブウェイから車を出した。ジェイクが今口にしたことを、いくらかでも愛情を込めた、からかうような気持ちで言ったのであることを心から願った。汚いものから目をそらすような気持ちからではなくて。
ブランドンは、そんな声をもう一生分も聞かされてきていたから。
「おはようございます、バートレット先生」翌朝、元気のいい小柄なチアリーダの子があいさつしてきた。「おはようっす、コーチ」彼女と一緒に歩いてきた少年がそう言いつつ、ブランドンに敬意を払って会釈をし、笑顔でそれぞれの席に向かっていく。
「ケイティ」ブランドンは、上の空でそう言いつつ、彼女の名前を名簿でチェックしたが、ジミーの挨拶には不意を突かれて、彼は思わず顔を上げた。眼鏡を押し上げて、体裁を整えなおす。「あー、おはよう、ジミー」
「おはようっす、コーチ」ほぼ同時にまたもう一つ挨拶が飛んできて、それに続いてパラパラと別の挨拶の声がいくつか、子供たちが列をなして入ってくるのと一緒に飛んできた。一日の最初の授業というのは、大抵の場合、疲れた様子の子供たちが、思い足を引きずって教室に入ってきて、うめき声と共にどさっと椅子に座り込む様子を目にするものだ。なのに、昨日までの二日間に野球部のトライアウトに参加していた少年たちは一人残らず、その朝、快活と言ってもいいくらいの態度でブランドンに挨拶した。
目をぱちくりさせ、そこで彼は、選手たちは授業を休まない、と、ジェイクが話していたことを思い出して、出席簿に目を落とし、コーチの言葉が正しいことを認めざるを得ないことになった。彼ら全員、欠席なしだったのだ。心地よい驚きとともに、ブランドンは教室の端にあるデスクへと移動し、この時間の指導目録を手にした。「さて、四つのグループに分かれてくれ。それから各グループごとにいくつか机をくっつけてくれるかな。今日は対話式の課題を行うことになるから」ブランドンが確実にいい手応えを感じるのは、こうした、教科書を離れた課題について、生徒たちが一緒に作業をするという活動だった。彼は個人的に、生徒たちは、見たり聞いたりすることよりも、実際に行動することによって、多くを学び取ると感じていた。そんなことを考えながら、彼は、お絵描き連想ゲームの生物用語版を始めさせ、生徒たちが取り組む様子に聞き入った。
一時限目の授業が始まると、ドアの近くのスピーカーから朝のお知らせが流れはじめた。放送の声がいつもの連絡事項をだらだらと読みあげ始めたが、声の主は明らかにこんなことは誰も聞いてないと承知しているようだった。最後には、こんな連絡があった、「それからキャンベル・コーチから全校生徒に覚えておいて欲しいことの連絡です。今度誰かロッカールームの天井に、濡らしたトイレットペーパーを丸めて投げてるところを見つけたら、そいつは…、待って、これって放送で言っていいんですか? 言っても大丈夫か、わからないんですけど」咳払いの音と、判別できないくぐもった声の後、放送を担当する生徒が続けた。「とにかく、そういうことはやめてください、これだけは信じたほうがいいです」
クラスの何人かの男子たちが声を殺して笑いつつ、何とか大きな声を出さないよう頑張っていたが、彼らのコーチが使う脅し文句は明らかにお馴染みのものであるようだった。ブランドンは眉をつり上げた。ジェイクが言いそうなことは、彼にも想像がつく。頭を振り、彼は小さく笑うと、シンシアの頭を軽く叩いて、屑籠を指差してガムを捨てるよう無言で伝えた。トロイが、最後の言葉をそのまま読み続けられるような上級生を見つけられなかったのは残念だ。もしそうなれば午前中一杯楽しい気分に浸れただろうに。
歩き回っている間、ブランドンは野球部の子の一人が絵を描くのに苦労しているのに気づいた。右手の代わりに左手を使っている。彼がそのことについて何か言おうと口を開いた時、その子の右手が目に入った。彼の指にはテーピングが巻かれている。教師は、邪魔をしたくなくて、口にしようとしていたコメントを取りやめ、そのまま観察した。その少年のペン使いは、確かにぎこちなかったが、その子はやり遂げ、他の生徒たちはきちんと答えを当てることができた。ブランドンは笑顔を浮かべ、その子の肩をポンッと叩いた。「よくできました」と、小声で言って、次のグループへと移っていった。
「ありがと、コーチ」と少年は自動的に答えた。
ブランドンのその日の他の授業も似たような感じで過ぎていった。三時限目、膝を固定する支持具をつけているため、片足を伸ばして座らなければならないチアリーダの子がいた。四時限目には、手首を固定しているソフトボール部の選手がいた。五時限目には、片目に青あざをつけているラクロスの選手がいた。教師はどうやってこれまでこうしたことの全てを見逃すことができたのか、理解に苦しんだ。全ては、彼の目の前にあったっていうのに。彼が生徒たちのことを良く思っていないとか、注意を払っていなかった、ということではない、単に彼は子供たちの怪我や、その子たちがその怪我にどう対処していたのかに、気づかなかったのだ。その事実を知った今、彼は心から自分を恥じた。六時限目が始まる九分前、書類やファイルをバックパックに詰め込み、デスクの下からダッフルバックを引っ張り出すと、体育館へと、そして『愛すべき』保健のクラスへと向かった。彼は、生徒たちが嫌がって逃げ出したがるに違いない解剖学の勉強に対し、いくつか計画があった。それに彼はまだ生徒たちとの間になんとか親密な関係を築こうと努力しているところで、ちょっとした楽しみを授業に挿むのも、長い目で見れば、生徒たちとの関係の向上に貢献する材料になるかもしれないと考えたのだ。彼は、ベルが鳴るほんの数分前に、体育施設棟にある教室に辿りついた。
体育館と、ロッカールームや職員のオフィス、そして教室を繋ぐ迷路のような廊下のどこかから、怒りに満ちた怒鳴り声がタイルにこだまし、開いたいくつものドアを通り抜けて響いてきた。その声は、駆け足の音と一緒に次第にはっきりと聞こえてくる。「隠れていた獲物がついに姿を現したようだな」廊下に立ち尽くしているブランドンに愉快そうな声が届いた。科学教師は振り返り、廊下の薄暗い一角の壁に学内在駐警察官が寄りかかっているのを目にした。彼が身につけている手錠と銃は、校内の廊下で、冗談抜きに場違いだった。再び叫び声が響き、どこかでドアを激しく叩きつける音がした。「やつは、何週間も、あの子ネズミどもを追い回してたんだ」と、警察官は笑い声をたてて言った。
「一体、なにごとですか?」ブランドンは、生徒たちが彼の横を抜けて教室に入っていく中、教室の外に立ち止まって尋ねた。
「ロッカールームにたむろしてるガキどもがいるだろ、ああいったやつらだよ」と、学内警察官は答えた。「ったく、やつらにとっちゃ、俺なんかよりも、よっぽどキャンベルの方が恐いんだからな」彼は静かに笑って、ペプシの缶を口元に持っていくと、慎重にタバコをその中に吐き出す。
ブランドンは思わず笑顔になった。「ああ、わかりますよ。僕もそうだから」と、彼は言った。二人の生徒が両開きのドアを飛び出してきて、彼らの前を通り過ぎ、本校舎へと続く屋根つきの渡り廊下の方へ全速力で走り去っていくと、彼の笑顔はさらに大きくなった。
学内警察官は、子供たちが彼の目の前を飛ぶように走り抜け、その少し後、再びドアが開いて、ジェイクが大またに歩き出してくるのを見て、大きな笑い声をあげた。「くそガキども」と、ジェイクは唸り声を上げ、周囲を見回して初めて、その場に他にも人がいたことに気づいた。「この次は、やつらを撃ってくれ、誰にも内緒にしとくから」と、彼は警察官に息巻いた。ブランドンと学内警察官は顔を見合わせ、二人揃って大笑いした。「うるせえよ!」ジェイクは不機嫌にそう言って、別の両開きドアを押し開け、広い体育館に入っていく。「てめえら、そのヘリから降りやがれ!」彼の背後でドアが閉まる瞬間、彼は突然そう地鳴りのような声を響かせた。
二人の男はそのままベルが鳴るまで笑い続けた。「野獣の館にようこそ」学内警察官はそう言って、ぶらぶらと歩き去った。ブランドンは笑顔のまま教室に入り、出席簿を取り上げだ。なんて騒ぎだ。デスクの前の角に腰掛け、彼は仕事に取り掛かった。まだ生徒たちの名前と顔を一致しきれていないのだ。
「紳士淑女のみんな。そしてロドニー」ブランドンは、窓の外をじっと見つめている一人の生徒を呼び戻した。生徒が慌てて前を向くと他の生徒たちが忍び笑いをもらす。「今日、僕らは人体の構造について勉強します」
このニュースへの返答として、笑い声や口笛が飛んだ。この騒々しいクラスで唯一大人しくしていたのは、ブランドンに対してしきりに睫毛をパチパチさせる女の子たち数人と、野球部のトライアウトに参加して、ブランドンのことをコーチだと認識している男子二人だけだった。
「いいだろう。誰か、宿題として言っておいた、このページの予習をしてきた子はいるかな? ほんの5ページだけど」と、彼は催促した。「やってきたという子は手を上げて」
数人が手を上げ、何人かは咳払いした。「絵は見たぜ!」と、一人の子が生意気な口調で申し出た。
ブランドンは手招きでその生意気君を教室の前に呼び寄せた。「君の名前は? ラリー・ウォレス? よし」彼は、手を上げている数人に視線を戻し、大人しくしていた女の子の一人を選んだ。「ここへ来てくれるかい、メリッサ。今回の課題の目的は、正しい名前を使って、体のパーツを確認することなんだ」
メリッサは呼び出されると顔を真っ赤にしたものの、素直に教室の前に歩いてきた。メリッサの横では、ラリーがクラスみんなの注目を一身に集めて、満面の笑みを浮かべている。ブランドンは二人の『ボランティア』の反応を心に留めた。「課題のルールは、体の部分を指一本で触ること、だ」
さざ波のような笑い声が教室に広がり、メリッサはさらに顔を赤くした。「本当にそんなことするつもりですか? バートレット先生」彼女は、少しかすれたような声で尋ねた。
ブランドンは励ますように彼女の肩を掴んだ。「ラリー、もし君がルールを破ったら」教師は、生徒の注意を引くため、あえて名前を強調して呼んだ。「つまり、もし君が不当にいやらしいタッチをしたりしたら、君は二つの選択肢から一つを選ぶことになる」
「ひっぱたかれるか、そのまま続けるか。そんなのなんもめずらしくないけど」ラリーは、鼻先でせせら笑ってそう言った。
「君の行動をメリッサのお父さんに説明するか、キャンベルコーチに説明するか、だ」と、教師は答えた。
ラリーの笑顔が引っ込み、その両肩ががくっと下がると、残りのクラスから笑いが起こった。ブランドンは続けた。「もちろん、同様のことがメリッサにも適用されるぞ。僕としては、なぜ彼女がウォレス夫人の可愛い坊やの尻を掴んだのかについて、彼女が説明している様子が目に浮かぶようだけどね、だろ? そうだよな。では。君たち二人とも、課題のデモンストレーションに向けての心の準備は整ったかな? それとも別のボランティアを募ろうか?」
二人は揃って半信半疑といった様子でうなずき、お互い無言の警告を込めて相手をにらみつけた。ブランドンは、思わず笑い声を漏らしかけた。「ああ。それから点数をつけるって言ったかな?」彼は何食わぬ顔でそう聞いた。二人とも再び甲高い声をもらし、教室にもう一度笑いが波のように広がった。
一時間後、教室のドアは閉まっているのにも関わらず、大きな歓声が廊下に響き渡っていた。その声は突然止まっては、湧き起こる。止まり、また湧き起こった。それからブーイングが響く。その後はまた歓声。そして今度は繰り返しの応援の声が、「ライーアン、ライーアン、ライーアン、ライーアン」そして「ネリー頑張れ、ネリー頑張れ、ネリー頑張れ、ネリー頑張れ!」と続いた。
ドアが突然開き、ジェイクが教室に頭を突っ込んで、子供たちとブランドンをいぶかしげに眺め回した。机はすべて教室の脇に寄せてあり、中心で向き合った男子と女子の二人のためにスペースが設けられていた。他の生徒たちが性別ごとのグループに分かれ、教室の両側から、それぞれのチャンピオンを応援する中、ロドニーがホワイトボードに点数を記録している。ブランドンはデスクの端に腰掛け、片足を床に、そしてもう片足は、選手たちに向かって単語を投下するのに合わせてぶらぶらと揺らしていた。解剖学の本を片手に、眼鏡がずり落ちている。
「よし。女子四点、男子二点だ。ライアン、デルトイド(三角筋)」と、ブランドンが挑発する。歓声のあまり、誰もドアが開いた音に気づかない。ライアンは注意深く考慮し、女の子の体を眺め、それから指を一本伸ばして、彼女の肩の正面をちょんと突いた。女の子が呻き、男子たちが歓声を上げる中、ブランドンが言った。「正解」すると、ロドニーがライアンの名前の横にチェックマークを追加する。
ジェイクは片方の眉を上げ、咳払いした。「随分とお楽しみのようだな?」と、彼は一目瞭然の事実を尋ねた。
ブランドンは笑顔で顔をあげ、何人かの生徒がもう一人のコーチに挨拶の声を張り上げた。「女子四点、男子三点だ。ネリー、ヒューメラス(上腕骨)」と、科学教師は言った。女の子は、がくっと元気をなくしたが、他の女子たちは彼女を励ました。ちょっとの間をおいて、彼女は肩をすくめ、指を一本突き出して、ライアンの鼻の頭に触れた。
ジェイクはもう片方の眉もあげ、ブランドンと一瞬目を合わせた。ブランドンはしっかりと状況をコントロールできているようだ。後で、授業の邪魔をしたことを謝らなければならない。「ってことなら、続けてくれ」彼は静かに笑い、ドア口から引き下がった。
授業の終わり間際には、さらに大きな女子たちのキャーッという喜びの声と、男子のうめき声が上がっていた。ベルが鳴ると、生徒たちは退出していったが、その多くは弾んだ様子でバートレット先生に「バイ」と声をかけ、「教育的」エクササイズについてのコメントを残していった。生徒たちがいなくなると、彼は一人くすくす笑いながら、デスクを押して列を戻し始めた。
開いたドア越しに、更なる叫び声が聞こえ、笑いがタイルにこだました。「もし神が、お前らを屋根の梁からぶら下げさせたいと思ったとしたなら、尻尾をつけてくれていたはずだ、このいまいましいサルどもが!」と、ジェイクが声を張り上げる。その声には明らかに笑いがにじんでいて、彼の声に反応して、もっと大きな笑い声がおこった。体育教師というのは、学校というシステムの中で、子供たちを罵ってもトラブルにならない、唯一の存在であるようだ。その少し後、ジェイクは開いたドア口に立ち、小さく笑顔を浮かべてドア枠に寄りかかった。
いまや随分と馴染みになったキャンベル怒鳴りを耳にして、ブランドンは机を元の位置に戻しながら視線を上げた。「やあ」と、彼は挨拶する。
「よう」ジェイクは笑顔のままそう返した。「さっきは授業に割り込んじまって悪かったな」と、彼は謝罪を申し出る。「大抵の場合、この辺りで大声が聞こえる時ってのは、教師が天井からつま先を上にして吊るされてることを意味するもんだから」
「尻尾でじゃなく、かい?」と、ブランドンは冗談を言った。「皆、いい生徒だよ。あの子達がゲームを楽しんでくれてよかった。少なくとも、僕に打ち解けやすくはなったと思う」彼は体をまっすぐにし、伸びをして、眼鏡を押し上げた。「君の一日はどうだった?」彼は慇懃に尋ね、まじまじとジェイクを見つめた。
「訳あって、俺たちはもうガキどもを拷問することを許されてないからな」と、彼は真面目な顔で不平をもらす。「俺、もう行かないと、スクールバスの監督があるんだ」そこで彼は実際に唸り声をあげた。「また後でな」
後に残され、ブランドンはこの三日間どれほどたっぷりと笑ってきたかについて思い巡らした。とにかく笑わずにはいられないのだ、特にジェイクのとんでもないユーモアセンスの前では。一つため息をつき、デスクに腰をおろして、彼は書類ばさみを取り出すと、いくらか―できればほとんど全部の―採点をこなしてしまおうと腰を落ち着けた。グランドにいくまで一時間ある。
五十分後、彼は来客用のロッカールームで服を脱ぎ、白い野球ズボンだけでストレッチを始めていた。彼は走り込みの準備をしておきたかったのだが、それには、グランドに出てやるよりも、ここでやる方が簡単だった。ジェイクは今日、チームのメンバーを絞ると言っていた。彼は、頭の中で選手たちについての自分のメモ書きを反芻することになかば気をとられながら、ゆっくりとストレッチを続けた。
ジェイクは、生徒たちが教室から出た後、いるべきでない場所に入り込んだやつらを追い出すため、ロッカールームの最後の点検を行っていた。猫のように物音を立てずにドアを押し開けては、部屋から部屋へと入り込む。彼は、ロッカーの最初の列を見回し、それからシャワーに入って、誰もいないことを確認した。それから別のロッカーの列に入り込んで、そこでブランドンを見つけた。半裸で、その長い足をゆっくりと伸ばしている。なんてこった。
コーチははたと立ち止まって瞬きし、突然湧きあがった強烈な欲情に襲撃されつつも、なんとかそれを抑えつけた。彼は、ごくっとのどを鳴らし、もう少しの間、目の前の光景を見つめてから、静かに退却した。苛々と唇を舐め、流し近くのコンクリートの壁に体を預ける。くそっ。ブランドンが人の気配に気づく前に、部屋から抜け出るべきだとは承知していたが、動くことができなかった。かつて、ここまで強く誰かに飛び掛りたいという衝動に駆られるほどの欲望に襲われたことがあったか、思い出せないほどだった。まさに、青天の霹靂ってやつだ。ここ何日かずっと心の片隅にあった感情はこれだったのか? 自分でも気づかない欲望だったのか? まったく。
静かにため息をつき、ブランドンはゆっくりと腰を折って、太ももの後ろを掴み、目を閉じた。その姿勢を保った後、体を起こして、両腕を上に伸ばし、首がポキッと音を立てると小さく呻く。彼は思わずあくびをし、喉の奥で低い声を出して、ストレッチを続ける間に湧いてきた眠気を振り払おうと頭を振った。
ジェイクは頭を振り、動けと自分自身に命令した。何食わぬ顔で男の前に姿を現すというのは、まだありだろうが、この場に立ち竦んで、相手の尻の形をじっくりと観察しながら、盗み聞きしているというのは、自分を汚らわしいと感じる領域に入るボーダーラインだと言える。彼は部屋の反対側へとすり抜け、誰に頭の中を覗かれているわけでもないとは知りつつも、より激しく赤面した。彼はロッカールームのドアを開けた。「就寝点検!」と、彼は声を張り上げたが、いつもの怒鳴り声は完全には機能せず、少しかすれた声になった。
ブランドンの目が、ぱちっと開いた。その場でくるっと向きを変え、ロッカーの角からひょこっと頭を出す。「就寝点検?」彼はオウム返しに言う。「ここって軍隊ですか? 軍曹殿」彼は頭を傾け、ジェイクがなんだか不機嫌そうなことに気づいた。
「ガキは一人もいないか?」ジェイクはからかいには反応せず、既に答えは承知していながら、目の前の男にそう聞いた。彼の声は硬く、ぶっきらぼうだった。彼が、何があっても避けたいのは、同僚の教師なんかに惹かれてしまうことだ。しかもその教師が、自分が大人になる前から知っている人間だとしたらなおさらだ。言うまでもなく、カミングアウトしたいなんていう気持ちはさらさら持っていないというのに、彼は目の前の男をいやらしい目つきで眺め回していたというのだから。まったく。だから彼は過剰に反対の態度をとった。彼の黒い目は険しく、彼の体は緊張していた。
正体のわからない冷たさの波長を感じ取り、ブランドンは頭を振ると、からかいの態度を引っ込めた。「いないよ」彼は短く言って、着替えを終えるため、ジェイクの視界から消えた。ジェイクにどう対処していいものか、彼には全くわからない。彼は子供たちを怒鳴り散らすが、しっかりと面倒もみる。友好的な態度にもなるし、冷たい態度にもなる。優しく説明してくれるかと思えば、威嚇する。そりゃあジェイクは、好きなようにどんな態度でもとれるさ、と、ブランドンは静かに認めた。「ただ予測がつかないっていうだけで」彼は、アンダーアーマーを頭から被りながら、低く呟いた。
「なんだ?」ジェイクは向きを変えて、ドアに向かいながら声を出した。実際に体調すら悪くなったような気がするほどだ。自分が作り出したこの張り詰めた雰囲気を破るためのジョークを何か必死に考えようとした。だが、何も思いつかなかった。なんだってんだよ、まったくもう!
「グランドで会おう」ブランドンは、心底不安定な気分で、そう声を上げた。彼はジェイクとの折り合いの付け方を見つけ出さなければならない、さもなければ頭がおかしくなってしまう。または、もっと酷いことになるか。彼は、両手で頭を抱え、ジェイクに会う度に必ず彼の全身を満たす、奇妙に温かな興奮を振り落とそうとした。彼には今、こんな反応に対処する余裕はない。
「ああ」ジェイクは硬い顔つきで同意し、可能な限り素早くその場から逃げ出した。彼には氷水か何かが必要だ。この感情になんとか対処しなければならない、それも早急に。
もうちょっとだけ…、第四章まで?続くかも…。
2011年9月20日火曜日
2011年9月16日金曜日
Caught Running 第二章
ちらほらと、こちらの日記にもぽつぽつ遊びに来てくださる方が現れたようで、ありがとうございます。
本当にすぐまた日記に鍵をかけなければならなくなってしまうかもしれませんが…。
勢いで…、第二章をUPしてみます。
(ジェイクとブランドン、ちょっと微妙にどきどき恋の予感っぽくなってきたかな?)
こんなにドカドカ次々 UP されても読みきれない!という方もいるかもしれませんけれども…、
なんだか勢いが止まらないので、
本当にこっそりこっそり、息を潜めて読んでいただけるとありがたいです。
『Caught Running』
第二章
数分後、ジェイクはシャツをたくし込みながら、駆け足でグランドに向かってきた。彼は、まだ生徒たちが誰も出てきていないのを確認し、今年アシスタントを務める三人の大学生が、ブランドンと一年生チームのコーチであるジョナサンと一緒に立っているのを見つけた。彼らは、ホーム側のベンチのところにある用具置き場の鍵を持っている人間を待っているのだ。彼はブツブツぼやきながら走り寄り、バッグから鍵を引っ張り出した。
「絶対、俺のオフィスは毎年遠くなってる気がする」彼はそうがなりつつ、鍵を鍵穴に差し込んでドアを開けた。アシスタントたちが用具を引っ張り出し、グランドへの設置を始めると、ジェイクはブランドンの方に向き直り、目を細めて運動場を見回した。「トロイの野郎はどこだ?」彼は眉をしかめてそう言いながら、お徳用サイズの箱からひまわりの種を一袋取り出して、尻ポケットに突っ込んだ。青いユニフォームの生徒たちの一団が遠くの校舎からぞろぞろと出てくるのを目にして、ジェイクは小さな唸り声をあげた。「あの野郎、あいつらが来る前にここへいなかったら、ケツにバットを喰らわしてやる」
ブランドンは瞬間的に、ここは口を閉じておくのが懸命なのだろうと察したものの、お調子者で人気者のトロイにジェイクがまじギレしている様子は死ぬほど面白かった。人気者のトロイ―人気者の城のもう一人のキング―ジェイクがその座を逃した年の学祭のキングで、学校一の『プレイボーイ』としても知られていた、ジェイクの暗に対する明の存在だ。とんでもないコンビだった。ブランドンは頭を振り、隅っこに立って、今後もし何かを設置する方法を覚えなければならなくなった時に備え、大学生たちを観察した。彼らはとても友好的で、少し話しをしたところでは、ブランドンと共通の知り合いは一人もいず、全員パークビューの卒業生ではないということだった。
小さなタイヤが軋む音と、電動ゴルフカートのエンジンを切る機械音とが、トロイの到着を知らせ、ジェイクは、トロイがダグアウト向こう側のチェーンを飛び越え、ジェイクが立っているホームベースに向かって駆け寄ってくるのを見ながら、低く唸った。男は、あたかも危ういところで銃弾をよけたとでもいうような笑顔を浮かべている。ジェイクはグローブでそんな彼の側頭を叩いた。「あう」トロイは不満げに息を吐いて耳を擦り、ふて腐れつつ、「あれ、バートレットか?」と、突然、ジェイクの肩越しに完全装備の科学教師を見やって、驚いた様子で尋ねた。
「あれはコーチングスタッフの新しいメンバーだ」ジェイクは硬い声でそう答えた。球場の芝の上に足を踏み入れた瞬間に、いつもの陽気さは完全に消えていた。「お前もその一員でいたいっていうなら、さっさと準備に取り掛かった方がいいぞ」トロイは彼を見て、ため息をついてうなずき、頭を下げたまま、用具の設置を手伝いに向かった。トロイは、それがフットボールだろうが、野球だろうが、グランドにいる時のジェイクがどんなかを知っていた。まるで別人みたいなものだ。ここには冗談の入り込む余地はない。各チームがきっちり決まるまで、お楽しみはお預けということだ。
ジェイクはその場に立ち、駆け足でグランドに出てくる少年たちを迎えた。「ランニング開始!」彼は三つの球場全てに響き渡るような声を張り上げ、一年生たちをひるませた。年長の少年たちは直ちに頭を下げ、新米たちに手本を見せつつ、ウォーミングアップのため球場の周りを走り始めた。練習初日の挨拶なんかなかった。ジェイクがパークビュー野球部員たちに何を求めるのかという説明もなし。練習時間に遅れるなとか、毎日自分の道具を忘れるなとか、成績や出席率なんかについての訓示もなし。子供たちは、そんなことは全部承知しているのだ。仮に承知していなくても、彼らはそれをすぐに学ぶだろうし、さもなければ二日もしない内に部を辞めることになるのだろう。ジェイクの育てた上級生たちが、それを後輩たちに伝えることになるに違いない。
コーチは、王様のようにホームベースに仁王立ちして生徒たちを厳しい目つきで見つめた。まるで運動場全体にそびえ立っているようにみえる。彼は、列の最後をぐずぐず走っている生徒を見つけ出す。彼はそういった生徒を忘れない。彼は、走りながらおしゃべりしている生徒を見つけ出して、そういう生徒を記憶する。彼は厳しい目つきでじっと観察しながら、すでに頭の中で、二軍レベルで、それ以上の素質はないことを自ら露呈している生徒たちを間引きし始めているのだ。
「今日、走り込みを担当したいやつはいるか?」ジェイクは、コーチたちに向かって静かに尋ねつつ、自分のくるぶしを指差して、なぜ自分自身でそれを担当できないかを知らせた。
ブランドンは他のコーチたちを見回した。三人のアシスタントたちは落ちつかなげに足を動かしているし、彼の知らない若いコーチは迷ったような顔をしていて、トロイときたら、ジェイクの言葉が聞こえてないようだ―少なくとも聞こえない振りをしているようだった。「僕がやるよ」と、彼は自ら申し出た。そんなの、そう難しいことじゃないだろ?
ジェイクはブランドンに向かって片眉を上げてみせ、上から下まで注意深く彼を検分した。ブランドンは確かにランナーらしい見た目をしているが、見た目は当てにならないこともある。だからなんだ? トロイがコーチらしい見た目だけで通用しているなら、ブランドンのアスリートらしさだって通用するだろう、そうじゃないか? 「いいだろう」彼はそう言いつつ、ブランドンを近くに手招いた。「ウォーミングアップのため、選手たちには、コーチと対抗させて死ぬほど走らせるんだ」彼は目の前の男にそう説明した。野球部員の先頭集団が三塁線のところに集まり始めていた。「もしやつらが勝てば、やつらは調子に乗る権利を獲得しちまうし、お前が勝てば…」ジェイクはそう言葉を濁していたずらっぽい笑顔を見せ、グランドの方へと手振りした。
「死ぬほど?」とブランドンは呟いた。
「ああ、そうだ」ジェイクはそう答えて、三塁線を指し示した。アシスタントたちは、グランドを横切る何本ものラインをマークするように三角コーンを設置していて、上級生たちは白線の引かれたところに従順に縦列しながら、下級生たちに後に続くよう指示している。「ここの線のところからスタートして、最初のコーンのラインまで走り、戻って、二番目のラインまで走って、戻る、それを五本のライン分繰り返す」彼はブランドンにそう話しながら、並べたコーンを指し示した。「小僧たちの一人にやらせたっていいんだぞ」彼は低い声で付け加えつつ、大学生たちの方に手振りしてみせた。「そもそもやつらがここにいるのはそのためなんだから。時給九ドル五十セントで俺の思うままに拷問されるためだ」
科学教師はくすくす笑った。「いいや、かまわないよ。ポイントは、スピードかい? それとも持久力?」彼は好奇心にかられて聞いた。「僕は一度、生徒たちを打ち負かせばいいのかな、それとも何本も何本も走るのかい?」
「スピードだな」ジェイクは即座に答えた。「お前がやつらを打ち負かせば、やつらは次に何が待っているのかを承知してる。だからやつらは必死になってかかってくるぞ」彼は差し出した指をうごめかして、そう警告し、メガホンを取りにダグアウトの方へと歩き出した。
「あの人、声を響かせるのにあんなものが必要だって思ってるんだよ」一年生チームのコーチがブランドンの脇から呟いた。「冗談きついよな。コーチが囁いただけだって、子供たちには聞こえるぜ。やあ」彼はそう言いつつ、ブランドンの隣に歩み寄って、握手の手を差し出した。「どんな手を使っても、とにかくあいつらには勝たせるなよ。手加減なんかするなよな? コーチはそういうのが大嫌いだからさ」
笑顔になって、ブランドンは彼の手を握り、それから一度に片足ずつ身体の後ろで掴んでは引っ張り上げ、少しストレッチした。「僕はブランドン。新しいアシスタントコーチだ。ま、ある種のね」どっちつかずの笑顔で彼はそう言った。
「ジョナサンだ」と相手の男は名乗った。「一年生のヘッドコーチ。だけどほとんど、‘おい、お前’で、通ってるかな」彼がそう言った時、ジェイクの声がグランド中に響いた。メガホンは身体の脇にたらしたままだ。
ストレッチのため上体を倒しながら、ブランドンは、ジェイクの方を眺めて笑い声をたてた。「メガホンのこと、君の言うとおりだな」彼はまっすぐに立ち、軽い準備体操として上体を両側にねじった。彼は子供たちが自分たちの方へと小走りにやってくるのを目にした。「君、教師かい?」ジョナサンと一緒にスタートラインに向かって歩き出しつつ、彼は尋ねた。
「トリッカム校でね。通りを少し行ったところの中学校だけど、うん、そこで教えてる」ジョナサンは、少年たちが並ぶのを見守りながらそう答えた。「さあ、始めよう。幸運を祈るよ、コーチ」彼はブランドンの尻を軽く叩いて、スタートラインからゆっくり走り去っていった。
ブランドンはその親しげな接触に瞬きしたが、何も言わず線のところに立った。少なくとも過去の彼に基づいて彼を判断したりしない人間がいるってことだ、ジェイクやトロイとは違って。そして、生徒たちが彼の周囲に並び始めると、初めて顔を見る生徒も何人かいることにも気づいた。彼は今年、一年生は一クラスしか受け持っていない。一方、ほとんどの上級生たちはこの三年間のうちにいくつかのクラスで教えたことがあった。
上級生や最上級生の中には、彼とほとんど同じくらいの体格の生徒もいて、しかも皆、見事に鍛え上げた体をしている。ブランドンは少なくとも皆に遅れずついていけるよう願った。この種の走りこみは初めてなのだ。彼はジェイクをちらっと見やって、身体のバランスを保つため少し体をかがめた。レースのスタートに変わりはない、と、彼は自分に言い聞かせた。深くて規則正しい呼吸をする。
ジェイクはホームベースの近くに立ち、前に体を乗り出したりして、ズルをするものがいないかを確認するようスタートラインを見渡した。彼は笛を口に咥え、ブランドンとちょっと目を合わせると、鋭く笛を吹き鳴らした。
彼が教師であるためか、他の理由からなのか、彼の近くに集まってくる生徒はいなかったので、ブランドンは素早いスタートを切ることができた。最初のラインに片足が到達すると、長い足の利点を活かして、そのまま戻りの走りに入った。二番目のラインでも彼はペースを維持した。三番目のラインに届く頃には、ほとんどの下級生の子供たちは遅れだした。四番目のラインに向かって走る時には、本調子が出始め、呼吸が落ち着いてきて、一握りの最上級生にぴったりくっついてホームベースに向い、速度に乗って駆け戻りつつ、声を上げて笑い出さないよう必死でこらえるほどだった。
ジェイクはブランドンの瞬発力につかの間ショックを受け、驚きの表情で、走る男を見つめたが―今回ばかりは―その表情に偽りは一切なかった。あいつは間違いなく走れる。彼はなんとかブランドンから注意を引き剥がして、生徒たちを観察した、どの子がいい走りをしているか、氷の上に乗っけられた小鹿みたいなぶざまな走りをしてるのはどの子か、どの子が皆から大幅に遅れてしまっているか。先頭グループがゴールに近づいた時、彼はゴールを確認するため、最後にもう一度ブランドンから視線を引き剥がした。二人の少年、彼のチームでも俊足で鳴らす生徒が、何分の一秒かの差でブランドンよりも先に白線に到達したのを目にして、ジェイクは再び瞬きした。
「くそっ、もうちょっとだったのにな」彼は、肘のすぐ脇に立っている男に低く呟いたが、その場に立ってゴールを見守っていたその男は、なんとたまたまトロイだった。
「あいつ、走るな」と、トロイも低く呟き返した。「ったく、まさかの展開じゃねっすか?」彼は柔らかい口調でそう冗談めかしていい、ジェイクは首を振って、笑顔でびけグループがラインを通過するのを見守った。
ブランドンは、ゴールした瞬間、満面の笑顔になった。わずかに息は切れていたが、彼のことを知っている何人かの上級生たちが近づいてきて、口々にほめ言葉を口にすると、一層嬉しい気持ちになった。「うわぉ、バートレット先生、そんなに走れるなんて知らなかったっすよ」「バートレット先生、最高!」「すげえっすよ、先生」「いっつも研究室に籠もってるくせに、なんでそんな走れるんすか?」ブランドンはただ笑って、再び体の後ろで足を引っ張り上げ、もう少しストレッチした。
「お前ら全員、マーシャルとタイラーに感謝しろよ。二人のおかげでお前らろくでなしどももこれ以上の走りこみを免除されたんだからな」ジェイクはそう声をとどろかせつつ、歩いてきて、ちょうどジョナサンがやったのと同じように、なにげなくブランドンの尻をパシッと叩いた。彼は、少年たちを成績ごとに分け、それぞれのグループにアシスタント、もしくはコーチをつけた。皆が散り散りに分かれていくと、ジェイクはブランドンに向き直り、手放しの笑顔を見せた。「いい走りだった」彼は、目の前の男の腕をぴしゃりと叩いて言った、めったにお目にかかれない、心からの賛辞だ。「今日は俺にくっついてろ、感じを掴むためにもな」と、彼は続けた。
尻へのパシッも、賛辞も、腕へのぴしゃりも、全部ブランドンのエゴを高みに押し上げ、ブランドンはぬくもりに頬を紅潮させつつ、うなずいた。初日にうまくやることができてよかった。少なくとも彼にもやれることがあった―走るだけなら、失敗のしようもないが。今後、彼もあれこれたっぷり怒鳴られることになるだろうことは重々承知していたが、走ることなら、彼の得意分野だ。ブランドンは、ジェイクが子供たちに練習を課す様子を観察しながら、目の前の男が単なるいい教師などではないこと理解し始めた。彼は、素晴らしい教師だ。それは新鮮な驚きだった。
練習初日の太陽が沈みはじめると、ジェイクは生徒のひとりをコントロールボックスへと走らせ、ライトのスイッチを入れさせた。暗闇が濃くなる中、ライトがチカチカしながらつくと、グランドは再び明かりに満ちた。「もしお前らが、ママは今日の夕飯何を作ってるかな、なんて考えていやがったら」ジェイクは、現在、新兵訓練のブートキャンプさながらの腕立て伏せをしている、格子状に並んだ子供たちの間を歩きつつ、声を響かせた。「俺のグランドから即刻出て、家に帰れ! 現時点では俺がママだ! お前らの飯の時間は俺が決める! そして今この場では俺がパパだ! お前らの寝る時間も俺が決める! 俺がお前らのママでもパパでもなくなるのは、お前らが新しい靴の金が欲しいと思った時だけだ!」彼はそう声を張り上げ、彼の声は、暗闇を貫いて響き渡った。彼は、何列もの息を切らせ、汗まみれで、情けない声をあげている子供たちの間を歩いた。彼らは最高の選手たちで、これこそが彼らがそこに到達した方法なのだ。
ブランドンは片側の端に、ジョナサンと並んで立ち、ただ見ていた。子供たちはタフだ、それだけは確かに言える。だけど、と彼は思う、タフじゃなかったら、州大会に行こうなんていうチームの一員にはなれないのだろう。彼だって一夜にしてクロスカントリーランナーになったわけじゃない。何ヶ月も、何ヶ月も極限まで疲れきって、まともに頭も働かなくなるくらい走って、自分自身を適正なコンディションに持っていったのだ。そしてその状態まで持っていったとしてもそこで終わりではない。何人辞めてしまうのだろう、と彼は思った。午後の早い時間にジョナサンから聞いたところでは、今日の練習は、チームへ入るための適性テストにもなっているということだった。
「三年は、ここで落ちたら全てを失うことになる」ジョナサンは低い声で囁いた。「やつらは二軍には入れない、年を食いすぎてるからね。四年生は去年、全員が代表チームにいたから、有利なんだ。三年は今週、石にかじりついてでも頑張らないわけにはいかないのさ」
ジェイクはさらに丸々一分間続けさせた後、やっと終了の声をかけた。「よーし!」と、彼は地響きのような声をあげた。「お前らそのやる気のない尻を持ち上げて、シャワーに入るんだ! さっさと家に帰れ!」感謝のうめき声があちこちから飛ぶ中、彼はそう命令した。「で、もし用具のひとカケラでもこのグランドに残ってたら、明日、お前ら全員生まれてこなければよかったと願うことになるからな!」と、彼は脅しつけ、子供たちは自分たちが使った道具を大急ぎで片付け始めた。
科学教師は、子供たちがジェイクに反応する様子を観察し、微かな笑顔を禁じえなかった。コーチが躾の問題なんかを抱えていないってことは確かだ。ジェイクは、ブランドンが考えるのとは全く別の方法で、躾というものを取り扱っていたが、それはそれですこぶる上手くいっていた。
腰に手を当て、鷹のような目で子供たちを監視しつつ、子供たちが全員いなくなるまで、ジェイクはその存在感をとにかく巨大で威嚇的に保ち続けた。それから彼は少ししぼんだように見えた、前ほど巨大でなくなり、ずっと近寄りやすい感じになった。彼は部下のコーチたちを見回し、少し微笑んだ。「今年のやつらはどうだ?」彼は、特に誰にという感じでもなく尋ねた。
ブランドンは、周りの男たちに視線を投げた。今は間違いなく、彼が口をはさむ場面ではない。彼はある子供たちに対し、ちょっとした意見は持っていたが、それはあくまで今晩彼が目にしたことに基づいただけの意見であって、信頼のおけるサンプルとはいえない。有益な結論を生むためにはもっと多くのデータが必要だ。
「ああ、俺もだ」ジェイクは周囲の沈黙に同意した。「家に帰れ。また明日会おう」彼は彼をじっと見つめる男たちにそう告げて、少し強張った体の動きでゲートへと向かった。
片眉を上げ、ブランドンは、ジョナサンに向かって別れの挨拶に会釈し、ジェイクの後について体育館へと戻った。自分の着替えを取って、教室に戻らなければならない。彼は、二ブロック分の試験の採点と、授業計画を抱えているのだ。学校に残って仕事をしていくべきか、荷物をまとめて家に帰るべきかを決めようとしている時、胃袋が音を立てた。
ジェイクは振り返ってブランドンが近づいてきているのを目にすると、ブランドンが追いつくまで、ちょっとの間立ち止まり、彼と並んで歩き始めた。「そいつは、俺に向かって唸ったのか?」彼は軽い調子でそうからかった。「なんだ、昼飯のブドウじゃ六時まで持たないって?」
「ブドウはデザートだよ、実際のところ」ブランドンは小さく笑い声をたてながら言った。「その前にオフィスでサンドイッチを食べたんだ」彼はそれがどんな種類のサンドイッチかは言わなかった、たぶん笑われるだろうから。ピーナツバターとジャムのサンドイッチはいまだに彼の一番の好物なのだ。「でも、うん、唸りもするよ。十一時なんてはるか前のことだから」
「まったくもってそういうこった」ジェイクはぼやいた。「練習の直前にカフェテリアから軽くつまめるものを盗みに行くってのを始めてみるのがいいかもしれないぞ。ただねずみ色のシロモノには手をださない方がいい」と、彼は軽い調子で警告した。「車で家までどのくらいかかるんだ?」彼は突然そう聞いた。
「ねずみ色のシロモノ」という響きにブランドンは身をすくませた。「大体、四十分かな、状況にもよるけど」と彼は答えた。「マウンテンパークなんていうはずれたところに住んでるから」
「なんだって」ジェイクは思わず大声をあげた、いつもの‘考える前に行動’というコミュニケーション方法だ。「それって、大した通勤距離だな。なあ、こんなことを頼むのはなんなんだけどな、俺を家まで乗せてくれないか?」彼は言葉とは裏腹に、恥じる様子もなくそう頼んだ。「俺は道をちょっと行ったところの道路ぞいに住んでて、天気のいい日は歩いて来てるんだ。だけど、今晩は俺の忌々しい足首が文句を言い出しやがってな」そう彼が説明する間、ブルーのハイネックの襟元から頬までゆっくりと赤みがのぼっていった。実際のところ、ジェイクが常にどれほどの痛みにさらされているかは誰も知らない。それを知らせたら、彼が何よりも好きなスポーツを、それこそ全力を傾けて、打ち込んできたこの全歳月が、彼にとっていいことよりも、悪いことの方をずっと多くもたらしたことを認めることになってしまう。
車に乗せて欲しいと頼むほどにくるぶしが痛いことをみとめるだけの男気をジェイクが見せれば、ブランドンは迷いなく助けの手を差し伸べることのできる大人だった。「全くかまわないよ。着替えて、教室にちょっと寄らないといけないけど、そしたらすぐに出られる」体育館へと戻りながらブランドンはそう言った。「実際、通勤はそれほど悪くないよ。ほんの二十五マイルだからね。それが曲がりくねった田舎道だっていうだけのことでさ」彼はそう付け加えてロッカールームのドアを引き開けた。「ここで待ち合わせするかい?」
「お前の部屋まで行くよ」ジェイクは、ロッカールームのドアを迂回して、そのまま進みながらジェイクは自動的にそう申し出た。「あー、…といっても、俺、お前の部屋がどこだか知らないや」と、彼は訂正し、立ち止まってブランドンに向き直った。「俺はただ駐車場で途方にくれたような顔して、ぶらぶらしてるってことにするか」彼は目の前の男にぞんざいに手を振りつつそう言った、それはジェイクの気楽な物腰の典型ともいえるものだった。「俺を見逃すのは難しいだろ」彼は笑って、背を向けると自分のオフィスのドアに向かった。
「それでいいよ。先々のために一応言っとくけど、僕のオフィスは、レイバーン老先生の部屋だったところだ」ブランドンはそう言って、着替えのためロッカーに消えた。
自分のオフィスに向かい、一歩中に足を踏み入れながら、ジェイクはアンダーアーマーのハーフジップジャージを脱ぎ、デスクの上に投げた。初日の練習にしては、それほど悪くなかった。今日、一番驚かされたことと言えば、ブランドン・バートレットだろう。そして、野球ズボンを脱ぎ捨てて、カーキの半ズボンに着替えながら、ジェイクはぐずぐずとブランドンのことを考え続けずにはいられなかった。ジェイクは、ろくに知らないようなことに突然投げ込まれる恐さを知っている。彼はそんな時の、まるで空から投げ落とされでもしたような感覚が、腹の中と、神経に圧し掛かってくる感じを知っている。ブランドンは、今日一日をジェイクが感服するような態度で対処していた、つまり、無駄口を叩かず、でしゃばりすぎずに、見るところは見ているといった態度だが、しかも何をするかも知らないまま、自ら進んでそんな状況に足を踏み入れたわけだ。ブランドンのことを尊敬できる人間として考えるにつれ、ジェイクは非常に強い後悔の念に襲われた。高校卒業以来、多くのことを学んできたつもりだったが、いまだに自分自身のそれほど好きにはなれない一面をこうして再認識させられることがある。
着替えが済むと、ブランドンはユニフォームを集め、洗わずに明日もう一度着られそうだと判断した。なんてことだ、彼は今やコーチになったのだ。頭を振り、彼はロッカールームを出て、校舎内へと向かい、自分のオフィスを目指して暗くなった廊下を歩いた。彼は、紙の束をいくつかと、計画書やカレンダーをバックパックに詰め込み―彼はいまだにブリーフケースを持ち歩くことを拒否している―その一番上に、ユニフォームをのせた。彼はスパイクを掴み、これは空気に当てておいた方がいいだろうと検討をつけ、そのまま部屋を出た。
ジェイクは、親たちが子供たちを下ろしたり乗せたりする校舎の裏の大きな円形の車寄せのところに立っていた、重たい用具を入れたバックを肩にかけ、顔は冷たい夜空に向けている。全身が痛んだ。長い休みの後に、体を酷使した時の心地よい筋肉の痛みとは違う。それは紛れもない痛みそのものだった。彼はその場にじっと立ちすくみ、迎えの車がくるのを待った。
ブランドンは校舎わきのドアを押し開けて外に出て、車寄せのところにいるジェイクを見つけた。それで、ジェイクを歩かせるよりは、と、先に車を取りにいくことにした。バックパックとスパイクをジェッタの後部座席へと投げ入れると、彼は車に乗り込んだ。彼の長い足のため、座席は両方とも一番後ろまで下げてある。彼が車内を充分ゆったりと感じるのだから、ジェイクも窮屈すぎると感じることはないだろう、と彼は考えた。数秒後、彼はコーチの前に車を停め、とっさの思いつきに笑顔を浮かべ、窓を下ろした。「乗せていこうか?」
ジェイクは、ふんっと息を吐き、どう返答すべきかわからないまま前に歩み出て、後部座席のドアを開けた。これが良く知ってる相手だったら、脚でもちらりと見せて、親指を立て、ヒッチハイクを装うところだ。しかし彼はまだどこにジョークの線引きをすべきかわかるほど、ブランドンのことを知らない。彼は注意深く荷物を後部座席に置き、助手席に座った。「現役中は、ここまで痛かったことはなかったんだけどな」彼はうめき声と共に不平をもらし、長身の体を伸ばした。
科学教師はわずかに肩をすくめた。「年をとるって情けないことだよな」と彼は呟いた。走っている時、彼も時々膝が痛むことがあったが、彼の大学でのスポーツのキャリアは深刻なダメージを残すほど長くは続かなかったし、今の彼は本格的なトレーニングなどではなく、簡単なエクササイズと楽しみのために走っているだけだ。「どこに向かえばいい?」彼は礼儀正しく尋ねた。
「あー、出口を右に折れてくれ」ジェイクは答えつつ、顔をしかめた。「俺は年食っちゃいないぞ。お前は老いぼれかもしれないが、俺は違う」彼は小さな笑顔を浮かべてそう言い、横目で運転している男に視線を投げた。
指示通りに曲がると、ブランドンは乗客を眺めやった。今現在、明らかに疲れきって、ジェイクは実際に少し老けて見えた。だが、それを口にするのは礼儀に欠けるというものだ。「僕らが老いぼれたって言ってるわけじゃないよ。ただ、年をとりつつあるってことでさ」と彼は言った。「僕らはまだ三十二かそこらだろ。僕らが老齢に近づき始めるまでには、少なくとも三十年はある」
「ふん」ジェイクは過ぎ去っていく学校を眺めながら、口を開いた。「俺は、十七の時には、老いぼれ始めてた」彼は、くるぶしと膝が悲鳴を上げると、低く悪態をついた。
ジェイクの声にトゲを聞き取って、ブランドンは再び彼を見た。「君、大丈夫かい?」彼はそう静かに尋ねた。詮索はしたくなかったが、目の前の男は痛みに耐えているように見えた。それも酷い痛みに。
「氷で冷やせばすぐ治まる」ジェイクは作り笑いで答えた。
ブランドンはうなずいて、それ以上の追及をやめ、少なくとも相手が、まともな答えを返してくれたことを嬉しく思った。「チームで僕がやれそうなこと、何か思いついたかい?」と、彼は、ジェイクから次に曲がる場所の指示を受けた後で尋ねた。
ジェイクは短く鋭い笑い声をあげた。「神様、この男は俺に考えろって言うんです!」彼は皮肉を込めて声を張り上げ、ブランドンを見やって、冗談であることを知らせるため笑顔を見せた。
「今言えっていうなら、お前は俺と一緒に代表チームで働くことになると言っておこう。三塁コーチだ、たぶんな、少なくともお前は野球ファンだって言ってたことだし、そうだろ?」そこで彼は言葉を切った。「お前は、本格的に走りの指導を受けてたんじゃないか?」と、彼は突然尋ねた。トレーニングを受けたかどうかは、見ればわかる。
するどい連続攻撃に瞬きし、ブランドンは信号で車を停め、ジェイクを見やり、片方の眉をつり上げた。「うん。大学でね。どうしてそれがわかった?」
ジェイクは肩をすくめ、窓の外に目をやった。彼らは彼が今朝渡った交差点にいた。まさにその時突然、彼のくるぶしは痛みの発作を起こすことに決めたのだった。「お前はそういう見た目をしてる」彼は漠然と答えた。アスリートが別のアスリートをどうやって見分けるかを説明するのは、難しい。「ゲイセンサーのアスリート版みたいなもんかな」と、彼は少し笑いながら言った。
ブランドンの口元はきゅっと笑顔の形になった。ジェイクが、そのセンサーがどれほど精確かを知ってくれてたらいいのに。「今まで、誰からも、『そういう見た目』をしてるなんて言われたことないよ」と彼はコメントし、信号が青になったので、再び車を走らせた。「学生時代、授業なんかの重圧を発散するために何かしたいと思ってたら、僕の指導教授が、陸上部の人を紹介してくれたんだ。走るのは集中力を高めるのにもいいしね。そしたら、僕は持久走に向いてるってことがわかったんで、クロスカントリーに切り替えたのさ」
「まだ走ってるのか?」ジェイクはそう聞きながら、隣の男を見やった。正直言って、陸上競技というものにこれまで大した敬意を払ったことがない。高校の時も大学の時も、陸上部には〝タマ〟がないというのが、仲間内のジョークの決まり文句だった。
「ああ、一日最低でも一時間はなんとかね。7、8マイルってところかな。頭をすっきりさせてくれるから」ブランドンは、閑静な住宅地に車を乗り入れながら、上の空で言った。「天気が良ければ、大抵、家の近くの公園か、湖の周りを走る。それって、他の用事を片付けるのに貴重な時間ではあるんだけど、なんとかサボらないように努力してるんだ。サボると最悪な気分になるしね」どうしてこんなにぺらぺらしゃべってるのか検討もつかなかった。もしかしたら、こんな風に直接聞かれたのが本当に久しぶりだったからかもしれない。仕事に打ち込みすぎて友達をつくる暇もない彼には、数人の教師をのぞいて、学校に友達もいなかったから。その状況は今後もすぐに変わりそうもなかったが。
「俺の場合、走ることから多くを学んだって経験はないな」とジェイクは認めた。「いつも独り言ばっかいってるハメになる」と、彼はわずかに頬を赤くして言った。
「ああ、僕も最初はそうだった。頭の中に考えが渦巻きすぎちゃってね。本当に走りに集中するためには、その段階を超えないと駄目なんだ。ある意味、意識を飛ばすっていうか。長距離走る場合はってことだけど」ブランドンは、ドライブウェイに車を乗り入れながらそう語った。学校から一マイルほどの距離だった、直線距離なら半マイル、古めかしい、広大な木造建築の家々が建つ、高級分譲地。ここはマウンテンパークを少しだけ髣髴とさせる。彼は緑の飾り窓のある家を眺めようと、前に身を乗り出した。「いい家だね」と、彼は褒めた。
「ありがとよ」とジェイクは答え、ドアノブに手を伸ばした。「何か一杯飲んでいくか?」彼はドアを開けつつ、そう申し出た。
ブランドンの胃袋はその瞬間を選んで、盛大に鳴った。口元が引きつる。「何か、夕飯を探しに行った方がいいみたいだ。でも、申し出感謝するよ」彼は頭を傾けた。ある考えが頭に浮かんだ。絶対にジェイクだって彼と同じくらい空腹なはずだ。「君、食べるのかい?」
「時にはな、ああ」ジェイクは柔らかく笑った。本当を言えば、夕飯を食わなけりゃ、これから痛みを抑えるために飲むなんらかのヤクの効き目も早くなるのだが。しかし彼はそのことは口にしなかった。「サンドイッチの材料ならあるぞ」彼は肩をすくめてそう提案した。
「ええっと、君が氷をとってきたら、ミミの店に行かないかって、提案しようと思っていたんだけど、サンドイッチもいいね」とブランドンは言った。「僕自身、大して料理は出来ないんだ。冷たいままの、薄切りにしたハムやミートローフとか、電子レンジでチンするだけのやつとかさ。缶に入ったクッキーとか」彼は自虐的にそう言った。
「おい、俺の料理の腕前は大したもんなんだぞ。俺が食事の支度をするのに必要なのは、電話と玄関に取りに行く人間だけなんだからな」と、彼は車から降りてドアを閉めながら言い返した。後部座席のドアを開け、バッグを取り出す。「ビールが飲みてぇ」彼はそう言い足しながら、後部座席のドアを閉めた。
「ミミの店が酒類の販売許可を取ったとでもいうのじゃない限り、それは君が提供するしかないぞ」ブランドンはそう言いつつ、車から降りた。「でも君が足を冷やしたいなら、僕がサンドイッチを作ってもいいよ」
「それがいいようだ」ジェイクがそう同意しながらゆっくり背中を伸ばして、背骨をポキと鳴らした。「お前の教師の雑用は手伝わないからな」彼は指を一本振りながら警告し、鍵を引っ張り出してドアへと向かった。
ブランドンは車のボンネットのところで立ち止まった。「教師の雑用?」と彼は尋ねた。それって、食べている間に採点できるよう、仕事を持ち込んでもいいってことだろうか。
「ああ、あれだ、ペンと紙を使うやつだ」ジェイクは肩越しに手を振りつつそう言って、階段を上った。「俺は、それ系は一切やらない」と、彼は首を振りながら言った。
それを彼が得られる了解のサインに限りなく近いものだと判断して、ブランドンは素早く後部座席に頭を突っ込み、バックパックを掴むと、軽い駆け足でジェイクに追いついた。「どうしてペンと紙を使わないなんてことがあり得る? 確か、体育にだって試験があったろ」と、彼は興味にかられて言った。試験もせず、成績付けから逃げ出すなんてことがどうやったら可能になるんだ?
「試験?」ジェイクは信じられないという顔で聞き返した。「ないない、そういうのは、保健だかなにかに移ったんだ」彼はそう答えつつドアを押し開け、家の中に入った。
室内は、冷んやりした、なにか、微かにメロンを思わせるような匂いがした。ジェイクは灯りを点け、ブランドンもついてくるだろうと見越して、キッチンへと向かった。「体育でやる唯一の試験といえば、例の大統領賞をもらう体力テストだけだ、で、それをやるのは普通八年生だけだったと思ったな」と、彼は付け加えた。「体育のテストってのは、受かるか、落ちるかだけなんだ」
ブランドンは後に続きながら周囲を見回した。本当に、本当にいい家だった。彼が予想していたのとは全く違う、だってここに住んでるのは…ブランドンは自分の考えがどこに向かっているかに気づいて身をすくめた。彼は心の中で自分を蹴飛ばし、ジェイクの後からキッチンに入った。キッチンにも灯りがともると、彼はバックパックを朝食用の小テーブルのベンチに置いた。彼は先入観というものを変えていく必要があるようだ。彼の先入観は、既に今日何回も変えられたのだけれども。
「俺はここで育った。俺の両親は五年前にフロリダに移ったけどな」ジェイクは目の前の男に説明した。きっと一介の教師の給料でどうやってこんな家に住めるのか不思議に思っているに違いないから。「引越しの荷物を全部運ぶのと引き換えにこの家をもらったってわけだ」彼は笑顔で冷蔵庫のところへ行き、ドアを開けた。「ビール飲むか?」
「ああ」ブランドンはそう言って、また少し周囲を見回し、なだらかで樹木の生い茂った裏庭を眺めた。お隣さんたちはたっぷり五十ヤードかそれ以上離れているようだ。「僕も今の家を全く同じような感じで手に入れたんだ。まあ、僕の場合相続ってことになるんけど」彼はそう言ったが、既に亡くなって数年が経つ両親のことを思い出し、少し口をつぐんだ。それから彼は出し抜けにジェイクを振り返った。「オーケイ―氷だよな? ミキサーで砕くのか? 何が必要なんだい?」彼は有能さをアピールしてそう尋ねた。
「おやおや」ジェイクは笑って、ブランドンにビールを一本投げた。「素人だな」彼は鼻で笑って、冷凍庫を開け、凍ったジェルパックを取り出した。彼はそれをカウンターの上にポンッと置いて、もう一つ取り出し、ジェルパック装着専用のサポータを取り出すと、ジェルを一つその中に挿し込み、くるぶしに巻きつけた。
ブランドンはうなずいた―彼も以前に似たようなサポータを見たことがあった。「現代科学技術とは素晴らしいものだね」と、コメントして、ビールをテーブルに置いた。「サンドイッチの材料は?」ブランドンは、かなり努力して、ジェイクの短く刈った濃い色の髪、首筋の曲線から視線をそらした。ああ、何もいいものはないぞ。ない。動け、バートレット。ここには何も見るものなんかないんだ。彼はパン入れへと歩いていき、試しにフタを開けてみて、その中に発見したパンの塊を取り出した。
「その他の材料は全部、そこの冷蔵庫の中だ」ジェイクは、そう言ってステンレス製の家電にうなずいて見せ、片足をスツールの上に持ち上げて傷むくるぶしを少し擦った後、その足を圧縮パックの中に差し込んだ。彼は全てのマジックテープをいくらかずつ引っ張って、アイスパッドがくるぶしにしっかりと乗るように押さえ、ブランドンの体の後ろを回って、もう一度冷凍庫に手を伸ばし、膝に巻くためのサポータを取り出した。
ブランドンはマヨネーズとマスタードを肘に抱え、ハムのパックを手に取った時、ジェイクの体が近くにあるのを感知し、ジェイクが冷凍庫のドアを開けられるよう、腰の位置を動かした。彼は冷蔵室の引き出しをがさごそと探して、二種類のチーズと、刻んだレタス、いくつかのトマトまで見つけた。彼はそれら全てを腕一杯に抱えて取り出して、テーブルの上に広げ、パンの固まりをひっつかんだ。「皿は? ナイフは? まな板は?」彼は、コーチがサポータをはめるのを見ながら尋ねた。彼の手際を見る限り、彼はそのサポータ付けに非常に手馴れているようだ。彼は突如、ジェイクは大学でもピッチャーを続けていたのだろうか、それとも外野もしくは一塁に転向したのだろうか、と疑問を抱いた。
ジェイクはナイフ類が入っている引き出しを軽く叩いて見せ、それから片足で立って背後に手を伸ばし、片手で膝サポータを押さえたまま、まな板を引っ張り出してカウンターの上に置いた。「皿はすぐ取ってくる」彼はそう低く呟きながら、圧縮パッドをきつく締め、膝の内側にアイスパックが当たるよう固定した。彼はマジックテープのしわを伸ばし、それから大きなため息をついて、背中をまっすぐに伸ばした。一連の動きを見つめていたブランドンは、ジェイク自身は一切口にすることはないけれども、ジェイクが体験している辛さをわずかに理解し始めたような気がした。ほんの一時間足らず前まで、コーチがこれほどの痛みを抱えているなんて考えもしなかったが、今となっては、それは明らかな事実だった。とはいえ、彼は今日の午後、ジェイクと一緒にいる時には、おしゃべりよりも沈黙の方がずっと価値があることを学んだ。だから彼はそのことには触れず、まな板とナイフを朝食テーブルのところに持っていって、トマトを切り始めた。
ジェイクは、ガラスの戸がついたキャビネットの一つに手を伸ばし、皿を取り出しながらブランドンを見やった。「俺は一年の時、膝をぶっ壊した」彼は、声に出されなかった質問に答えて目の前の男にそう語った。「いまだに時々痛み出すんだ。こんな寒い陽気の時分にはな」
ブランドンは表情を変えずにジェイクを見上げた。彼は目の前の男に同情を感じたりしない。ジェイクが当時、その怪我に見合うだけの激しい運動をしていたのは確かだ。でも彼としては、例え誰であっても、そこまでの痛みを抱えるようなことにはなって欲しくないと思った。「陸上部でも時々そういう怪我を目撃したよ。痛いよね」彼は静かにコメントして、トマトのスライスに戻った。「靭帯なんだよな、どっちにしても」
ジェイクは片方の眉をつり上げたものの、何も言わなかった。小道だかなんだかを走っている時に、分厚いパッドに身を包んだ何頭もの野生の熊に横からタックルされるランナーもそうはいないだろうと思ったのだが、それは口にしないことにした。彼はまた彼のくるぶしに怪我の後遺症でできた骨棘や、高校時代の野球部のぼんくらコーチに無理やり過剰にピッチングをやらされたことで完全に破壊された肩についての説明もしなかった。膝のことを伝えるだけでいいこととして、ビールの蓋をひねって開けた。大抵の人間はその作業をするために、栓抜きを使うという事実は頭に浮かばなかった。
「この材料は皆君の冷蔵庫に入ってたんだから、全部食べられるってことだよな」ブランドンは肉とチーズをたっぷり入れた巨大なサンドイッチを二つ構築しながらそう言った。彼はジェイクを盗み見て、その顔に様々な感情が交錯しているのを見て取った。そのことに興味を引かれたものの、無理に聞き出すのは良くないと判断した。高校も一緒に通い、現在は一緒の職場で働いているにしても、ブランドンは彼のことをほとんど知らないに等しい。そう考えると、彼のキッチンに立って、彼のためにサンドイッチを作っているなんてなんだか場違いな気がした。
「俺はなんでも食うぜ」ジェイクは自動的に返答した。「ビールと一緒に出されれば、木の皮でも食う」彼は目の前の男にそう請け合い、錠剤をいくつか口に放り込むと、ビールをごくごく飲んで流し込んだ。
「木の皮だって?」ブランドンはそう尋ねながら鼻を鳴らした。「それって、確かに日々必要とされる食物繊維を十分にとることができそうだ」そう冗談を言って、彼は二つのサンドイッチの大きい方を朝食テーブルに面したカウンターのところにいるジェイクの前に置いた。彼はテーブルに座り、バックパックを探って、書類を一束取り出した。それからちらっと目線を上げ―教えている時には一日中かけているっていうのに、なぜ恥ずかしい気がするのかは釈然としないまま―眼鏡を取り出してかけた。「サンドイッチを食べながら、やってもいいかな?」
「おう」ジェイクは一番近くにある背もたれのない腰掛にまたがりつつ答えた。彼は食べながらブランドンを静かに観察し、自分は答案の採点なんかをやらずに済むことに感謝した。
うなずき、自分のサンドイッチを一口齧って、科学教師は答案を読んではチェックする作業を始めた。そして各答案の一番上に成績を殴り書きすると、それを丸で囲って脇に置く。それから数分間、採点の合間に食事も続けつつ、彼は完全に作業に没頭しているように見えたが、ふとビールに手を伸ばそうとして顔を上げ、ジェイクに見つめられていることに気づいた。彼はその場に固まった。自分を見つめるこんなにも強い黒い瞳の視線にどうしていままで気づかなかったのだろう?
「なんだい?」と彼は疑わしげに聞いた。
「なんでもない」とジェイクは少し笑って答えた。「俺が俺でよかったって事実をあらためて噛み締めてただけだ」彼は手振りで自分のビールと答案の束とを指し、軽い笑い声をたてた。
ブランドンも笑顔になった。「教師の雑用を手伝うつもりはないって話なら、さっきもう聞かせてもらったしね。嫌なやつだよ」と、彼は低く悪態をついてみせた。
「っていう噂もあるな」ジェイクは憎らしいような笑顔を浮かべてそう返事をし、空になった皿を押しやって、ビールを飲み干した。空き瓶をカウンターにドンっと置くと、椅子の上で後ろに体を伸ばし、立ち上がらずに冷蔵庫を開けようとした。
「僕が取るよ」と、科学教師は言い、一本の指で眼鏡を押し上げて、冷蔵庫へと歩いた。そしてビールを一本取り出して、ジェイクの手に押し付け、また元の場所に戻り、食事と採点に戻る。
ジェイクはちょっと顔をしかめた。「ありがとよ」と呟き、彼はブランドンをじっと見つめた。こいつは、パシリにされてなんとも思わない人間なのか、それとも単に、とんでもなくいいヤツなのか。いいヤツすぎるなんて人間がいるっていうなら。
採点に戻りつつも、ブランドンはくぐもった音を立てた。「いつもやってもらえるとは思うなよ」と、答案から顔も上げずにそう言う。出てけと言われるまで、ジェイクは、あとどのくらいこうしていさせてくれるのだろうと、彼は思った。いまや採点は調子に乗ってきたところなのだが。
「ふむ」ジェイクは不満げな声を出し、ビールの蓋をねじ開けて、一気にかなりの量を飲み干した。これは夜ごとの決まった儀式のようなものだ。帰宅して、氷を出し、薬を取って、アルコールで流し込む。こんなことをブランドンの目の前でやるのは恥ずべきだということは理解していたものの、ざっくばらんに言って、この十年のうちに彼は気にするという能力をなくしてしまっていた。実際、彼は他人からどう思われようがほとんど気にしないし、行く先々で彼がこれほどまでに人気者なのも、それが一つの要素になっているのだろう。
「こうしてると、一応チームミーティングっていう体裁で、コーチ連中全員がどっかしらに集まってやってる水曜の会を思い出すな」彼はペンの動きを見つめながらそう言った。「大抵の場合、飲んだくれて、ダグアウトクラブの連中を笑いものにしたりしてるんだが、いつも楽しいことは確かだ。よかったら、お前も来てみるか」
ブランドンは視線を上げた―ジェイクが飲み会に誘ってくれてる? とんでもなく信じられないことなんだけど? 眼鏡が滑り落ちて、彼はフレームの上からジェイクを見ることができた。「ダグアウトクラブ?」と、彼はわずかに笑顔を浮かべて尋ねた。
「ああ、つまり、あらゆる試合に首を突っ込まずにはいられなくて、俺たちに息のつまるような思いをさせる親どもがいるだろ?」ジェイクは片方の眉を上げつつ、そう答えた。「俺にダイアモンドガールズの説明まではさせるなよ」と彼は警告した。
次第に笑顔を大きくして、ブランドンは小さく声を上げて笑った。「もちろん聞くに決まってるじゃないか、わかってるくせに」と、彼は指摘した。「後になって聞かなきゃならないハメになって、間抜けみたいにみられるくらいなら、今、知っておいた方がいい」彼は合理的にそんな指摘を追加した。
「野球部専任のチアリーダだ」と低い声で言い、「野球部は、チアリーダなんて持つべきじゃないんだ」と不満げに講義した。
科学教師は目をまん丸にした。「うちの学校って、野球部専任のチアリーダがいるのかい?」と、彼は全くもって信じられないといった様子で尋ねた。「あっ、まさか。ミスティのアイデアだなんて言わないでくれよ。彼女が春頃、なんとかグランドの周辺に居場所を確保しようと画策していたのは知ってる、でも、これか?」彼はペンを投げ出し、唸り声をあげて背もたれに体を倒した。
「俺の前で、その名前を口にしないでくれ」ジェイクは、偽りのない心境でそう警告した。「俺はなんとか抵抗しようとしたんだ、だが、あの女ども、差別だって金切り声をあげやがってさ」彼は、嫌悪感を滲ませてそう唸った。
「なんてことだ。ソフトボール部にもチアリーダがついてるのかい?」ブランドンは、テーブルの上に眼鏡を投げて聞いた。
「俺の知る限りでは、ついてないはずだ」と、ジェイクは顔をしかめて答えた。「ベンチにまで入り込まないでいてくれれば、まあなんとか我慢するって感じだな」と、彼は付け加えた。「そうだ、ベンチっていえば。お前、ガキどもとベンチにいる時には、やつらが規律を乱すようなことをしたら、ぶん殴る用意があるぞってことをはっきりやつらにわからせとくようにしろよ」と、彼はアドバイスした。ビールの酔いからくる温かさが全身に流れ始めていた。
「君は、どうして君のチームにチアリーダがくっついてるのか、その理由は知ってるんだよね?」とブランドンは尋ねた。それは実際、公然の秘密だった。ミスティは、その事実について、女子トイレの中ですらペラペラしゃべりまくっている―少なくともブランドンがロンダから聞いたところでは、そういう話だった。チアリーディングのコーチは、ハンサムな夫、つまり具体的に言えば、彼女がプロムのクイーンだった時のプロムのキング、を射止めようと必死になっている。
ジェイクは用心深く後ろに寄りかかり、目を細めた。「どうしてだ?」と、わずかに恐怖を滲ませて尋ねる。
ブランドンは落ち着かない様子になった。彼は男友達と、ペニスの長さを比べ合ったり、女の子と寝た数をベッドの柱に刻んだりなんていう、気の置けない付き合いをしたことがない。彼は、そういう方面の話を気楽にはできないタチなのだ。「ロンダが君の事をまるで前菜かなにかみたいに見てたのを覚えてるだろ?」と彼は聞いた。
ジェイクは目をぱちくりしながら目の前の男を見て、居心地悪そうに体を動かした。「ああ、あれか」と彼は呟いた。「ミスティのやつ、執念深いんだよ」と、落ち着かなげにふっと息を吐き出した。
「彼女は、君の事を高級なビーフの付け合せみたいに見てるよな」ブランドンはちょっとした同情以上の感情を込めてそう言った。
「あいつは昔っからそうだった」ジェイクはそう言って肩をすくめた。「四年の時、俺は、もしあいつをプロムに誘わなかったら、あいつに殺されるだろうと思った。ある日、俺は最後の授業をサボってバークマー高校へ車を飛ばした。で、最初に目についた女の子を捕まえて、俺とプロムに一緒に行ってくれと頼んだんだ。面倒に巻き込まれたくない一心でな」
ブランドンはポカンと口を開けた。「うわっ。彼女がキレまくってたのも無理ないな。彼女のヒステリーの発作をはっきりと覚えてるよ。で、僕はと言えば、カフェテリアの一番反対側の隅っこにいたんだからね。あれは確実に役に立った、僕が金輪際やめとこうと決心す…」そこで彼は慌てて口を閉じ、頭を振った。「君は、頭が切れるな」彼はようやくそう付け加えた。
ジェイクは突然途切れた言葉の続きを問いたげに頭を傾けたが、そのまま追求はしなかった。彼はその思い出に懐かしげな笑顔を浮かべた。「俺、あの時の子とあやうく結婚しそうだったんだぜ」と、彼は微かな笑顔を見せて、目の前の男に語った。「彼女は、結局、『野蛮』なスポーツに我慢できなかったんだけどな。で、俺の方も、ピンとこなかった…、あー、結婚するって考えがさ」
笑顔が再び現れた。「あやうく結婚しそうだったって?」ブランドンは頭を傾けて、ジェイクを眺めた。「君は僕なんかよりずっと進んでたんだな」と、彼は肩をすくめて言い、サンドイッチを食べ終えた。
「お前は勉強が忙しすぎたか? え?」ジェイクは、あえて一歩踏み込んだ質問をした。
ブランドンは眼鏡をもてあそび、その眼鏡で答案用紙を軽く叩いた。話題は彼の望まない方向に進んでいた―危険な領域に近づきすぎている。「ああ、そうかな。大学に行って、教師もやりながら大学院に通って、ここに戻ってきた。そういう事情もあったし、デートしたりすることに本当の意味で興味もなかったから」と、彼は言った。「高校時代の僕って、女の子から人気があったとはとても言えなかったし、それは君もよくご存知のとおりね」
「それだって、何にも悪いことはないさ。お前には、十五年も経ってから尻に齧りついてくるようなミスティみたいなやつはついてないだろ?」と、彼は指摘した。
頭を振り、ブランドンは顔をしかめた。「あんなに美人なのに、どうしてこうも醜いことをするんだろう、僕にはわからないよ」と、彼は言ったが、その声には明らかな嫌悪感が溢れていた。
「見た目は当てにならないもんだ」ジェイクは静かにのどを鳴らして再びビールを呷った。「っていうのも、どういうわけだか、ここんとこ高校の頃のことをよく考えるようになったんだよな」彼はそう説明し始めた。「当時、俺を含めて俺の周りにいたやつらはろくでもないやつばっかりだったな、とか、友達になれてもよかったのに、俺がフットボール部のあのロゴのついたスタジャンを着てたために友達になれなかったやつが何人いたんだろう、とか、考えるんだ。そんなことは、今の高校にだってあることだけどな」
生徒たちだけじゃなく、教師の間にだってあることだよ、とブランドンは心の中で付け加えた。「まあ、正直なところ、僕が君の家のキッチンテーブルに座って、答案の採点をしながらビールを飲むことになるなんて、全く思いもしなかったってことは、はっきり言えるな」そう彼は言い、学生時代、友達グループというものがどれほどきっかりと分けられていたかを考えた。ほんのわずかな例外を除き、その友達のラインは決して交錯することはなかったし、各グループは決して交わることはなかった。「高校時代には、そういう目に見えない壁をどうやって壊していいか、わからなかったんだよな」と、彼は静かに付け加えた。彼は経験からそのことを知ったが、今、ジェイクもそれを知ったことを感じ取った。「でも、僕も君と同じくらいろくでもないやつだったってことは確かだよ」彼は、彼らの間の会話のトーンを明るくしようと、そう突っ込んだ。
ジェイクは一瞬猛烈にいきり立った様子を見せ、それからため息をついた。ビールと薬のせいで、きっと明日には後悔するほど口が軽くなっている。「俺はそれほど悪いやつじゃなかったんだぞ」と、彼は言い訳するように呟いた。
ジェイクが視線を落としたのを機に、ブランドンはジェイクをじっと見つめた。ああ、そうだ、彼は悪いやつじゃなかった、本当の意味では全然、他の大勢のやつらと比べたら…。突然、ブランドンの体に緊張が走り、帰らなければ、と強く思った。突然ジェイクの体に関心を抱いたように思える、自分の体のこの反応はどうも気に入らない。くそっ。「もう遅いし、僕は家に帰ってからまだ仕事があるんだ。明日の放課後は、野球の練習もあるしね。この状況、想像してみてくれよ」彼はそう言って立ち上がり、全ての書類をパックパックに詰め込んだが、その顔には何かとんでもないショックを受けたような表情が戻っていた。
ジェイクは顔を上げ、その黒い目でブランドンを見つめた。「俺、なんか気に障ること言ったか?」と、彼は不思議そうに尋ねた。
「君が何か…? 違う」ブランドンはそう言うと、再び席に沈み込み、いつも職場でやっているように、自分の視線を隠すため眼鏡をかけた。「僕はただ、他人と接するのが得意ってわけじゃないから」と、彼は言った。「この野球部のあれこれは、僕にとっては、本当に挑戦って感じなんだよ。それってただルールを覚えればいいってものじゃないからね」彼ははるか昔から内気で、その習性を打ち破るのは彼にとって本当に大変なことなのだ。教師として教えるのとは全く別物だ。
「他人と接するのが?」ジェイクはそう繰り返し、さらに深く困惑した様子で眉をしかめた。「ああ」彼はなんとか理解しようとしたが、本当の意味では理解できないという感じの声を出した。「ああ、そうだよな。いや、気の毒に思うよ」彼はそう言葉を続け、ゆっくりと立ち上がった。すっかり液体に戻った足首のジェルパックが、抗議するかのように、大きな音を立てたが、彼はそれを無視した。「玄関まで送る」と、彼は申し出た。
再び立ち上がり、ブランドンはバックパックを掴むと、またもや気まずい思いを抱えながらドアに向かった。彼が人付き合いってものをしないのは、これが理由なのだ。彼はドアの外に立ち、ドア口のところにいる疲れきった男を振り返った。「サンドイッチ、ごちそうさま。明日には足の調子が良くなってるといいけど」
「はっ」ジェイクはドアフレームに寄りかかってそう返事をした。「明日は絶対雨だって確信があるぜ」と彼は自信を持って断言する。「おい、明日、電話に袋をかけるのを忘れるなよ」彼はいつもの憎らしい笑顔を見せてそう言った。
ブランドンは完全に言うべき言葉を失い、あっけにとられて彼を見つめた。袋? 電話? 彼は戸惑いに目をぱちくりさせた。ああ! ピンときて、彼は笑い声をあげ、呆れたように目をくるっと回した。「わかってるよ。トロイが放送する時、笑わないようにしなきゃな。指示に従わなかったりしたら、僕は傲慢ってものだよね」と、とぼけて見せ、少し足を動かした。
「なんのことを言ってるのかわからねえな」ジェイクはそう一蹴しつつも、笑顔を見せた。「また明日な。ユニフォームを忘れるなよ」
階段を下りつつ、ブランドンは片手を挙げてうなずいた。彼は車に乗り込み、一連の動作をして落ち着くと、走り出したが、その間ずっと非常に自意識過剰な気分に浸っていた、なぜならジェイクがドア口に立ち、彼のことをずっと見つめていたから。ジェイクは、ヘッドライトが見えなくなるまで待ち、それから家に入って、ゆっくりとドアを閉めた。客の姿が見えなくなるまで見送るというのは、父親から学んだ習慣だった。そんなことをしているという自覚もなしにやっていることだ。一つため息をつき、彼は、二階のシャワーに入るため重い足取りで階段に向かった。ブランドンってやつは何か心に引っかかる、だが、それがなんなのかはわからない。その状態は彼を落ち着かなくしたし、イライラさせた、ジェイクはそのどちらの状態も気に入らなかった。
家までの運転はあっという間のことに感じた。なぜならブランドンの頭の中は、新しいイメージや思いで溢れかえっていたから―野球部、ぴっちりした白いズボン、保健の授業、ジェイク・キャンベル。彼はドライブウェイに車を停め、習慣による惰性で自動的に車を降り、生い茂った野草に囲まれた飾り気のない白いバンガローを眺めた。ジェイクの家とは大違いだ。でも今夜、ジェイクとの間に少なくともなんらかのほんの小さな共通点をお互いに見出したのかもしれないと、ブランドンは考えた。彼は家の中へと向かい、エッセーの採点と、その他の仕事を終わらせてしまってから、湖の周りを走りに行こうと決めた。長い夜になる。これからもこんな夜が多くなるのだろう。
はたして、第三章に続くのでしょうか…。
本当にすぐまた日記に鍵をかけなければならなくなってしまうかもしれませんが…。
勢いで…、第二章をUPしてみます。
(ジェイクとブランドン、ちょっと微妙にどきどき恋の予感っぽくなってきたかな?)
こんなにドカドカ次々 UP されても読みきれない!という方もいるかもしれませんけれども…、
なんだか勢いが止まらないので、
本当にこっそりこっそり、息を潜めて読んでいただけるとありがたいです。
『Caught Running』
第二章
数分後、ジェイクはシャツをたくし込みながら、駆け足でグランドに向かってきた。彼は、まだ生徒たちが誰も出てきていないのを確認し、今年アシスタントを務める三人の大学生が、ブランドンと一年生チームのコーチであるジョナサンと一緒に立っているのを見つけた。彼らは、ホーム側のベンチのところにある用具置き場の鍵を持っている人間を待っているのだ。彼はブツブツぼやきながら走り寄り、バッグから鍵を引っ張り出した。
「絶対、俺のオフィスは毎年遠くなってる気がする」彼はそうがなりつつ、鍵を鍵穴に差し込んでドアを開けた。アシスタントたちが用具を引っ張り出し、グランドへの設置を始めると、ジェイクはブランドンの方に向き直り、目を細めて運動場を見回した。「トロイの野郎はどこだ?」彼は眉をしかめてそう言いながら、お徳用サイズの箱からひまわりの種を一袋取り出して、尻ポケットに突っ込んだ。青いユニフォームの生徒たちの一団が遠くの校舎からぞろぞろと出てくるのを目にして、ジェイクは小さな唸り声をあげた。「あの野郎、あいつらが来る前にここへいなかったら、ケツにバットを喰らわしてやる」
ブランドンは瞬間的に、ここは口を閉じておくのが懸命なのだろうと察したものの、お調子者で人気者のトロイにジェイクがまじギレしている様子は死ぬほど面白かった。人気者のトロイ―人気者の城のもう一人のキング―ジェイクがその座を逃した年の学祭のキングで、学校一の『プレイボーイ』としても知られていた、ジェイクの暗に対する明の存在だ。とんでもないコンビだった。ブランドンは頭を振り、隅っこに立って、今後もし何かを設置する方法を覚えなければならなくなった時に備え、大学生たちを観察した。彼らはとても友好的で、少し話しをしたところでは、ブランドンと共通の知り合いは一人もいず、全員パークビューの卒業生ではないということだった。
小さなタイヤが軋む音と、電動ゴルフカートのエンジンを切る機械音とが、トロイの到着を知らせ、ジェイクは、トロイがダグアウト向こう側のチェーンを飛び越え、ジェイクが立っているホームベースに向かって駆け寄ってくるのを見ながら、低く唸った。男は、あたかも危ういところで銃弾をよけたとでもいうような笑顔を浮かべている。ジェイクはグローブでそんな彼の側頭を叩いた。「あう」トロイは不満げに息を吐いて耳を擦り、ふて腐れつつ、「あれ、バートレットか?」と、突然、ジェイクの肩越しに完全装備の科学教師を見やって、驚いた様子で尋ねた。
「あれはコーチングスタッフの新しいメンバーだ」ジェイクは硬い声でそう答えた。球場の芝の上に足を踏み入れた瞬間に、いつもの陽気さは完全に消えていた。「お前もその一員でいたいっていうなら、さっさと準備に取り掛かった方がいいぞ」トロイは彼を見て、ため息をついてうなずき、頭を下げたまま、用具の設置を手伝いに向かった。トロイは、それがフットボールだろうが、野球だろうが、グランドにいる時のジェイクがどんなかを知っていた。まるで別人みたいなものだ。ここには冗談の入り込む余地はない。各チームがきっちり決まるまで、お楽しみはお預けということだ。
ジェイクはその場に立ち、駆け足でグランドに出てくる少年たちを迎えた。「ランニング開始!」彼は三つの球場全てに響き渡るような声を張り上げ、一年生たちをひるませた。年長の少年たちは直ちに頭を下げ、新米たちに手本を見せつつ、ウォーミングアップのため球場の周りを走り始めた。練習初日の挨拶なんかなかった。ジェイクがパークビュー野球部員たちに何を求めるのかという説明もなし。練習時間に遅れるなとか、毎日自分の道具を忘れるなとか、成績や出席率なんかについての訓示もなし。子供たちは、そんなことは全部承知しているのだ。仮に承知していなくても、彼らはそれをすぐに学ぶだろうし、さもなければ二日もしない内に部を辞めることになるのだろう。ジェイクの育てた上級生たちが、それを後輩たちに伝えることになるに違いない。
コーチは、王様のようにホームベースに仁王立ちして生徒たちを厳しい目つきで見つめた。まるで運動場全体にそびえ立っているようにみえる。彼は、列の最後をぐずぐず走っている生徒を見つけ出す。彼はそういった生徒を忘れない。彼は、走りながらおしゃべりしている生徒を見つけ出して、そういう生徒を記憶する。彼は厳しい目つきでじっと観察しながら、すでに頭の中で、二軍レベルで、それ以上の素質はないことを自ら露呈している生徒たちを間引きし始めているのだ。
「今日、走り込みを担当したいやつはいるか?」ジェイクは、コーチたちに向かって静かに尋ねつつ、自分のくるぶしを指差して、なぜ自分自身でそれを担当できないかを知らせた。
ブランドンは他のコーチたちを見回した。三人のアシスタントたちは落ちつかなげに足を動かしているし、彼の知らない若いコーチは迷ったような顔をしていて、トロイときたら、ジェイクの言葉が聞こえてないようだ―少なくとも聞こえない振りをしているようだった。「僕がやるよ」と、彼は自ら申し出た。そんなの、そう難しいことじゃないだろ?
ジェイクはブランドンに向かって片眉を上げてみせ、上から下まで注意深く彼を検分した。ブランドンは確かにランナーらしい見た目をしているが、見た目は当てにならないこともある。だからなんだ? トロイがコーチらしい見た目だけで通用しているなら、ブランドンのアスリートらしさだって通用するだろう、そうじゃないか? 「いいだろう」彼はそう言いつつ、ブランドンを近くに手招いた。「ウォーミングアップのため、選手たちには、コーチと対抗させて死ぬほど走らせるんだ」彼は目の前の男にそう説明した。野球部員の先頭集団が三塁線のところに集まり始めていた。「もしやつらが勝てば、やつらは調子に乗る権利を獲得しちまうし、お前が勝てば…」ジェイクはそう言葉を濁していたずらっぽい笑顔を見せ、グランドの方へと手振りした。
「死ぬほど?」とブランドンは呟いた。
「ああ、そうだ」ジェイクはそう答えて、三塁線を指し示した。アシスタントたちは、グランドを横切る何本ものラインをマークするように三角コーンを設置していて、上級生たちは白線の引かれたところに従順に縦列しながら、下級生たちに後に続くよう指示している。「ここの線のところからスタートして、最初のコーンのラインまで走り、戻って、二番目のラインまで走って、戻る、それを五本のライン分繰り返す」彼はブランドンにそう話しながら、並べたコーンを指し示した。「小僧たちの一人にやらせたっていいんだぞ」彼は低い声で付け加えつつ、大学生たちの方に手振りしてみせた。「そもそもやつらがここにいるのはそのためなんだから。時給九ドル五十セントで俺の思うままに拷問されるためだ」
科学教師はくすくす笑った。「いいや、かまわないよ。ポイントは、スピードかい? それとも持久力?」彼は好奇心にかられて聞いた。「僕は一度、生徒たちを打ち負かせばいいのかな、それとも何本も何本も走るのかい?」
「スピードだな」ジェイクは即座に答えた。「お前がやつらを打ち負かせば、やつらは次に何が待っているのかを承知してる。だからやつらは必死になってかかってくるぞ」彼は差し出した指をうごめかして、そう警告し、メガホンを取りにダグアウトの方へと歩き出した。
「あの人、声を響かせるのにあんなものが必要だって思ってるんだよ」一年生チームのコーチがブランドンの脇から呟いた。「冗談きついよな。コーチが囁いただけだって、子供たちには聞こえるぜ。やあ」彼はそう言いつつ、ブランドンの隣に歩み寄って、握手の手を差し出した。「どんな手を使っても、とにかくあいつらには勝たせるなよ。手加減なんかするなよな? コーチはそういうのが大嫌いだからさ」
笑顔になって、ブランドンは彼の手を握り、それから一度に片足ずつ身体の後ろで掴んでは引っ張り上げ、少しストレッチした。「僕はブランドン。新しいアシスタントコーチだ。ま、ある種のね」どっちつかずの笑顔で彼はそう言った。
「ジョナサンだ」と相手の男は名乗った。「一年生のヘッドコーチ。だけどほとんど、‘おい、お前’で、通ってるかな」彼がそう言った時、ジェイクの声がグランド中に響いた。メガホンは身体の脇にたらしたままだ。
ストレッチのため上体を倒しながら、ブランドンは、ジェイクの方を眺めて笑い声をたてた。「メガホンのこと、君の言うとおりだな」彼はまっすぐに立ち、軽い準備体操として上体を両側にねじった。彼は子供たちが自分たちの方へと小走りにやってくるのを目にした。「君、教師かい?」ジョナサンと一緒にスタートラインに向かって歩き出しつつ、彼は尋ねた。
「トリッカム校でね。通りを少し行ったところの中学校だけど、うん、そこで教えてる」ジョナサンは、少年たちが並ぶのを見守りながらそう答えた。「さあ、始めよう。幸運を祈るよ、コーチ」彼はブランドンの尻を軽く叩いて、スタートラインからゆっくり走り去っていった。
ブランドンはその親しげな接触に瞬きしたが、何も言わず線のところに立った。少なくとも過去の彼に基づいて彼を判断したりしない人間がいるってことだ、ジェイクやトロイとは違って。そして、生徒たちが彼の周囲に並び始めると、初めて顔を見る生徒も何人かいることにも気づいた。彼は今年、一年生は一クラスしか受け持っていない。一方、ほとんどの上級生たちはこの三年間のうちにいくつかのクラスで教えたことがあった。
上級生や最上級生の中には、彼とほとんど同じくらいの体格の生徒もいて、しかも皆、見事に鍛え上げた体をしている。ブランドンは少なくとも皆に遅れずついていけるよう願った。この種の走りこみは初めてなのだ。彼はジェイクをちらっと見やって、身体のバランスを保つため少し体をかがめた。レースのスタートに変わりはない、と、彼は自分に言い聞かせた。深くて規則正しい呼吸をする。
ジェイクはホームベースの近くに立ち、前に体を乗り出したりして、ズルをするものがいないかを確認するようスタートラインを見渡した。彼は笛を口に咥え、ブランドンとちょっと目を合わせると、鋭く笛を吹き鳴らした。
彼が教師であるためか、他の理由からなのか、彼の近くに集まってくる生徒はいなかったので、ブランドンは素早いスタートを切ることができた。最初のラインに片足が到達すると、長い足の利点を活かして、そのまま戻りの走りに入った。二番目のラインでも彼はペースを維持した。三番目のラインに届く頃には、ほとんどの下級生の子供たちは遅れだした。四番目のラインに向かって走る時には、本調子が出始め、呼吸が落ち着いてきて、一握りの最上級生にぴったりくっついてホームベースに向い、速度に乗って駆け戻りつつ、声を上げて笑い出さないよう必死でこらえるほどだった。
ジェイクはブランドンの瞬発力につかの間ショックを受け、驚きの表情で、走る男を見つめたが―今回ばかりは―その表情に偽りは一切なかった。あいつは間違いなく走れる。彼はなんとかブランドンから注意を引き剥がして、生徒たちを観察した、どの子がいい走りをしているか、氷の上に乗っけられた小鹿みたいなぶざまな走りをしてるのはどの子か、どの子が皆から大幅に遅れてしまっているか。先頭グループがゴールに近づいた時、彼はゴールを確認するため、最後にもう一度ブランドンから視線を引き剥がした。二人の少年、彼のチームでも俊足で鳴らす生徒が、何分の一秒かの差でブランドンよりも先に白線に到達したのを目にして、ジェイクは再び瞬きした。
「くそっ、もうちょっとだったのにな」彼は、肘のすぐ脇に立っている男に低く呟いたが、その場に立ってゴールを見守っていたその男は、なんとたまたまトロイだった。
「あいつ、走るな」と、トロイも低く呟き返した。「ったく、まさかの展開じゃねっすか?」彼は柔らかい口調でそう冗談めかしていい、ジェイクは首を振って、笑顔でびけグループがラインを通過するのを見守った。
ブランドンは、ゴールした瞬間、満面の笑顔になった。わずかに息は切れていたが、彼のことを知っている何人かの上級生たちが近づいてきて、口々にほめ言葉を口にすると、一層嬉しい気持ちになった。「うわぉ、バートレット先生、そんなに走れるなんて知らなかったっすよ」「バートレット先生、最高!」「すげえっすよ、先生」「いっつも研究室に籠もってるくせに、なんでそんな走れるんすか?」ブランドンはただ笑って、再び体の後ろで足を引っ張り上げ、もう少しストレッチした。
「お前ら全員、マーシャルとタイラーに感謝しろよ。二人のおかげでお前らろくでなしどももこれ以上の走りこみを免除されたんだからな」ジェイクはそう声をとどろかせつつ、歩いてきて、ちょうどジョナサンがやったのと同じように、なにげなくブランドンの尻をパシッと叩いた。彼は、少年たちを成績ごとに分け、それぞれのグループにアシスタント、もしくはコーチをつけた。皆が散り散りに分かれていくと、ジェイクはブランドンに向き直り、手放しの笑顔を見せた。「いい走りだった」彼は、目の前の男の腕をぴしゃりと叩いて言った、めったにお目にかかれない、心からの賛辞だ。「今日は俺にくっついてろ、感じを掴むためにもな」と、彼は続けた。
尻へのパシッも、賛辞も、腕へのぴしゃりも、全部ブランドンのエゴを高みに押し上げ、ブランドンはぬくもりに頬を紅潮させつつ、うなずいた。初日にうまくやることができてよかった。少なくとも彼にもやれることがあった―走るだけなら、失敗のしようもないが。今後、彼もあれこれたっぷり怒鳴られることになるだろうことは重々承知していたが、走ることなら、彼の得意分野だ。ブランドンは、ジェイクが子供たちに練習を課す様子を観察しながら、目の前の男が単なるいい教師などではないこと理解し始めた。彼は、素晴らしい教師だ。それは新鮮な驚きだった。
練習初日の太陽が沈みはじめると、ジェイクは生徒のひとりをコントロールボックスへと走らせ、ライトのスイッチを入れさせた。暗闇が濃くなる中、ライトがチカチカしながらつくと、グランドは再び明かりに満ちた。「もしお前らが、ママは今日の夕飯何を作ってるかな、なんて考えていやがったら」ジェイクは、現在、新兵訓練のブートキャンプさながらの腕立て伏せをしている、格子状に並んだ子供たちの間を歩きつつ、声を響かせた。「俺のグランドから即刻出て、家に帰れ! 現時点では俺がママだ! お前らの飯の時間は俺が決める! そして今この場では俺がパパだ! お前らの寝る時間も俺が決める! 俺がお前らのママでもパパでもなくなるのは、お前らが新しい靴の金が欲しいと思った時だけだ!」彼はそう声を張り上げ、彼の声は、暗闇を貫いて響き渡った。彼は、何列もの息を切らせ、汗まみれで、情けない声をあげている子供たちの間を歩いた。彼らは最高の選手たちで、これこそが彼らがそこに到達した方法なのだ。
ブランドンは片側の端に、ジョナサンと並んで立ち、ただ見ていた。子供たちはタフだ、それだけは確かに言える。だけど、と彼は思う、タフじゃなかったら、州大会に行こうなんていうチームの一員にはなれないのだろう。彼だって一夜にしてクロスカントリーランナーになったわけじゃない。何ヶ月も、何ヶ月も極限まで疲れきって、まともに頭も働かなくなるくらい走って、自分自身を適正なコンディションに持っていったのだ。そしてその状態まで持っていったとしてもそこで終わりではない。何人辞めてしまうのだろう、と彼は思った。午後の早い時間にジョナサンから聞いたところでは、今日の練習は、チームへ入るための適性テストにもなっているということだった。
「三年は、ここで落ちたら全てを失うことになる」ジョナサンは低い声で囁いた。「やつらは二軍には入れない、年を食いすぎてるからね。四年生は去年、全員が代表チームにいたから、有利なんだ。三年は今週、石にかじりついてでも頑張らないわけにはいかないのさ」
ジェイクはさらに丸々一分間続けさせた後、やっと終了の声をかけた。「よーし!」と、彼は地響きのような声をあげた。「お前らそのやる気のない尻を持ち上げて、シャワーに入るんだ! さっさと家に帰れ!」感謝のうめき声があちこちから飛ぶ中、彼はそう命令した。「で、もし用具のひとカケラでもこのグランドに残ってたら、明日、お前ら全員生まれてこなければよかったと願うことになるからな!」と、彼は脅しつけ、子供たちは自分たちが使った道具を大急ぎで片付け始めた。
科学教師は、子供たちがジェイクに反応する様子を観察し、微かな笑顔を禁じえなかった。コーチが躾の問題なんかを抱えていないってことは確かだ。ジェイクは、ブランドンが考えるのとは全く別の方法で、躾というものを取り扱っていたが、それはそれですこぶる上手くいっていた。
腰に手を当て、鷹のような目で子供たちを監視しつつ、子供たちが全員いなくなるまで、ジェイクはその存在感をとにかく巨大で威嚇的に保ち続けた。それから彼は少ししぼんだように見えた、前ほど巨大でなくなり、ずっと近寄りやすい感じになった。彼は部下のコーチたちを見回し、少し微笑んだ。「今年のやつらはどうだ?」彼は、特に誰にという感じでもなく尋ねた。
ブランドンは、周りの男たちに視線を投げた。今は間違いなく、彼が口をはさむ場面ではない。彼はある子供たちに対し、ちょっとした意見は持っていたが、それはあくまで今晩彼が目にしたことに基づいただけの意見であって、信頼のおけるサンプルとはいえない。有益な結論を生むためにはもっと多くのデータが必要だ。
「ああ、俺もだ」ジェイクは周囲の沈黙に同意した。「家に帰れ。また明日会おう」彼は彼をじっと見つめる男たちにそう告げて、少し強張った体の動きでゲートへと向かった。
片眉を上げ、ブランドンは、ジョナサンに向かって別れの挨拶に会釈し、ジェイクの後について体育館へと戻った。自分の着替えを取って、教室に戻らなければならない。彼は、二ブロック分の試験の採点と、授業計画を抱えているのだ。学校に残って仕事をしていくべきか、荷物をまとめて家に帰るべきかを決めようとしている時、胃袋が音を立てた。
ジェイクは振り返ってブランドンが近づいてきているのを目にすると、ブランドンが追いつくまで、ちょっとの間立ち止まり、彼と並んで歩き始めた。「そいつは、俺に向かって唸ったのか?」彼は軽い調子でそうからかった。「なんだ、昼飯のブドウじゃ六時まで持たないって?」
「ブドウはデザートだよ、実際のところ」ブランドンは小さく笑い声をたてながら言った。「その前にオフィスでサンドイッチを食べたんだ」彼はそれがどんな種類のサンドイッチかは言わなかった、たぶん笑われるだろうから。ピーナツバターとジャムのサンドイッチはいまだに彼の一番の好物なのだ。「でも、うん、唸りもするよ。十一時なんてはるか前のことだから」
「まったくもってそういうこった」ジェイクはぼやいた。「練習の直前にカフェテリアから軽くつまめるものを盗みに行くってのを始めてみるのがいいかもしれないぞ。ただねずみ色のシロモノには手をださない方がいい」と、彼は軽い調子で警告した。「車で家までどのくらいかかるんだ?」彼は突然そう聞いた。
「ねずみ色のシロモノ」という響きにブランドンは身をすくませた。「大体、四十分かな、状況にもよるけど」と彼は答えた。「マウンテンパークなんていうはずれたところに住んでるから」
「なんだって」ジェイクは思わず大声をあげた、いつもの‘考える前に行動’というコミュニケーション方法だ。「それって、大した通勤距離だな。なあ、こんなことを頼むのはなんなんだけどな、俺を家まで乗せてくれないか?」彼は言葉とは裏腹に、恥じる様子もなくそう頼んだ。「俺は道をちょっと行ったところの道路ぞいに住んでて、天気のいい日は歩いて来てるんだ。だけど、今晩は俺の忌々しい足首が文句を言い出しやがってな」そう彼が説明する間、ブルーのハイネックの襟元から頬までゆっくりと赤みがのぼっていった。実際のところ、ジェイクが常にどれほどの痛みにさらされているかは誰も知らない。それを知らせたら、彼が何よりも好きなスポーツを、それこそ全力を傾けて、打ち込んできたこの全歳月が、彼にとっていいことよりも、悪いことの方をずっと多くもたらしたことを認めることになってしまう。
車に乗せて欲しいと頼むほどにくるぶしが痛いことをみとめるだけの男気をジェイクが見せれば、ブランドンは迷いなく助けの手を差し伸べることのできる大人だった。「全くかまわないよ。着替えて、教室にちょっと寄らないといけないけど、そしたらすぐに出られる」体育館へと戻りながらブランドンはそう言った。「実際、通勤はそれほど悪くないよ。ほんの二十五マイルだからね。それが曲がりくねった田舎道だっていうだけのことでさ」彼はそう付け加えてロッカールームのドアを引き開けた。「ここで待ち合わせするかい?」
「お前の部屋まで行くよ」ジェイクは、ロッカールームのドアを迂回して、そのまま進みながらジェイクは自動的にそう申し出た。「あー、…といっても、俺、お前の部屋がどこだか知らないや」と、彼は訂正し、立ち止まってブランドンに向き直った。「俺はただ駐車場で途方にくれたような顔して、ぶらぶらしてるってことにするか」彼は目の前の男にぞんざいに手を振りつつそう言った、それはジェイクの気楽な物腰の典型ともいえるものだった。「俺を見逃すのは難しいだろ」彼は笑って、背を向けると自分のオフィスのドアに向かった。
「それでいいよ。先々のために一応言っとくけど、僕のオフィスは、レイバーン老先生の部屋だったところだ」ブランドンはそう言って、着替えのためロッカーに消えた。
自分のオフィスに向かい、一歩中に足を踏み入れながら、ジェイクはアンダーアーマーのハーフジップジャージを脱ぎ、デスクの上に投げた。初日の練習にしては、それほど悪くなかった。今日、一番驚かされたことと言えば、ブランドン・バートレットだろう。そして、野球ズボンを脱ぎ捨てて、カーキの半ズボンに着替えながら、ジェイクはぐずぐずとブランドンのことを考え続けずにはいられなかった。ジェイクは、ろくに知らないようなことに突然投げ込まれる恐さを知っている。彼はそんな時の、まるで空から投げ落とされでもしたような感覚が、腹の中と、神経に圧し掛かってくる感じを知っている。ブランドンは、今日一日をジェイクが感服するような態度で対処していた、つまり、無駄口を叩かず、でしゃばりすぎずに、見るところは見ているといった態度だが、しかも何をするかも知らないまま、自ら進んでそんな状況に足を踏み入れたわけだ。ブランドンのことを尊敬できる人間として考えるにつれ、ジェイクは非常に強い後悔の念に襲われた。高校卒業以来、多くのことを学んできたつもりだったが、いまだに自分自身のそれほど好きにはなれない一面をこうして再認識させられることがある。
着替えが済むと、ブランドンはユニフォームを集め、洗わずに明日もう一度着られそうだと判断した。なんてことだ、彼は今やコーチになったのだ。頭を振り、彼はロッカールームを出て、校舎内へと向かい、自分のオフィスを目指して暗くなった廊下を歩いた。彼は、紙の束をいくつかと、計画書やカレンダーをバックパックに詰め込み―彼はいまだにブリーフケースを持ち歩くことを拒否している―その一番上に、ユニフォームをのせた。彼はスパイクを掴み、これは空気に当てておいた方がいいだろうと検討をつけ、そのまま部屋を出た。
ジェイクは、親たちが子供たちを下ろしたり乗せたりする校舎の裏の大きな円形の車寄せのところに立っていた、重たい用具を入れたバックを肩にかけ、顔は冷たい夜空に向けている。全身が痛んだ。長い休みの後に、体を酷使した時の心地よい筋肉の痛みとは違う。それは紛れもない痛みそのものだった。彼はその場にじっと立ちすくみ、迎えの車がくるのを待った。
ブランドンは校舎わきのドアを押し開けて外に出て、車寄せのところにいるジェイクを見つけた。それで、ジェイクを歩かせるよりは、と、先に車を取りにいくことにした。バックパックとスパイクをジェッタの後部座席へと投げ入れると、彼は車に乗り込んだ。彼の長い足のため、座席は両方とも一番後ろまで下げてある。彼が車内を充分ゆったりと感じるのだから、ジェイクも窮屈すぎると感じることはないだろう、と彼は考えた。数秒後、彼はコーチの前に車を停め、とっさの思いつきに笑顔を浮かべ、窓を下ろした。「乗せていこうか?」
ジェイクは、ふんっと息を吐き、どう返答すべきかわからないまま前に歩み出て、後部座席のドアを開けた。これが良く知ってる相手だったら、脚でもちらりと見せて、親指を立て、ヒッチハイクを装うところだ。しかし彼はまだどこにジョークの線引きをすべきかわかるほど、ブランドンのことを知らない。彼は注意深く荷物を後部座席に置き、助手席に座った。「現役中は、ここまで痛かったことはなかったんだけどな」彼はうめき声と共に不平をもらし、長身の体を伸ばした。
科学教師はわずかに肩をすくめた。「年をとるって情けないことだよな」と彼は呟いた。走っている時、彼も時々膝が痛むことがあったが、彼の大学でのスポーツのキャリアは深刻なダメージを残すほど長くは続かなかったし、今の彼は本格的なトレーニングなどではなく、簡単なエクササイズと楽しみのために走っているだけだ。「どこに向かえばいい?」彼は礼儀正しく尋ねた。
「あー、出口を右に折れてくれ」ジェイクは答えつつ、顔をしかめた。「俺は年食っちゃいないぞ。お前は老いぼれかもしれないが、俺は違う」彼は小さな笑顔を浮かべてそう言い、横目で運転している男に視線を投げた。
指示通りに曲がると、ブランドンは乗客を眺めやった。今現在、明らかに疲れきって、ジェイクは実際に少し老けて見えた。だが、それを口にするのは礼儀に欠けるというものだ。「僕らが老いぼれたって言ってるわけじゃないよ。ただ、年をとりつつあるってことでさ」と彼は言った。「僕らはまだ三十二かそこらだろ。僕らが老齢に近づき始めるまでには、少なくとも三十年はある」
「ふん」ジェイクは過ぎ去っていく学校を眺めながら、口を開いた。「俺は、十七の時には、老いぼれ始めてた」彼は、くるぶしと膝が悲鳴を上げると、低く悪態をついた。
ジェイクの声にトゲを聞き取って、ブランドンは再び彼を見た。「君、大丈夫かい?」彼はそう静かに尋ねた。詮索はしたくなかったが、目の前の男は痛みに耐えているように見えた。それも酷い痛みに。
「氷で冷やせばすぐ治まる」ジェイクは作り笑いで答えた。
ブランドンはうなずいて、それ以上の追及をやめ、少なくとも相手が、まともな答えを返してくれたことを嬉しく思った。「チームで僕がやれそうなこと、何か思いついたかい?」と、彼は、ジェイクから次に曲がる場所の指示を受けた後で尋ねた。
ジェイクは短く鋭い笑い声をあげた。「神様、この男は俺に考えろって言うんです!」彼は皮肉を込めて声を張り上げ、ブランドンを見やって、冗談であることを知らせるため笑顔を見せた。
「今言えっていうなら、お前は俺と一緒に代表チームで働くことになると言っておこう。三塁コーチだ、たぶんな、少なくともお前は野球ファンだって言ってたことだし、そうだろ?」そこで彼は言葉を切った。「お前は、本格的に走りの指導を受けてたんじゃないか?」と、彼は突然尋ねた。トレーニングを受けたかどうかは、見ればわかる。
するどい連続攻撃に瞬きし、ブランドンは信号で車を停め、ジェイクを見やり、片方の眉をつり上げた。「うん。大学でね。どうしてそれがわかった?」
ジェイクは肩をすくめ、窓の外に目をやった。彼らは彼が今朝渡った交差点にいた。まさにその時突然、彼のくるぶしは痛みの発作を起こすことに決めたのだった。「お前はそういう見た目をしてる」彼は漠然と答えた。アスリートが別のアスリートをどうやって見分けるかを説明するのは、難しい。「ゲイセンサーのアスリート版みたいなもんかな」と、彼は少し笑いながら言った。
ブランドンの口元はきゅっと笑顔の形になった。ジェイクが、そのセンサーがどれほど精確かを知ってくれてたらいいのに。「今まで、誰からも、『そういう見た目』をしてるなんて言われたことないよ」と彼はコメントし、信号が青になったので、再び車を走らせた。「学生時代、授業なんかの重圧を発散するために何かしたいと思ってたら、僕の指導教授が、陸上部の人を紹介してくれたんだ。走るのは集中力を高めるのにもいいしね。そしたら、僕は持久走に向いてるってことがわかったんで、クロスカントリーに切り替えたのさ」
「まだ走ってるのか?」ジェイクはそう聞きながら、隣の男を見やった。正直言って、陸上競技というものにこれまで大した敬意を払ったことがない。高校の時も大学の時も、陸上部には〝タマ〟がないというのが、仲間内のジョークの決まり文句だった。
「ああ、一日最低でも一時間はなんとかね。7、8マイルってところかな。頭をすっきりさせてくれるから」ブランドンは、閑静な住宅地に車を乗り入れながら、上の空で言った。「天気が良ければ、大抵、家の近くの公園か、湖の周りを走る。それって、他の用事を片付けるのに貴重な時間ではあるんだけど、なんとかサボらないように努力してるんだ。サボると最悪な気分になるしね」どうしてこんなにぺらぺらしゃべってるのか検討もつかなかった。もしかしたら、こんな風に直接聞かれたのが本当に久しぶりだったからかもしれない。仕事に打ち込みすぎて友達をつくる暇もない彼には、数人の教師をのぞいて、学校に友達もいなかったから。その状況は今後もすぐに変わりそうもなかったが。
「俺の場合、走ることから多くを学んだって経験はないな」とジェイクは認めた。「いつも独り言ばっかいってるハメになる」と、彼はわずかに頬を赤くして言った。
「ああ、僕も最初はそうだった。頭の中に考えが渦巻きすぎちゃってね。本当に走りに集中するためには、その段階を超えないと駄目なんだ。ある意味、意識を飛ばすっていうか。長距離走る場合はってことだけど」ブランドンは、ドライブウェイに車を乗り入れながらそう語った。学校から一マイルほどの距離だった、直線距離なら半マイル、古めかしい、広大な木造建築の家々が建つ、高級分譲地。ここはマウンテンパークを少しだけ髣髴とさせる。彼は緑の飾り窓のある家を眺めようと、前に身を乗り出した。「いい家だね」と、彼は褒めた。
「ありがとよ」とジェイクは答え、ドアノブに手を伸ばした。「何か一杯飲んでいくか?」彼はドアを開けつつ、そう申し出た。
ブランドンの胃袋はその瞬間を選んで、盛大に鳴った。口元が引きつる。「何か、夕飯を探しに行った方がいいみたいだ。でも、申し出感謝するよ」彼は頭を傾けた。ある考えが頭に浮かんだ。絶対にジェイクだって彼と同じくらい空腹なはずだ。「君、食べるのかい?」
「時にはな、ああ」ジェイクは柔らかく笑った。本当を言えば、夕飯を食わなけりゃ、これから痛みを抑えるために飲むなんらかのヤクの効き目も早くなるのだが。しかし彼はそのことは口にしなかった。「サンドイッチの材料ならあるぞ」彼は肩をすくめてそう提案した。
「ええっと、君が氷をとってきたら、ミミの店に行かないかって、提案しようと思っていたんだけど、サンドイッチもいいね」とブランドンは言った。「僕自身、大して料理は出来ないんだ。冷たいままの、薄切りにしたハムやミートローフとか、電子レンジでチンするだけのやつとかさ。缶に入ったクッキーとか」彼は自虐的にそう言った。
「おい、俺の料理の腕前は大したもんなんだぞ。俺が食事の支度をするのに必要なのは、電話と玄関に取りに行く人間だけなんだからな」と、彼は車から降りてドアを閉めながら言い返した。後部座席のドアを開け、バッグを取り出す。「ビールが飲みてぇ」彼はそう言い足しながら、後部座席のドアを閉めた。
「ミミの店が酒類の販売許可を取ったとでもいうのじゃない限り、それは君が提供するしかないぞ」ブランドンはそう言いつつ、車から降りた。「でも君が足を冷やしたいなら、僕がサンドイッチを作ってもいいよ」
「それがいいようだ」ジェイクがそう同意しながらゆっくり背中を伸ばして、背骨をポキと鳴らした。「お前の教師の雑用は手伝わないからな」彼は指を一本振りながら警告し、鍵を引っ張り出してドアへと向かった。
ブランドンは車のボンネットのところで立ち止まった。「教師の雑用?」と彼は尋ねた。それって、食べている間に採点できるよう、仕事を持ち込んでもいいってことだろうか。
「ああ、あれだ、ペンと紙を使うやつだ」ジェイクは肩越しに手を振りつつそう言って、階段を上った。「俺は、それ系は一切やらない」と、彼は首を振りながら言った。
それを彼が得られる了解のサインに限りなく近いものだと判断して、ブランドンは素早く後部座席に頭を突っ込み、バックパックを掴むと、軽い駆け足でジェイクに追いついた。「どうしてペンと紙を使わないなんてことがあり得る? 確か、体育にだって試験があったろ」と、彼は興味にかられて言った。試験もせず、成績付けから逃げ出すなんてことがどうやったら可能になるんだ?
「試験?」ジェイクは信じられないという顔で聞き返した。「ないない、そういうのは、保健だかなにかに移ったんだ」彼はそう答えつつドアを押し開け、家の中に入った。
室内は、冷んやりした、なにか、微かにメロンを思わせるような匂いがした。ジェイクは灯りを点け、ブランドンもついてくるだろうと見越して、キッチンへと向かった。「体育でやる唯一の試験といえば、例の大統領賞をもらう体力テストだけだ、で、それをやるのは普通八年生だけだったと思ったな」と、彼は付け加えた。「体育のテストってのは、受かるか、落ちるかだけなんだ」
ブランドンは後に続きながら周囲を見回した。本当に、本当にいい家だった。彼が予想していたのとは全く違う、だってここに住んでるのは…ブランドンは自分の考えがどこに向かっているかに気づいて身をすくめた。彼は心の中で自分を蹴飛ばし、ジェイクの後からキッチンに入った。キッチンにも灯りがともると、彼はバックパックを朝食用の小テーブルのベンチに置いた。彼は先入観というものを変えていく必要があるようだ。彼の先入観は、既に今日何回も変えられたのだけれども。
「俺はここで育った。俺の両親は五年前にフロリダに移ったけどな」ジェイクは目の前の男に説明した。きっと一介の教師の給料でどうやってこんな家に住めるのか不思議に思っているに違いないから。「引越しの荷物を全部運ぶのと引き換えにこの家をもらったってわけだ」彼は笑顔で冷蔵庫のところへ行き、ドアを開けた。「ビール飲むか?」
「ああ」ブランドンはそう言って、また少し周囲を見回し、なだらかで樹木の生い茂った裏庭を眺めた。お隣さんたちはたっぷり五十ヤードかそれ以上離れているようだ。「僕も今の家を全く同じような感じで手に入れたんだ。まあ、僕の場合相続ってことになるんけど」彼はそう言ったが、既に亡くなって数年が経つ両親のことを思い出し、少し口をつぐんだ。それから彼は出し抜けにジェイクを振り返った。「オーケイ―氷だよな? ミキサーで砕くのか? 何が必要なんだい?」彼は有能さをアピールしてそう尋ねた。
「おやおや」ジェイクは笑って、ブランドンにビールを一本投げた。「素人だな」彼は鼻で笑って、冷凍庫を開け、凍ったジェルパックを取り出した。彼はそれをカウンターの上にポンッと置いて、もう一つ取り出し、ジェルパック装着専用のサポータを取り出すと、ジェルを一つその中に挿し込み、くるぶしに巻きつけた。
ブランドンはうなずいた―彼も以前に似たようなサポータを見たことがあった。「現代科学技術とは素晴らしいものだね」と、コメントして、ビールをテーブルに置いた。「サンドイッチの材料は?」ブランドンは、かなり努力して、ジェイクの短く刈った濃い色の髪、首筋の曲線から視線をそらした。ああ、何もいいものはないぞ。ない。動け、バートレット。ここには何も見るものなんかないんだ。彼はパン入れへと歩いていき、試しにフタを開けてみて、その中に発見したパンの塊を取り出した。
「その他の材料は全部、そこの冷蔵庫の中だ」ジェイクは、そう言ってステンレス製の家電にうなずいて見せ、片足をスツールの上に持ち上げて傷むくるぶしを少し擦った後、その足を圧縮パックの中に差し込んだ。彼は全てのマジックテープをいくらかずつ引っ張って、アイスパッドがくるぶしにしっかりと乗るように押さえ、ブランドンの体の後ろを回って、もう一度冷凍庫に手を伸ばし、膝に巻くためのサポータを取り出した。
ブランドンはマヨネーズとマスタードを肘に抱え、ハムのパックを手に取った時、ジェイクの体が近くにあるのを感知し、ジェイクが冷凍庫のドアを開けられるよう、腰の位置を動かした。彼は冷蔵室の引き出しをがさごそと探して、二種類のチーズと、刻んだレタス、いくつかのトマトまで見つけた。彼はそれら全てを腕一杯に抱えて取り出して、テーブルの上に広げ、パンの固まりをひっつかんだ。「皿は? ナイフは? まな板は?」彼は、コーチがサポータをはめるのを見ながら尋ねた。彼の手際を見る限り、彼はそのサポータ付けに非常に手馴れているようだ。彼は突如、ジェイクは大学でもピッチャーを続けていたのだろうか、それとも外野もしくは一塁に転向したのだろうか、と疑問を抱いた。
ジェイクはナイフ類が入っている引き出しを軽く叩いて見せ、それから片足で立って背後に手を伸ばし、片手で膝サポータを押さえたまま、まな板を引っ張り出してカウンターの上に置いた。「皿はすぐ取ってくる」彼はそう低く呟きながら、圧縮パッドをきつく締め、膝の内側にアイスパックが当たるよう固定した。彼はマジックテープのしわを伸ばし、それから大きなため息をついて、背中をまっすぐに伸ばした。一連の動きを見つめていたブランドンは、ジェイク自身は一切口にすることはないけれども、ジェイクが体験している辛さをわずかに理解し始めたような気がした。ほんの一時間足らず前まで、コーチがこれほどの痛みを抱えているなんて考えもしなかったが、今となっては、それは明らかな事実だった。とはいえ、彼は今日の午後、ジェイクと一緒にいる時には、おしゃべりよりも沈黙の方がずっと価値があることを学んだ。だから彼はそのことには触れず、まな板とナイフを朝食テーブルのところに持っていって、トマトを切り始めた。
ジェイクは、ガラスの戸がついたキャビネットの一つに手を伸ばし、皿を取り出しながらブランドンを見やった。「俺は一年の時、膝をぶっ壊した」彼は、声に出されなかった質問に答えて目の前の男にそう語った。「いまだに時々痛み出すんだ。こんな寒い陽気の時分にはな」
ブランドンは表情を変えずにジェイクを見上げた。彼は目の前の男に同情を感じたりしない。ジェイクが当時、その怪我に見合うだけの激しい運動をしていたのは確かだ。でも彼としては、例え誰であっても、そこまでの痛みを抱えるようなことにはなって欲しくないと思った。「陸上部でも時々そういう怪我を目撃したよ。痛いよね」彼は静かにコメントして、トマトのスライスに戻った。「靭帯なんだよな、どっちにしても」
ジェイクは片方の眉をつり上げたものの、何も言わなかった。小道だかなんだかを走っている時に、分厚いパッドに身を包んだ何頭もの野生の熊に横からタックルされるランナーもそうはいないだろうと思ったのだが、それは口にしないことにした。彼はまた彼のくるぶしに怪我の後遺症でできた骨棘や、高校時代の野球部のぼんくらコーチに無理やり過剰にピッチングをやらされたことで完全に破壊された肩についての説明もしなかった。膝のことを伝えるだけでいいこととして、ビールの蓋をひねって開けた。大抵の人間はその作業をするために、栓抜きを使うという事実は頭に浮かばなかった。
「この材料は皆君の冷蔵庫に入ってたんだから、全部食べられるってことだよな」ブランドンは肉とチーズをたっぷり入れた巨大なサンドイッチを二つ構築しながらそう言った。彼はジェイクを盗み見て、その顔に様々な感情が交錯しているのを見て取った。そのことに興味を引かれたものの、無理に聞き出すのは良くないと判断した。高校も一緒に通い、現在は一緒の職場で働いているにしても、ブランドンは彼のことをほとんど知らないに等しい。そう考えると、彼のキッチンに立って、彼のためにサンドイッチを作っているなんてなんだか場違いな気がした。
「俺はなんでも食うぜ」ジェイクは自動的に返答した。「ビールと一緒に出されれば、木の皮でも食う」彼は目の前の男にそう請け合い、錠剤をいくつか口に放り込むと、ビールをごくごく飲んで流し込んだ。
「木の皮だって?」ブランドンはそう尋ねながら鼻を鳴らした。「それって、確かに日々必要とされる食物繊維を十分にとることができそうだ」そう冗談を言って、彼は二つのサンドイッチの大きい方を朝食テーブルに面したカウンターのところにいるジェイクの前に置いた。彼はテーブルに座り、バックパックを探って、書類を一束取り出した。それからちらっと目線を上げ―教えている時には一日中かけているっていうのに、なぜ恥ずかしい気がするのかは釈然としないまま―眼鏡を取り出してかけた。「サンドイッチを食べながら、やってもいいかな?」
「おう」ジェイクは一番近くにある背もたれのない腰掛にまたがりつつ答えた。彼は食べながらブランドンを静かに観察し、自分は答案の採点なんかをやらずに済むことに感謝した。
うなずき、自分のサンドイッチを一口齧って、科学教師は答案を読んではチェックする作業を始めた。そして各答案の一番上に成績を殴り書きすると、それを丸で囲って脇に置く。それから数分間、採点の合間に食事も続けつつ、彼は完全に作業に没頭しているように見えたが、ふとビールに手を伸ばそうとして顔を上げ、ジェイクに見つめられていることに気づいた。彼はその場に固まった。自分を見つめるこんなにも強い黒い瞳の視線にどうしていままで気づかなかったのだろう?
「なんだい?」と彼は疑わしげに聞いた。
「なんでもない」とジェイクは少し笑って答えた。「俺が俺でよかったって事実をあらためて噛み締めてただけだ」彼は手振りで自分のビールと答案の束とを指し、軽い笑い声をたてた。
ブランドンも笑顔になった。「教師の雑用を手伝うつもりはないって話なら、さっきもう聞かせてもらったしね。嫌なやつだよ」と、彼は低く悪態をついてみせた。
「っていう噂もあるな」ジェイクは憎らしいような笑顔を浮かべてそう返事をし、空になった皿を押しやって、ビールを飲み干した。空き瓶をカウンターにドンっと置くと、椅子の上で後ろに体を伸ばし、立ち上がらずに冷蔵庫を開けようとした。
「僕が取るよ」と、科学教師は言い、一本の指で眼鏡を押し上げて、冷蔵庫へと歩いた。そしてビールを一本取り出して、ジェイクの手に押し付け、また元の場所に戻り、食事と採点に戻る。
ジェイクはちょっと顔をしかめた。「ありがとよ」と呟き、彼はブランドンをじっと見つめた。こいつは、パシリにされてなんとも思わない人間なのか、それとも単に、とんでもなくいいヤツなのか。いいヤツすぎるなんて人間がいるっていうなら。
採点に戻りつつも、ブランドンはくぐもった音を立てた。「いつもやってもらえるとは思うなよ」と、答案から顔も上げずにそう言う。出てけと言われるまで、ジェイクは、あとどのくらいこうしていさせてくれるのだろうと、彼は思った。いまや採点は調子に乗ってきたところなのだが。
「ふむ」ジェイクは不満げな声を出し、ビールの蓋をねじ開けて、一気にかなりの量を飲み干した。これは夜ごとの決まった儀式のようなものだ。帰宅して、氷を出し、薬を取って、アルコールで流し込む。こんなことをブランドンの目の前でやるのは恥ずべきだということは理解していたものの、ざっくばらんに言って、この十年のうちに彼は気にするという能力をなくしてしまっていた。実際、彼は他人からどう思われようがほとんど気にしないし、行く先々で彼がこれほどまでに人気者なのも、それが一つの要素になっているのだろう。
「こうしてると、一応チームミーティングっていう体裁で、コーチ連中全員がどっかしらに集まってやってる水曜の会を思い出すな」彼はペンの動きを見つめながらそう言った。「大抵の場合、飲んだくれて、ダグアウトクラブの連中を笑いものにしたりしてるんだが、いつも楽しいことは確かだ。よかったら、お前も来てみるか」
ブランドンは視線を上げた―ジェイクが飲み会に誘ってくれてる? とんでもなく信じられないことなんだけど? 眼鏡が滑り落ちて、彼はフレームの上からジェイクを見ることができた。「ダグアウトクラブ?」と、彼はわずかに笑顔を浮かべて尋ねた。
「ああ、つまり、あらゆる試合に首を突っ込まずにはいられなくて、俺たちに息のつまるような思いをさせる親どもがいるだろ?」ジェイクは片方の眉を上げつつ、そう答えた。「俺にダイアモンドガールズの説明まではさせるなよ」と彼は警告した。
次第に笑顔を大きくして、ブランドンは小さく声を上げて笑った。「もちろん聞くに決まってるじゃないか、わかってるくせに」と、彼は指摘した。「後になって聞かなきゃならないハメになって、間抜けみたいにみられるくらいなら、今、知っておいた方がいい」彼は合理的にそんな指摘を追加した。
「野球部専任のチアリーダだ」と低い声で言い、「野球部は、チアリーダなんて持つべきじゃないんだ」と不満げに講義した。
科学教師は目をまん丸にした。「うちの学校って、野球部専任のチアリーダがいるのかい?」と、彼は全くもって信じられないといった様子で尋ねた。「あっ、まさか。ミスティのアイデアだなんて言わないでくれよ。彼女が春頃、なんとかグランドの周辺に居場所を確保しようと画策していたのは知ってる、でも、これか?」彼はペンを投げ出し、唸り声をあげて背もたれに体を倒した。
「俺の前で、その名前を口にしないでくれ」ジェイクは、偽りのない心境でそう警告した。「俺はなんとか抵抗しようとしたんだ、だが、あの女ども、差別だって金切り声をあげやがってさ」彼は、嫌悪感を滲ませてそう唸った。
「なんてことだ。ソフトボール部にもチアリーダがついてるのかい?」ブランドンは、テーブルの上に眼鏡を投げて聞いた。
「俺の知る限りでは、ついてないはずだ」と、ジェイクは顔をしかめて答えた。「ベンチにまで入り込まないでいてくれれば、まあなんとか我慢するって感じだな」と、彼は付け加えた。「そうだ、ベンチっていえば。お前、ガキどもとベンチにいる時には、やつらが規律を乱すようなことをしたら、ぶん殴る用意があるぞってことをはっきりやつらにわからせとくようにしろよ」と、彼はアドバイスした。ビールの酔いからくる温かさが全身に流れ始めていた。
「君は、どうして君のチームにチアリーダがくっついてるのか、その理由は知ってるんだよね?」とブランドンは尋ねた。それは実際、公然の秘密だった。ミスティは、その事実について、女子トイレの中ですらペラペラしゃべりまくっている―少なくともブランドンがロンダから聞いたところでは、そういう話だった。チアリーディングのコーチは、ハンサムな夫、つまり具体的に言えば、彼女がプロムのクイーンだった時のプロムのキング、を射止めようと必死になっている。
ジェイクは用心深く後ろに寄りかかり、目を細めた。「どうしてだ?」と、わずかに恐怖を滲ませて尋ねる。
ブランドンは落ち着かない様子になった。彼は男友達と、ペニスの長さを比べ合ったり、女の子と寝た数をベッドの柱に刻んだりなんていう、気の置けない付き合いをしたことがない。彼は、そういう方面の話を気楽にはできないタチなのだ。「ロンダが君の事をまるで前菜かなにかみたいに見てたのを覚えてるだろ?」と彼は聞いた。
ジェイクは目をぱちくりしながら目の前の男を見て、居心地悪そうに体を動かした。「ああ、あれか」と彼は呟いた。「ミスティのやつ、執念深いんだよ」と、落ち着かなげにふっと息を吐き出した。
「彼女は、君の事を高級なビーフの付け合せみたいに見てるよな」ブランドンはちょっとした同情以上の感情を込めてそう言った。
「あいつは昔っからそうだった」ジェイクはそう言って肩をすくめた。「四年の時、俺は、もしあいつをプロムに誘わなかったら、あいつに殺されるだろうと思った。ある日、俺は最後の授業をサボってバークマー高校へ車を飛ばした。で、最初に目についた女の子を捕まえて、俺とプロムに一緒に行ってくれと頼んだんだ。面倒に巻き込まれたくない一心でな」
ブランドンはポカンと口を開けた。「うわっ。彼女がキレまくってたのも無理ないな。彼女のヒステリーの発作をはっきりと覚えてるよ。で、僕はと言えば、カフェテリアの一番反対側の隅っこにいたんだからね。あれは確実に役に立った、僕が金輪際やめとこうと決心す…」そこで彼は慌てて口を閉じ、頭を振った。「君は、頭が切れるな」彼はようやくそう付け加えた。
ジェイクは突然途切れた言葉の続きを問いたげに頭を傾けたが、そのまま追求はしなかった。彼はその思い出に懐かしげな笑顔を浮かべた。「俺、あの時の子とあやうく結婚しそうだったんだぜ」と、彼は微かな笑顔を見せて、目の前の男に語った。「彼女は、結局、『野蛮』なスポーツに我慢できなかったんだけどな。で、俺の方も、ピンとこなかった…、あー、結婚するって考えがさ」
笑顔が再び現れた。「あやうく結婚しそうだったって?」ブランドンは頭を傾けて、ジェイクを眺めた。「君は僕なんかよりずっと進んでたんだな」と、彼は肩をすくめて言い、サンドイッチを食べ終えた。
「お前は勉強が忙しすぎたか? え?」ジェイクは、あえて一歩踏み込んだ質問をした。
ブランドンは眼鏡をもてあそび、その眼鏡で答案用紙を軽く叩いた。話題は彼の望まない方向に進んでいた―危険な領域に近づきすぎている。「ああ、そうかな。大学に行って、教師もやりながら大学院に通って、ここに戻ってきた。そういう事情もあったし、デートしたりすることに本当の意味で興味もなかったから」と、彼は言った。「高校時代の僕って、女の子から人気があったとはとても言えなかったし、それは君もよくご存知のとおりね」
「それだって、何にも悪いことはないさ。お前には、十五年も経ってから尻に齧りついてくるようなミスティみたいなやつはついてないだろ?」と、彼は指摘した。
頭を振り、ブランドンは顔をしかめた。「あんなに美人なのに、どうしてこうも醜いことをするんだろう、僕にはわからないよ」と、彼は言ったが、その声には明らかな嫌悪感が溢れていた。
「見た目は当てにならないもんだ」ジェイクは静かにのどを鳴らして再びビールを呷った。「っていうのも、どういうわけだか、ここんとこ高校の頃のことをよく考えるようになったんだよな」彼はそう説明し始めた。「当時、俺を含めて俺の周りにいたやつらはろくでもないやつばっかりだったな、とか、友達になれてもよかったのに、俺がフットボール部のあのロゴのついたスタジャンを着てたために友達になれなかったやつが何人いたんだろう、とか、考えるんだ。そんなことは、今の高校にだってあることだけどな」
生徒たちだけじゃなく、教師の間にだってあることだよ、とブランドンは心の中で付け加えた。「まあ、正直なところ、僕が君の家のキッチンテーブルに座って、答案の採点をしながらビールを飲むことになるなんて、全く思いもしなかったってことは、はっきり言えるな」そう彼は言い、学生時代、友達グループというものがどれほどきっかりと分けられていたかを考えた。ほんのわずかな例外を除き、その友達のラインは決して交錯することはなかったし、各グループは決して交わることはなかった。「高校時代には、そういう目に見えない壁をどうやって壊していいか、わからなかったんだよな」と、彼は静かに付け加えた。彼は経験からそのことを知ったが、今、ジェイクもそれを知ったことを感じ取った。「でも、僕も君と同じくらいろくでもないやつだったってことは確かだよ」彼は、彼らの間の会話のトーンを明るくしようと、そう突っ込んだ。
ジェイクは一瞬猛烈にいきり立った様子を見せ、それからため息をついた。ビールと薬のせいで、きっと明日には後悔するほど口が軽くなっている。「俺はそれほど悪いやつじゃなかったんだぞ」と、彼は言い訳するように呟いた。
ジェイクが視線を落としたのを機に、ブランドンはジェイクをじっと見つめた。ああ、そうだ、彼は悪いやつじゃなかった、本当の意味では全然、他の大勢のやつらと比べたら…。突然、ブランドンの体に緊張が走り、帰らなければ、と強く思った。突然ジェイクの体に関心を抱いたように思える、自分の体のこの反応はどうも気に入らない。くそっ。「もう遅いし、僕は家に帰ってからまだ仕事があるんだ。明日の放課後は、野球の練習もあるしね。この状況、想像してみてくれよ」彼はそう言って立ち上がり、全ての書類をパックパックに詰め込んだが、その顔には何かとんでもないショックを受けたような表情が戻っていた。
ジェイクは顔を上げ、その黒い目でブランドンを見つめた。「俺、なんか気に障ること言ったか?」と、彼は不思議そうに尋ねた。
「君が何か…? 違う」ブランドンはそう言うと、再び席に沈み込み、いつも職場でやっているように、自分の視線を隠すため眼鏡をかけた。「僕はただ、他人と接するのが得意ってわけじゃないから」と、彼は言った。「この野球部のあれこれは、僕にとっては、本当に挑戦って感じなんだよ。それってただルールを覚えればいいってものじゃないからね」彼ははるか昔から内気で、その習性を打ち破るのは彼にとって本当に大変なことなのだ。教師として教えるのとは全く別物だ。
「他人と接するのが?」ジェイクはそう繰り返し、さらに深く困惑した様子で眉をしかめた。「ああ」彼はなんとか理解しようとしたが、本当の意味では理解できないという感じの声を出した。「ああ、そうだよな。いや、気の毒に思うよ」彼はそう言葉を続け、ゆっくりと立ち上がった。すっかり液体に戻った足首のジェルパックが、抗議するかのように、大きな音を立てたが、彼はそれを無視した。「玄関まで送る」と、彼は申し出た。
再び立ち上がり、ブランドンはバックパックを掴むと、またもや気まずい思いを抱えながらドアに向かった。彼が人付き合いってものをしないのは、これが理由なのだ。彼はドアの外に立ち、ドア口のところにいる疲れきった男を振り返った。「サンドイッチ、ごちそうさま。明日には足の調子が良くなってるといいけど」
「はっ」ジェイクはドアフレームに寄りかかってそう返事をした。「明日は絶対雨だって確信があるぜ」と彼は自信を持って断言する。「おい、明日、電話に袋をかけるのを忘れるなよ」彼はいつもの憎らしい笑顔を見せてそう言った。
ブランドンは完全に言うべき言葉を失い、あっけにとられて彼を見つめた。袋? 電話? 彼は戸惑いに目をぱちくりさせた。ああ! ピンときて、彼は笑い声をあげ、呆れたように目をくるっと回した。「わかってるよ。トロイが放送する時、笑わないようにしなきゃな。指示に従わなかったりしたら、僕は傲慢ってものだよね」と、とぼけて見せ、少し足を動かした。
「なんのことを言ってるのかわからねえな」ジェイクはそう一蹴しつつも、笑顔を見せた。「また明日な。ユニフォームを忘れるなよ」
階段を下りつつ、ブランドンは片手を挙げてうなずいた。彼は車に乗り込み、一連の動作をして落ち着くと、走り出したが、その間ずっと非常に自意識過剰な気分に浸っていた、なぜならジェイクがドア口に立ち、彼のことをずっと見つめていたから。ジェイクは、ヘッドライトが見えなくなるまで待ち、それから家に入って、ゆっくりとドアを閉めた。客の姿が見えなくなるまで見送るというのは、父親から学んだ習慣だった。そんなことをしているという自覚もなしにやっていることだ。一つため息をつき、彼は、二階のシャワーに入るため重い足取りで階段に向かった。ブランドンってやつは何か心に引っかかる、だが、それがなんなのかはわからない。その状態は彼を落ち着かなくしたし、イライラさせた、ジェイクはそのどちらの状態も気に入らなかった。
家までの運転はあっという間のことに感じた。なぜならブランドンの頭の中は、新しいイメージや思いで溢れかえっていたから―野球部、ぴっちりした白いズボン、保健の授業、ジェイク・キャンベル。彼はドライブウェイに車を停め、習慣による惰性で自動的に車を降り、生い茂った野草に囲まれた飾り気のない白いバンガローを眺めた。ジェイクの家とは大違いだ。でも今夜、ジェイクとの間に少なくともなんらかのほんの小さな共通点をお互いに見出したのかもしれないと、ブランドンは考えた。彼は家の中へと向かい、エッセーの採点と、その他の仕事を終わらせてしまってから、湖の周りを走りに行こうと決めた。長い夜になる。これからもこんな夜が多くなるのだろう。
はたして、第三章に続くのでしょうか…。
2011年9月15日木曜日
にゃんこのおもちゃが取り持つ縁
鍵がかかっていないというだけで、なんだか気楽に投稿できる気分になるのは、なぜなんでしょう。
もともと鍵のかかっていない表の日記の投稿があまりできないのも謎だけど…。
***
Convention の実況などを見ても、Fangirls のパワーというものは、時に圧倒されるものがありますが、
Fanfiction の創作の上でも、日本のような同人誌を作って、販売するというような文化がないことにより、とても独特かつ個性的な企画ものが色々と考案され、実施されています。
この日記でよく紹介している、ドラマが夏のお休みに入っている間に開催される、「Big Bang」は、そういった企画ものの代表選手と言えます、
さらには、Comment Fic Meme と言われるような、「J2が、小さな子供を二人で育ててる話が読みたい!」、「Sam&Deanが、中世の騎士っていうAUのお話が読みたい!」などなど、
コメント欄に次々と書き込まれる、「こういう話が読みたい!」 というお題に対し、
「あたし、このテーマなら書けるかも」 と作家さんたちがそれぞれテーマをピックアップして、
書き上げた物語を順次投稿していく、という企画も、本当にしょっちゅう開催されています。
そんな中、基本的に、創作に対して、金銭的な対価が発生しないことが大前提になっている英語で書かれる Fanfiction 界にあって、ちょっと異色なのは、
『チャリティー』企画です。
これは上に挙げた Meme などとは逆に、特定の目的のチャリティーのため、作家さんやアーティストさんたちの方から、
A:「J2 を主人公にした超Shmoop なお話、5000語」
B:「Lucifer な Sam のNC-17イラスト」
なんていう風に各自が提供できる作品を提示し、それに対しオークション方式で、「私は、Aの作品を50ドルで買う!」というように入札していって、落札され、集まったお金を目的のチャリティーに募金するというもの。
作家さんの人気度によっては、かなりの高値で落札されることもあります。
チャリティーの対象は
・重い病気で入院している子供たちのための基金への募金
・恵まれない子供たちに本をプレゼントする
のような日常の身の回りにあるものから
・ハイチの大地震
・ハリケーン・カトリーナ
という、世界各地で起こった大災害への復興支援などがあります。
今回ご紹介するのは、下のAuthor’s Notesに書かれているように、日本の東日本大震災の復興支援のために、立ち上げられた help_japan というチャリティー企画で落札された作品です。
3月11日直後(確か二日と経たない内)、まだまだ日本国内でも情報が錯綜していたり、ネットが繋がりにくくなっていたりした時、LiveJournal から届くいつもの更新通知の中に、このチャリティー企画を担当するCommunity立ち上げに対しての Pimp(広めて!)メールがあって、
かなりの驚きと共に感動を覚えたのを記憶しています。
とはいえ、お話自体は、災害には全く関係なく、「ねこちゃんのおもちゃ」をきっかけにしたJ2のほのぼのラブストーリーです。
『A Purrrrfect Match』
Pairing: Jared Padalecki/Jensen Ackles
Rating: NC-17
Word Count: 11,073
Summary: Jensen's temporary job as a customer service representative for an internet cat toy company definitely has downsides. But then there's Jared, the regular customer who makes Jensen laugh and might just this whole ordeal worthwhile.
Author's Notes: Written for without_me, who made a generous donation for earthquake/tsunami relief after winning this in help_japan. Thanks to candygramme for the beta.
自動車事故で、片脚を骨折してしまったJensenは、本業の仕事(physical therapist=Jensenが俳優になっていなかったら、なっていたかもしれない職業として、Fanfictionではお馴染みのお仕事ですね)を休んでいる間に自宅でできるアルバイトとして始めた、
「ネコのおもちゃ」通販の電話受付のお仕事の、
上得意のお客Jaredさんのことが、顔すらも見たことがないっていうのに、好きになってしまったみたいなのです…。
1万語ちょっとのお話ですが、Jensen は可愛いし、Jared は素敵だし、肩に力の入らない可愛いお話で、なんだかもっと短く感じました。
J2 が二人揃ってワンコを二匹(二頭?)ずつ飼っているというのは、Fangirls の間でも有名な話なのに、ワンコのおもちゃではなく、にゃんこのものにしたところは、ちょっと不思議な気もしますが、
1万語くらいで、きれいにちょうどぴったり起承転結をつけるには、存在感が大きくなりすぎてしまうワンコじゃなくて、ねこちゃんが丁度よかったのかもしれないな、とも思います。
でも、気に入ったお話は、「この倍の長さで読みたかった…」と、ついつい思ってしまうものですが、このお話も例に洩れず、二人の仲良しぶりをもうちょっと長く読みたかったかも。
もともと鍵のかかっていない表の日記の投稿があまりできないのも謎だけど…。
***
Convention の実況などを見ても、Fangirls のパワーというものは、時に圧倒されるものがありますが、
Fanfiction の創作の上でも、日本のような同人誌を作って、販売するというような文化がないことにより、とても独特かつ個性的な企画ものが色々と考案され、実施されています。
この日記でよく紹介している、ドラマが夏のお休みに入っている間に開催される、「Big Bang」は、そういった企画ものの代表選手と言えます、
さらには、Comment Fic Meme と言われるような、「J2が、小さな子供を二人で育ててる話が読みたい!」、「Sam&Deanが、中世の騎士っていうAUのお話が読みたい!」などなど、
コメント欄に次々と書き込まれる、「こういう話が読みたい!」 というお題に対し、
「あたし、このテーマなら書けるかも」 と作家さんたちがそれぞれテーマをピックアップして、
書き上げた物語を順次投稿していく、という企画も、本当にしょっちゅう開催されています。
そんな中、基本的に、創作に対して、金銭的な対価が発生しないことが大前提になっている英語で書かれる Fanfiction 界にあって、ちょっと異色なのは、
『チャリティー』企画です。
これは上に挙げた Meme などとは逆に、特定の目的のチャリティーのため、作家さんやアーティストさんたちの方から、
A:「J2 を主人公にした超Shmoop なお話、5000語」
B:「Lucifer な Sam のNC-17イラスト」
なんていう風に各自が提供できる作品を提示し、それに対しオークション方式で、「私は、Aの作品を50ドルで買う!」というように入札していって、落札され、集まったお金を目的のチャリティーに募金するというもの。
作家さんの人気度によっては、かなりの高値で落札されることもあります。
チャリティーの対象は
・重い病気で入院している子供たちのための基金への募金
・恵まれない子供たちに本をプレゼントする
のような日常の身の回りにあるものから
・ハイチの大地震
・ハリケーン・カトリーナ
という、世界各地で起こった大災害への復興支援などがあります。
今回ご紹介するのは、下のAuthor’s Notesに書かれているように、日本の東日本大震災の復興支援のために、立ち上げられた help_japan というチャリティー企画で落札された作品です。
3月11日直後(確か二日と経たない内)、まだまだ日本国内でも情報が錯綜していたり、ネットが繋がりにくくなっていたりした時、LiveJournal から届くいつもの更新通知の中に、このチャリティー企画を担当するCommunity立ち上げに対しての Pimp(広めて!)メールがあって、
かなりの驚きと共に感動を覚えたのを記憶しています。
とはいえ、お話自体は、災害には全く関係なく、「ねこちゃんのおもちゃ」をきっかけにしたJ2のほのぼのラブストーリーです。
『A Purrrrfect Match』
Pairing: Jared Padalecki/Jensen Ackles
Rating: NC-17
Word Count: 11,073
Summary: Jensen's temporary job as a customer service representative for an internet cat toy company definitely has downsides. But then there's Jared, the regular customer who makes Jensen laugh and might just this whole ordeal worthwhile.
Author's Notes: Written for without_me, who made a generous donation for earthquake/tsunami relief after winning this in help_japan. Thanks to candygramme for the beta.
自動車事故で、片脚を骨折してしまったJensenは、本業の仕事(physical therapist=Jensenが俳優になっていなかったら、なっていたかもしれない職業として、Fanfictionではお馴染みのお仕事ですね)を休んでいる間に自宅でできるアルバイトとして始めた、
「ネコのおもちゃ」通販の電話受付のお仕事の、
上得意のお客Jaredさんのことが、顔すらも見たことがないっていうのに、好きになってしまったみたいなのです…。
1万語ちょっとのお話ですが、Jensen は可愛いし、Jared は素敵だし、肩に力の入らない可愛いお話で、なんだかもっと短く感じました。
J2 が二人揃ってワンコを二匹(二頭?)ずつ飼っているというのは、Fangirls の間でも有名な話なのに、ワンコのおもちゃではなく、にゃんこのものにしたところは、ちょっと不思議な気もしますが、
1万語くらいで、きれいにちょうどぴったり起承転結をつけるには、存在感が大きくなりすぎてしまうワンコじゃなくて、ねこちゃんが丁度よかったのかもしれないな、とも思います。
でも、気に入ったお話は、「この倍の長さで読みたかった…」と、ついつい思ってしまうものですが、このお話も例に洩れず、二人の仲良しぶりをもうちょっと長く読みたかったかも。
2011年9月13日火曜日
Caught Running(日本語翻訳版)
以前に表の日記で触れたことがあった 「Caught Running」 という Gay Romance 小説のことを覚えている方いるでしょうか?
Jock & Nerd (スポーツ馬鹿と、ガリ勉おたく) という、Slashの数あるペアリングの中でも、私が最高に好きな組み合わせがあるのですが、
この 「Caught Running」という小説は、まさにそんな私の好みをそのまま体言したような作品です。
今回、期間限定(一日で閉じることになったらすみません…)で、こちらの日記の鍵を開けるに当たって、私が訳したものを第一章のみ、「ようこそいらっしゃいました!」 の気持ちを込めた 「おまけ」 として読んでいただこうと思います。
(第一章については、原作の英文のものも、サービスでウェブ上で読めるようになっているので問題ないはず。でもなるべくこっそり読んでいただければありがたいです。)
表の日記でも、しょっちゅう出てくる「Slash」って? Gay Romance 小説って? と興味をもたれている方で、
「でも、英語で小説を読むなんてハードルが高い!」 と思われている方、
日本語で書かれた 「やおい」小説とはまた一味違った、男×男版の「ハーレクイン小説」とでもいうべきものの魅力をちょっとだけでも味わっていただければと思います。
いいですか?
ちょっとどきどきするけど、公開しますよ?
***
『Caught Running』 翻訳:藤よう
第一章
「コーチ!バスケットのボールはどこっすか?」
ジェイク・キャンベルは、クリップボードから顔を上げ、威嚇的に目を細めてジェレミー―三年・ランニングバック―を見やった。ジェイクは、顔見知りの生徒をファーストネーム、クラス、その子が彼の指導するスポーツのどれかをやっている場合には、守備位置で分類している自分に気づいて、我ながらちょっと面白いと感じた。
「今日は、バスケットはやらないぞ」出席簿のジェレミーの名前をチェックして、彼は答える。
「ええ~! 今日、ランニングっすか?」
「そういうことだ」ジェイクはのんびりと言葉を引き伸ばしつつ、嬉しそうな笑顔を見せた。「外の」楽しげに付け加える。「寒ぅ~~い空のもとでな」
少年はがっくりと肩を下げ、フットボール場とそれを取り囲むランニング用トラックへとつながる、体育館の出口へと向かった。ジェイクはくすっと笑って頭を振り、さらにロッカールームから出てきた生徒たちの名前をチェックした。
ジェイクは、パークビュー高校での仕事を楽しんでいる。生徒たちには好かれているし、彼も生徒たちが好きだ、まあ大抵の場合は。彼は、フットボール、レスリング、野球と、一年を通じてスポーツの指導をしていて、その上、彼は勝つ。ここジョージアでは、勝利は大きな意味を持つ。
体育の授業は、ジェイクが本職に取り掛かる前の五時間ほどのウォーミングアップに過ぎない。それは遥か昔、ジェイク自身が生徒として学校に足を踏み入れた時から全く変わっていないし、そもそも高校の体育教育の改革に関心を持つ人間なんて一人もいないのだろう。ジェイクはふっと息を吐き、出席簿の最後の名前をチェックした。野球部の適性テストでもあるトライアウトが今日から始まる。あと二時間、この退屈な繰り返しを耐えれば、やりがいのある仕事に取りかかれる。
「駄目だ、キャロライン、PETA(動物の倫理的扱いを求める人々の会)にカエルの解剖免除の証書を請願することなんかできないぞ。カエルはとっくに死んでるんだからね。カエルは科学のためにその身を捧げたんだ。カエルの犠牲を無駄にしちゃいけない」ブランドン・バートレットはそう言って頭を振り、生徒たちが使い捨てのラテックス手袋をはめ、布のマスクをつけるのを確認しながら、実験室の前方へと足をすすめた。
「ジミー、今日は、火は使わないぞ。バーナーを消しなさい」ブランドンが視線も向けずにそう言うと、彼の横で小さな吐息とともに、ガスバーナーの炎を消すシュボッという微かな音が聞こえた。カリーに正しい実験器具を使うよう指摘して、彼はホワイトボードの前に立った。
ブランドンはシャツのポケットから眼鏡を引っ張り出してかけ、教材に目をやった。「皆、手元に解剖の手順を持っているね。信じてくれ、手順は昨日の授業で勉強した時から全く変わっていない。なんだい?ケリー」
「バートレット先生? ユニフォームに内臓がついちゃったらどうしたらいいんですか?」常にユニフォームで授業を受けるチアリーダーが質問した。
「クローゼットにエプロンが入ってる。エプロンというのは合理的な防御手段になると思うよ」と、ブランドンは答えた。「ドレイク?」
「先にカエルの頭をちょんぎっていいっすか?」
「解剖手順に最初に頭を切り取ると書いてあるか?」
「ないっす、バートレット先生」
「手順を守らず、過酷な運命にあえて立ち向かうということかな?」
「運命ってなんすか?」
「放課後一週間、解剖で使ったトレイを全部たわしでこすって洗うってことだ」
「サー! 頭はちょん切りません! サー!」
ブランドンは呆れ顔で目をくるりと回した。二年生ってのは。もう不安そうに目を見開いたり、怯えたりはしていないが、当人たちの分別を信頼できるほどには成長していない。「いい選択だ」
生徒たちが作業に取り掛かると、ブランドンは出席簿に生徒たちの出欠を記すとともに、二人組みのチームで、どの生徒にどの器具を渡したかを記録した。視線を上げた彼の顔には小さな笑顔が浮かんでいる。ここは彼の研究室だ。ほぼ十年間の教師生活をへて、二十五回の補助金申請と、校長と教育委員会を相手にたっぷりとやりあった結果、ついに大きな実験室の建設の同意を勝ち取ったのだ。
彼は、パークビュー高校での自身の功績を誇りに思っている。なおさら誇りに思うのは、ここが彼自身の母校であることだ―彼はまさにこの校内を四年間歩いていたのだ―居心地のよさも感じている。とはいえ、生徒たちは年々どんどん幼くなっていくように見えるけれども。彼は、騒がしいチアリーダーたちを見やって、眉をしかめた。それほど年をとった気はしていないが、でも…。
時間割を確認し、ブランドンは、次の授業ブロックの最後の授業の前に授業計画のための予備時間を設けていたことを思い出した。昼抜きで、休憩室の冷蔵庫に昼飯を入れっぱなしだった、ということなら、この後、休憩室に逃亡して低血糖による知力の流出を食い止めることにしよう。彼は視線を上げ、ドレイクとアーロンがカエルの内臓をお互いに向けて飛ばしあっているのを見つけ、ため息をついた。時々、彼は耳から脳みそが流れ出すのを感じることがある。
ジェイクは本日最後となる授業の一時間前、教師用の休憩室の隅っこのテーブルに座って、水をちびちびと飲みつつ、サンドイッチを齧りながら、読書をしていた。朝刊のスポーツページでペーパーバックをカモフラージュし、誰かが入ってくるたび、本の周りに新聞を巻きつけて鋭い黒い目を光らせ、その人物を目で追った。こうるさい奴らに、彼の文字を読む能力について噂されるのはたまらない。
彼は壁に背を向けて座り、両足をテーブルに載せ、コーチ仲間の誰かが来るのを待ちつつ、他の人間が彼に話しかけようなんていう気を起こさないでいてくれることを願った。高校時代の彼は、もう一生分も昔のことだが、群れのリーダーだった。人気者で、スポーツ万能で、ルックスもいい。はるか昔に自分が卒業した、そのまさに同じ高校でコーチとなった今、彼は高校時代オタクで、彼のことを心底怨んでいたような教師たちの群れを相手にしなければならないのだ。ジェイクはすぐに仲間はずれがどんな思いをするものかを身をもって学んだ。唯一の違いは、彼は小さく笑みを浮かべて思う、今の彼は他人からどう思われようがクソほども気にしないってことだ。
廊下でロンダと会い、ブランドンは彼女と一緒に歩きながら、仕事上の情報交換をした。化学の教師である彼女は、学校の評議会に飛び級クラスの創設を申請中だった。ブランドン自身もこれまでずっと飛び級クラスの創設を求めてきていたこともあって、二人は今後九週間の計画について話を詰めているところなのだ。彼らは休憩室までずっと話し続け、休憩室についたところでブランドンが室内を見回すと、ジェイク・キャンベルが一人で座り、読書をしているのが目に入った。
ジェイクとブランドンは昔から現在にいたるまで、常にとにかく完全な正反対同士だった。ジェイクは高校四年の時の学祭のキングであり、卒業プロムパーティーのキングでもあった。ミスター人気者だ。ブランドンは、卒業生総代で、学問クラブの部長だった。まさにオタク―そして並みいるオタクたちの中にあってさえそれほど人気のある方じゃなかった。なぜなら彼は、他のオタクたちが学校生活で辿ってきたのと同じ道を通ってきていなかったから。そんなことを考えつつ、昼食を掴んで、彼はロンダと話を続けるため、部屋の中央の丸テーブルに腰を下ろした。
ジェイクはゆっくりと座る姿勢を低くし、新聞を高く掲げ、目線は室内を見渡せる位置に保ちつつ、誰かと視線が合う前にすばやくそらせるようにした。
ブランドンは、せめてジェイクに会釈くらいはしようと、なんとか目線を合わせようとしたが、ジェイクはあきらかに意図的に彼を見ようとしない。科学教師はため息をついた。彼はジェイクに対し友好的な態度をとろうとしてきた、ミスティにも、トロイにも同じようにしようとした―母校に教師として戻ってきた同級生同士なのだ―しかし、三人とも彼を知っている素振りさえ見せようとしない。彼らは明らかに、高校時代の見識に、後生大事にしがみつき続けるつもりらしい。ブランドンは、なぜそもそも仲良くしようとなんかしたのかと自分を疑った。ロンダが問いかけた何かしらの質問に首をふり、ブランドンは昼食にとりかかった。
ジェイクには、同じ部屋にいるとその存在を無意識に感知してしまう人間がいた。ブランドン・バートレットがその一人だ。どうしてなのか、ジェイクにはわからない。たぶん、ブランドンのことを高校の時から知っていて、その思い出が重くジェイクに圧し掛かっているからだろう。いくつになっても、高校時代はつい昨日のことだ。ジェイクは、一度として他人に惨めな思いをさせて喜ぶような人間だったことはなかったが、彼のチームメイトや『友達』の何人かはそういうやつらで、ジェイクはそいつらがブランドンや、ブランドンのようなタイプの人間をどんな風に扱っていたか覚えていた。それはジェイクにとって、胸の痛くなる思い出だ。彼自身は、一緒になってやったことは一度もない、しかし間に入っていって、やめさせようとしたことも一度もなかった。
ジェイクは椅子の上で姿勢を変え、手元の本のまたもや同じ行を読んでしまったことに鼻を鳴らした。休憩室のドアが再び開き、見上げるとジェラルドとレナが一緒に歩いてくるのが見えた。彼は思わず安堵のため息をもらしかけた―彼と同じ仲間はずれの体育教師たちが救済に現れた。彼らは絶滅しつつある存在―真のコーチたちだった。この学校にいる他のコーチは、トロイのような、まあまあまともな非常勤コーチや、この学校に籍を置かない雇われコーチ、そうでなければミスティのような、昔なにかしらのスポーツ用品に触ったことがあるという程度の、教師との兼任タイプだった。最後のタイプはただ授業で教えているだけの教師よりもたちが悪い、やつらは学問とスポーツの世界を股に駆けた食物連鎖の頂点にいると思い込んでいる。だが、両方の仕事をまともにこなす教師はごくわずかで希少な存在だ、そしてそういう教師は、目に見えない階級間の障壁を無視するだけの賢明さを持っている。
「よう、こんちは、べっぴんさん」ジェイクは、新聞を畳みながらのんびりと挨拶した。彼の視線は、意味ありげにジェラルドの大柄な身体と完璧に剃り上げたモカ色の頭を辿ってから、彼の隣にいる引き締まった体つきのブロンドに移った。「そして君も、こんちは、レナ」と彼はニヤっと笑いながら付け加えた。
ブランドンは新しく入ってきた人間に視線を向けたが、二人が彼やロンダの方へは笑顔どころかちらっと視線を向けることさえせずに、一直線にジェイクに向かっていくのを見て、ロンダとの話を続けた。努力するだけ無駄だ、彼はぶどうの入ったタッパーを開け、ロンダも摘めるよう、ロンダの方へと押しやった。
「あんたって、ホント変態なんだから」レナは静かに笑いながら冷蔵庫へ向かった。
「調子はどうだ、コーチ」ジェラルドは腰を下ろしながら、深い低音で尋ねた。「夕べはどこが勝った?」そう言いながら、彼はジェイクが手にした新聞を指し示す。「っていうか、新聞を逆さに持ってちゃわからないか?」彼は、笑ってページの隅をはじきながら、鋭く問いかけた。
ジェイクはわずかに頬を赤くして咳払いをし、決まり悪げな笑顔を浮かべて、ゆっくりと本を膝の上に置き、新聞の上下を返した。
話の途中で押し殺した笑い声をあげたロンダに、ブランドンは眉をしかめて肩越しにジェイクともう一人のフットボールコーチのジェラルドの方を振り返った。どうもジェラルドが何かのことでジェイクをからかっているようだ。ブランドンはロンダに視線を戻した。「なんだい?」と彼は尋ねた。
彼女は前かがみになって囁いた。「ジェイクったら、新聞を逆さに持ってたの。ほらあの、私たちの存在にも気づかないくらい熱心に読み耽っていた、あの新聞をよ?」
ブランドンは驚きに目を見張り、思わず破顔した。「本当かい?」と彼は声をひそめて言ったが、振り返って確認したい気持ちを抑えるのがやっとだった。「それをジェラルドに見つかっちゃって、とっても面白かったわ」
ジェイクがテーブルの下でジェラルドのすねを蹴り、さらに顔を赤くしながら椅子の上でずるずると身体を低くしたのをみて、レナはジェラルドに水のボトルを放りつつクスクス笑った。「二人とも嫌いだ」ジェイクは小さな笑みを見せながらそう宣言し、本をテーブルの上に投げ出して、二人と一緒に笑い出した。
再び声を潜めて笑い、ロンダは前に身体を乗り出した。「彼ってハンサムだと思わない?私、彼って本当にハンサムだと思うわ」
ブランドンは唖然としてみせた。「ジェラルドが?」
「違うわよ、ばかね。ジェイクよ!」彼女は興奮ぎみに囁いた。
ブランドンは、冷静で落ち着いた化学教師はどこへ行ってしまったのかと不思議に思った。彼女は、ブランドンよりも十歳は年上だったはずだ。「あー…、僕はジェイクと同級生だったから」彼は決まり悪げに告げた。
「彼と友達だったなんて、初耳! あなたから彼に私のことをちょっと売り込んでもらおうかしら」ロンダは静かにアピールしつつ、赤毛を耳の後ろに撫で付けた。
今度こそブランドンが本当に動揺する番だった。「僕は、彼と同級生だったって言ったんだ。友達だったなんて言ってない。それに、ロンダ、彼にアプローチしたいなら、自分ですべきじゃないかと思うけどね。高校時代、彼が僕のことを好きだったことなんて一度もないんだし。今だって彼は僕のことを好きじゃないよ、ついでに言っとくけどさ」ブランドンが小さな声で付け加えるのをよそに、ロンダは彼の肩越しに誘うような視線を投げた。
「今年のチームはどんな感じ?」レナが、腰を下ろしながら聞いた。彼女はソフトボールのコーチをしており、ソフト部と野球部の間には、常にちょっとした対抗意識が存在するのだ。
ジェイクは肩をすくめ、まっすぐに座りなおした。「はっきりしたことは言えないな」レナにずるそうな笑みを向けつつ、彼が曖昧に答えると、ジェラルドは響き渡るような笑い声をあげた。その瞬間ジェイクは、別のテーブルの会話を小耳にはさんで、そちらへ視線を投げた。化学教師がじっと彼のことを見つめ、ただならぬ様子で睫毛をばたつかせているのを目にして、ジェイクは目を丸くした。彼は自動的に問いかけるような視線をブランドンへと向け、彼は退却すべきなのか、もしくは、この事態は目の前のジェラルドに押し付けられるものであって、彼自身は危険を回避できるのかを推し量ろうとした。
たまたま振り返ったブランドンは、ジェイクが彼を見ているのに気づいた。ジェイクの顔には、なんだあれ?という表情が浮かんでいる。ブランドンは反射的に微かに顔をしかめ、肩をすくめて、わずかにロンダの方へと頭を動かして、謝罪の気持ちを伝えようとした。
「俺、…俺、シャワー出しっぱなしだったかも」ジェイクが突然そう口走ると、ジェラルドはさらに大声で笑い、ジェイクの腿をぴしゃりと叩いた。レナはわずかに憤慨した顔つきで、立ち上がるジェイクを見上げた。明らかにジェイクが今年度のそれぞれのチームについての話し合いを回避しようとふざけた企てを試みているのだと思い込んだらしい。ヘッドコーチは二人に手を振り、自分の所持品をかき集めると、再び、取り乱した様子でブランドンに視線を向けた。
なぜそんなことしようとしたのかもわからないまま―単にジェイクを気の毒だと感じたのを別として―ブランドンはジェイクと再び目を合わせ、さりげなく首を回して視線をドアへと向け、逃げられる内に逃げるべきであることを伝えた。それから彼はロンダに向き直り、咳払いして、もう少し大きな声で話し出した。「ところで、ロンダ、飛び級クラスの申請がどうなってるか教えてくれないか。教育委員会には具体的にどんな話をしたんだい?」
「そうそう私から逃げてはいられないからね!キャンベル」レナはこそこそとドアに向かうジェイクに向かって声を張り上げた。ジェイクは振り返り、レナにムカつくほど茶目っ気たっぷりな笑顔を見せ、それからブランドンが座るテーブルを振り返った。ブランドンが化学教師の気をそらそうとしているのは明らかだった。彼はブランドンに微かな笑顔を見せ、感謝の印にうなずいて、足早に出て行った。
目の端でジェイクの脱出を見届けると、ブランドンは、今や事務処理について猛烈な勢いで語っているロンダに注意を戻した。これで本日分の善行はやりとげただろう。一週間分かもしれない。
「保健? 僕に、一年生の保健を教えろっていうんですか?」ブランドンは、三度目となる問いかけをした。唖然として言葉もない。彼はベリー先生のオフィスに立ち―彼の幾何の先生だったまさにあのベリー先生だ―ただ首を横に振った。「僕は生物を受け持っています。二年生と三年生の生物の授業をそれぞれ一クラスずつ。それに一年生の物理も。保健を受け持つ時間はありません」彼は勝ち誇ったように指摘した。
「しかし君には、君が申請していた生物の飛び級クラスのための時間があるだろう」トムは小さな笑みを浮かべてそう指摘し、椅子の背に寄りかかったものの、やれやれという顔で、ため息とともに首を振った。「いいかね、この決定が君の気に入らないのはわかっている。だがね、曲がりなりにもこの科目を教えられる人間が他には誰もいないのだ。かといって、この科目をなくしてしまうというわけにもいかない、なぜなら必須科目だからね。保健の授業はおぼえているだろう、ブランドン」彼は、彼独特のしゃがれ声で続けた。「レスキュー911のビデオをデッキに突っ込んで、子供たちが寝ている間、君は座って自分の授業計画でも立てていればいい」
「生物の飛び級クラスを切り捨てるっていうんですか? トム」ブランドンは訴えた。「補助教員を雇うわけにはいかないんですか? 時給で働く臨時教員を半日雇うとか? 保健の授業ならよく覚えてますよ。だからこそ死ぬほどぞっとするって言ってるんです。心肺蘇生用の人形に、身の毛もよだつような病気の描写、それにバナナにコンドームを被せる練習!」
「コンドームは取りやめになったぞ」トムは苦笑いで切り返した。「保護者があれこれうるさいものでね」
「ああ、もう」ブランドンは呟き、椅子にどさっと腰を下ろしてうなだれた。「最高だ。最高以外のなにものでもない。一年生の保健ね。ったく、トム。いいですよ。やりますよ。どのみち、そうするしかないんでしょう」それは質問ですらなかった。
「まあ、形の上では、君は拒否することも可能なんだがね」と、トムは肩をすくめて言った。「残念ながら、保健の授業は最後のブロック内に入れることで予定が組まれてしまっているから、君は授業計画の時間を二時限目に移す必要がある、どのみち飛び級クラスは実現しないのだからね」彼は、不本意そうに唇を引き締めた。トムがこのやっかいごとをブランドンに押し付けるのを喜んでいるわけではないことは明らかだった。ただ、とにかく他に選択肢がないのだ。「クリスマス休暇の後、職員が何人か辞めたのは知っているだろう。産休もいれば、突然退職することになったものもいる…。野球部のコーチも一人足りなくて、誰かにボランティアしてもらえないかと思っているんだがね」彼は目を細めてそう続けた。ブランドンは曖昧にうめき声をあげた。受け持ち授業の変更のため授業計画の時間を動かさなければならないことについては、もう納得済みだ。だが職員の配置換えなんかには興味はない。「ボランティアを引き受けてくれるとはありがたいよ、ブランドン」トムは当て付けがましくそう続け、愛情を込めたからかいをその目に滲ませて、微かに微笑んだ。
その場に固まり、ブランドンはゆっくりと目の前の男を見上げた。何年もの間、ブランドンを教師として導いてくれ、その間にいい友人ともなった男を。「なんですって?」彼はその言葉をゆっくりと悪意を込めてしぼり出した。
「心配いらない」トムはすばやく続けた。「代表チームはたっぷり油を差した機械のようなもので、なんの問題もなく機能していると聞いている。ただもう一人、助っ人が欲しいというだけの話で、君がすることは大してないだろう。というか、君が何をすることになるのかも検討もつかないんだが、そう大変なことじゃないはずだ。それに君にはチームのコーチとしての素質もある、職員の中でも君が一番の適任者ということになるんだ。実際のところ、職員の中で、君が唯一の適任者なのだよ」
ブランドンは信じられないという顔つきで彼を見た。「一体全体どうやって、そんな風に思ったんです? 素質ってなんですか?」と彼は尋ねた。声がいつもより甲高くなっている。
「君は男で、男子生徒たちを管理下におくのに十分なほどには身体も大きい」そう言って、さらにあわてて付け加えた。「それに君は、解剖学と生理学の知識もあるだろう。コーチ」
口をぽかんと開けっぱなしだったことにやっと気づいたブランドンは、慌てて閉じた。彼はもう少しの間、呆然とトムを見つめ、両手で顔をこすった。「まだ他に何か? トム」彼はそう尋ねたが、その声は危険なまでに静かだった。
「ブランドン」トムは静かに言った。「今回のことが君の守備範囲じゃないことはわかっているし、本当に気の毒に思う。しかし、学校という組織の中ではチームプレイヤーであることを求められるという事実も君は理解しているだろう。全ては子供たちのためなのだよ」
科学教師はため息をつき、肩の力を抜いた。それはブランドンの中で揺るぐことのない一つの事実であり、癪に障ることに、トムはそれを知っているのだ。子供たちのためということなら、ブランドンはどんなことでもする。課外補習の指導という、ほとんど全ての教師が疫病のように避けたがる仕事のため、朝四時四十五分に起き、四十分運転して六時に出勤しているのも、それが理由だ。「わかりましたよ、トム」彼はしぶしぶ同意した。
「ありがとう、ブランドン」トムは、心からそう応えて立ち上がり、デスク越しに手を差し伸ばした。「それから補習指導とは違って、コーチの仕事には割り増し手当てがつくぞ」彼は明るく付け加えた。
ブランドンはくすくすと笑い、立ち上がってトムの手を握った。「へえ、それはすごいな。たぶん、保健の授業はもう誰かが代理で始めているんでしょうね?」
「ジェイク・キャンベルが、誰か常任が見つけられるまでという約束で、保健と四年生の体育を掛け持ちで受け持っている。で、野球部の件で君が話をしなければならんのもあの男だ」とトムは応えた。「そうだ、君たち二人、卒業が近かったのじゃなかったか?」
「ええ、同じ年です」ブランドンは小さくうなずいて言った。「当時、あなたはまだ幾何を教えてました」彼はにっと笑って付け加えた。
「当時は髪もふさふさだった」トムもちらっと笑顔を見せて言い返した。「授業が終わったら、誰かにジェイクを呼び出させようか?」彼は外の事務所の校内放送の設備を示しながらそう申し出た。
ブランドンは顔をしかめた。「いいえ、体育館の方へぶらぶら行ってみます。彼のオフィスの場所はわかると思うので」と彼はいい、目をすがめて壁の校内地図を見た。
「もしあいつをオフィスで捕まえられたら、運がいいぞ」トムは退出を促すように手を振りつつ笑った。「あの坊主は、学生の時ですら、ひとつ所にじっとしていられたためしがなかったからな。もう一度礼をいうよ、ブランドン。この恩は忘れない」
うなずき、ブランドは部屋を出て、体育施設のある方向へと曲がり、ひと気のない廊下を抜けて歩き続けた。彼のゴム底のローファーは特別足音も立てない。彼はオフィスの集まった廊下を見つけ、ドアを一つ一つチェックしていくうちに、窓に「キャンベルコーチ」というサインが貼られたドアを見つけたが、オフィスは閉まっていて、中は暗かった。科学教師はUターンすると、体育館へと向かった。観覧席には四年生の生徒が何人か座り、バスケットコートでは数人がシュートしていたが、教師の姿はない。ブランドンは驚きに眉をひそめたものの、遅ればせながら、ブランドンの計画時間は保健の授業にとられてしまうため、計画時間はブランドンが創設を切望していた飛び級クラスの枠である二時限目へと移すことになる、と、トムが話していたことを思い出した。ジェイクは保健のクラスを掛け持ちで受け持っていると言っていた。ブランドンは、今目にしているのはコーチが受け持つ四年生の体育のクラスに違いないが、彼が一年生の面倒を見ている間、自習させているということなのだろうと見当をつけた。そこで科学教師は保健の教室へと行き先を変えつつ、腕時計を確認した。帰りの放送まであと五分だった。
体育施設のすぐ外に位置する教室の中では、ジェイクが、丸めた紙のボールが宙を飛び、ゴミ箱の縁に当たるのを見ていた。紙のボールは、その場でぐらぐらと揺れた。まるでビニールのゴミ袋にしがみついてでもいるように見える。ジェローム―一年、レスリング部―が、七フィート離れた机から横に身を乗り出し、必死に息を吹きかけているのを目にして、ジェイクは静かに笑い声を立てた。紙の塊はもうしばらくぐらぐらした後、ゴミ箱のすぐ脇の床にクライマックスには似つかわしくないポトッという音を立てて落ちた。
「あー、くそ」
「やったな!」ジェイクは大喜びで叫んだ。「バックボードに当たってシュート失敗ってことで、先生に一ドルだ」彼は笑って手を差し出し、『金をくれ』の世界共通のジェスチャーをして見せた。
「なんだよ」ジェロームは情けない声を出して、ポケットに手を突っ込み、四枚の二十五セント硬貨を引っ張り出した。彼は立ち上がり、重い足取りで歩いてきて、決まり悪そうな笑顔でジェイクの掌にパシッと小銭を乗せた。「次は入れるぞ」彼は頭を反らせ胸を張って言い、紙くずをゴミ箱に放り込んで、席へ戻った。ジェイクは、いつでもものぐさな一年坊主たちにこう言い聞かせていた。ゴミ箱シュートを行った場合、成功すれば、シュートの難易度に応じたそれ相応の態度でその優れた技能を認めてやることとするが、失敗したら、立ち上がって十フィート先のゴミ箱まで歩くことすらサボった罰として、罰金一ドルを科すと。
ブランドンはドア口に立ち、ドアの枠に寄りかかって、その小さなやり取りを眺めていたが、顔がニヤつくのを抑えるのにかなりの努力を要した。彼は、生徒がゴミ箱シュートに成功した場合、どんな形で報いるのだろうかと思い巡らした。その時、二人の女の子が彼の方を見ながら、騒々しく囁き始めた。彼は瞬きして、シャツかネクタイになにかついているのかと、自分を見下ろした。そこで彼は、最後の授業の後、ネクタイを外して両袖を捲くりあげていたこと、そしてトムに呼び出された動揺から、眼鏡をデスクの上に置き忘れ、シャツのボタンも上から二つ外していたことを思い出した。その上彼は、校長と話をしている間、いつもは襟のところできっちりと束ねている肩まで届く黒髪をほどいてしまっており、そのほどいた髪をかき乱す時間もたっぷりあったわけだ。まったく。今の彼はひどい姿をしているに違いない。
ブランドンが再び顔を上げると、三人の女の子が囁きながら彼を指差し、頬を赤らめた。彼は驚きに片方の眉をつり上げ、教室の前方にいる教師に視線を投げた。ジェイクは囁き声につられて開いたドアを振り返り、片方の眉をつり上げた。「バートレット先生」と彼は言いつつ、驚きと困惑を隠して、いつもの、親しげだけれども、なんとなく馴れ馴れしいとも受け取れる挨拶をした。「何をして差し上げましょうか?」
女子生徒たちは小さな歓声を上げ、何人かの男子生徒がくすくす笑ったが、ブランドンはただ首を横に振った。「これからは僕が保健を教えることになった」彼がそう返事をすると、女子生徒からさらに大きな騒ぎが湧き起こった。なんだっていうんだ! なんであの子たちはあんな態度をとる?
ジェイクは、キャーキャーうるさい一年女子たちに向かって顔をしかめて見せ、少し困ったような笑顔を浮かべてブランドンを振り返った。「すまないな」彼が苦笑いでそう言うのに周囲からいくつか飛んだ冗談交じりのブーイングを受け流しつつ、彼は立ち上がり、ドア口へと歩いてきた。「あー、そうかそうか、お前らはごみシュートの練習でもしてろ」そうジェイクはのんびりと生徒たちに告げた。「後は任せる」彼はブランドンに静かに言って、廊下へと踏み出したが、ふと立ち止まり、ドアの横の壁に寄りかかると、教室内に視線を投げた。「あいつらは、まあ大体いいガキ共だ」彼は柔らかな声でブランドンに囁いた。「それほど面倒はかけねえよ」彼はそこで言葉を止め、目の前の男を見回した。何かが違っているが、これといって何が違うのかはわからない。ただちょっと髪や服装が乱れてはいる。ネクタイをしてないからか? 少しいらついてるような目つきだろうか? ジェイクは心の中で肩をすくめ、壁から身体を起こした。「帰りの放送の間、俺にそばについてて欲しいか?」
その時スピーカーがオンになった音を立てたので、ブランドンは少し笑顔を見せた。「まだウロウロしててもかまわないなら、トムから君と話をしろと言われてるんだ」スピーカーから響き渡る受付事務員の声にかき消されそうになりつつ、彼は言った。終業のベルが鳴ると、子供たちはすぐさま彼らの間の抜けて教室を飛び出していったが、何人かの女の子たちは他の子たちよりもゆっくりと歩いてきた。「さようなら、バートレット先生」 「また明日、バートレット先生」 「保健の授業、楽しみにしてます、バートレット先生」教室が空になっていくのにつれ、ブランドンの顔はどんどん煙に巻かれた様子になった。
最後の生徒が廊下を去っていくのを見届けるとジェイクは思いっきりの笑顔を浮かべた。「お前、まじで女子たちから食いつかれてたな、色男」そう言って声をあげて笑う。「俺に何の用だって?」
ブランドンの両眉は飛び上がった。色男だって? 彼がそんなメッセージを受け取ってないのは確実だ。「あー、トム・ベリーから三十分前、全く前触れもなしにこのクラスを任されたんだ―で、それから別の小さい仕事も強引に押し付けられた。僕は、コーチにもなるらしい」
「コーチだと?」ジェイクはしかめ顔で聞いた。何かの冗談か? 「どのチームのだ?」彼は胡散臭そうに尋ねた。
「君のチームのだよ」そうブランドンは言ったが、その声には微かに苛立ちが滲んでいた。「トムが言うには、野球部のコーチが一人足りないって。で、他にどうにもなり手がいなかったらしくて、僕にお鉢が回ってきた」彼は最後の言葉を不満そうに呟いた。
ジェイクは瞬きした。それから開いた口もふさがず、もう一度目をぱちくりさせた。コーチが足りない? 誰がいなくなったんだ? 「お前、野球なんかわかるのか?」彼はあっけにとられてそう聞いた。
「野球の試合は観るよ。たまたまブレーブスのファンだしね、おかげさまで」
「そりゃあよかったな」ジェイクは少し苛つき気味に応えた。「だけどな、コーチができるほど知ってんのか?」
「その答えはノーだよ。僕もそれをなんとかトムにわかってもらおうとしたんだ。でも泣き落としされちゃって。それって、どういう状態か想像つくだろ」ブランドンは腕を組んだ。「彼が言うには、僕は〝男で、男子生徒たちを管理下におくのに十分なほどには身体も大きい〟とかなんとかって、だからそういう意味では、なんらかの資格があるってことかな、と」彼はそう言って、視線を落とした。実を言えば、このトムのコメントはずきっと来たのだ。遠まわしに、彼にはコーチなんかできないって言っているのと同じだったから―でもそんなの気にしないさ、だって彼は教師としては一級品なんだから。「そうか。僕がコーチになんていい考えじゃないよな、君からトムに、とんでもないって言ってくれよ、それでキリがつく」彼はぶっきらぼうにそう告げた。
ジェイクは眉をしかめて目の前の男を見た。「俺は、お前を侮辱したわけじゃない」彼は一つため息をついて言った。「ただ、俺たち、今年は州大会を目指してて、それに俺、コーチが一人不足してるってことすら、今まで知らなかったんだ。悪かったな」彼はそう謝罪を申し出たものの、彼の口調にはわずかな不満と苛立ちが混じっていた。「ったくよ。誰がいなくなったんだ?」彼はほとんど独り言のように呟いた。
ブランドンは彼を見上げて、その言葉が真実であることを見て取り、再び肩をすくめた。「僕、悪いニュースを運んできちゃったみたいだね。罪もない伝言配達人を殺さないでくれよな?」彼はそう頼んだが、その声にはユーモアの気配が紛れ込んでいた。「きっと僕にだって手伝えることはあると思うよ。僕って、教師としては余裕で平均以上だからね。コーチの仕事だってまったく手に負えないってことはないよ、少なくとも取るに足りない雑用くらいなら」と彼は真剣に申し出た。「州大会を目指すなんて、本当に大変なことなんだろうけど」
「まさにそういうことだ」ジェイクは厳しい声で答えた。「これはただのスポーツの問題じゃない。うちの野球部には今年確実にスカウトがくるだろうっていう生徒が八人いる。やつらの将来がかかってる話なんだ」
「だったら、僕の申し出を無下に断ったりするな」ブランドン毅然とした態度で、きっぱりとそう言った。
ジェイクは目の前の男と視線を合わせ、小さなため息と共についにうなずいた。「とにかく、少なくとも自分のやってることをわかってるような振りだけはしといてくれよ。突然コーチの仕事を押し付けられたっていうなら、身ぐるみ全部必要ってことだよな?」彼はブランドンの服装を指しながら尋ねた。ブランドンの格好ときたら、かろうじて爺さん教師がよく着るツイードを着てないって程度だ。なんてこった、実験用の安全ゴーグルまで見えてきそうだぞ。
ブランドンは、突然態度の変わったジェイクに目をぱちくりさせた。「身ぐるみ? ランニング用のショーツとTシャツ、それに靴なら車にあるけど」
「違う、トレーニングウェアじゃない」ジェイクは憤慨したように言った。「コーチってのは、毎日選手とまったく同じ格好でいるもんなんだ。俺が言ってるのは、スパイクに、野球ズボン、アンダーアーマー、ジャージだ。希望の背番号があるか?」彼はブランドンに一緒に歩き出すよう手振りで促しつつ、ふと思いついたように聞いた。
野球ズボン? 「いいや、特に希望はないよ」科学教師はそう答えた。「でもさ、〝自分のやってることをわかってるような振りをする〟っていうの、たぶんあんまりいい考えじゃないと思うんだ。子供たち、特に君のチームの子たちなんて、すごく察しがいいから、そんなのすぐ見抜かれちゃうよ。僕は見学してるだけだとかなんとかって言った方がいいんじゃないかな」
「駄目だ。そんなことを言ったら、完全になめられる」ジェイクはただちに言い返した。「奴らにはちゃんとお前のことを尊敬させなけりゃ駄目だ。そうでなかったら、お前は単にお前の時間を無駄するだけだ。お前にできることを一緒に見つけよう。三塁コーチがいいかもな、それなら、サインと走塁の基本だけ覚えればいい」体育館に入り、オフィスへと向かいながら、ジェイクは思案した。数人の生徒が観覧席の間でぶらぶらしているのを見て、ジェイクは目を細めた。彼の受け持つクラスはこの時間までには全員退室しているはずだった。「お前らまだこんなところでぶらぶらしてるのか!?」彼は突然怒鳴った。彼の声は体育館中に響き渡り、生徒たちは飛び上がって散り散りに逃げていった。
ブランドンはとどろく怒鳴り声に少し身体を引いたものの、ジェイクについてオフィスに戻りながら思わず微笑んだ。彼はフットボールコートから聞こえるあの怒鳴り声を覚えていた―当時のジェイクはスタークウォーターバックだった、もちろんのことながら。「君の声ってそんなに違わないね、そのこと知ってたかい?」彼は考える前にそう口にしていた。
「違うって?」ジェイクは、軽量コンクリートブロックでできた彼の小さなオフィスの片隅にぽつんと立っているアルミ製のロッカーへと歩きつつ、困惑して聞き返した。「何と違うんだ?」
「君、フットボールコートでよくあんな風に怒鳴ってたんだ。僕、覚えてるよ。観覧席の一番端からでも君の声は聞こえた」ブランドンはそう言って、両手をポケットに突っ込み、ジェイクがロッカーの中をごそごそ探るのを眺めた。
ジェイクは予備の真っ白な野球ズボンを引っ張り出しながら、肩越しに振り返った。「そうか」彼はわずかに頬を赤くしてそう応えた。「お前が試合を観に来たことがあったなんて知らなかった」彼は居心地悪げにそう続けた。他にどう反応していいものかわからない。
「何回かね」とブランドンは認めた。「君たちが地区大会で優勝した時、いったい皆が何にあそこまで大騒ぎしてるのか確かめたくてさ」と彼は言った。いまだにフットボールのことは大してわからないが、あれも一つの経験だったと思っている。
「それで観に来たのか?」ジェイクは興味を引かれた様子で聞いた。彼はその『大騒ぎ』を覚えていた。群衆が興奮に沸き、スタンドからはマーチングバンドの演奏が響く。保護パッドの軋む音、タックルの唸り声、寒さ、目映い光と、汗と草の匂い、完璧な秋の夜。ああ、最高に好きだった。あの瞬間のために生きていたとさえいえる。
「うん」ブランドンは静かにそう言った。「あれって、僕の日常とは全く別世界でさ。観てるだけで興奮したよ」そう言ったが、彼はジェイクが遠い目つきをしているのを目にして、彼が昔を懐かしむのを邪魔しないようそのまま静かにしていた。自分にもそんな思い出があったらいいのにと思う。彼の一番の思い出といったら、何マイルも、何マイルも延々と走り続ける時に感じるポカっと突き抜けた静けさくらいのものだ。野山を走り、草原を超え、葉の茂った森を抜ける。そんな時には、彼の意識は真っ白になる。
ジェイクは不思議そうに目の前の男を見やってうなずいた。ブランドンって奴はそもそもどこか変わっていた。運動選手のような体つきをしているのに、ジェイクは、彼が何かスポーツをしているところを見たことがなかった。彼ら二人は、全員が必須で受ける一年生の体育の授業すら一緒に受けたことがない、なぜならブランドンは二年になってからパークビュー高校に編入してきたからだ。当時ですら、ブランドンは大柄な生徒だった。ジェイクと同じくらい背も高く、細身だけれども、肩の辺りはしっかりしていた。ブランドンはそんな恵まれた体格を活用しようという欲求を持たず、知的な方面に没頭したということなのだろう、とジェイクは想像した。
「まあ」ジェイクはふっと息を吐いた。「この辺ならお前にも合うだろう」そう言って、ズボン、光沢のあるブルーの長袖のアンダーアーマーシャツ、そして同色のゆったりしたジャージを手渡した。「靴のサイズはいくつだ?」彼は自分の片足を持ち上げて、自らのトレーニングシューズを見下ろしつつ、何かに思いをめぐらせるように眉をしかめた。「あー、初日はテニスシューズでもいいだろう」と彼は気持ちを変えた。「そういや、さっきは妨害活動してくれてありがとな、話は変わるけど」
ブランドンは借りたユニフォームを小脇に抱え、一瞬惑ったが、ロンダの一件を思い出した。「ああ、うん。構わないよ。ロンダが本気で何かに固執するとどんなことになるか見てきてるからね。もちろん、それっていつもの対象はプロジェクトとか、助成金なんかなんだけどさ。でも彼女って恐ろしい目つきをするから」とそこで一旦言葉を切り、「で、サイズは12だよ」
「俺の予備を貸せるな」ジェイクはうなずいた。「俺のは12・5だけどな、俺は足首のせいで、片方にこのリフトパッドってやつをつけなきゃならないから」彼はぶつぶつ言いつつ、スパイクの片方を取り上げて、中を突いた。靴はだいぶくたびれて磨り減ってはいたが、彼の大きな手に掴まれているのを見ると本当に愛用されていたのだなと思える。「リフトはまだこん中に入ってんだ、実は」彼はそう呟いて分厚いパッドを突いた。「リフトには接着剤がついてて、俺はいままで剥がそうとしてみたこともないんだが」彼は、靴に気をとられたまま呟き、「で、俺は気持ち外側に傾いて歩いてるもんで、底が変な風に磨り減ってる、だけどお前が新しいのを買いたいっていうのじゃなければ、用は足りるだろう。スパイクは、五十ドルくらいはしたと思うから」
「ありがとう。合うかどうか試してみるよ」とブランドンは言った。「とにかくまずは着替える。ロッカールームは廊下の向こうだったよね?」
「ああ、だけどな」ジェイクは咳払いして、わずかに顔を赤くした。小さく息を吐き、笑顔を浮かべながらなんとか質問を口にした。「トランクス派、ブリーフ派どっちだ?」
ブランドンは手にしたズボンを持ち上げ、しみじみと眺めた後、ジェイクに視線を戻した。「まさかこのズボンの下になにか穿けっていうんじゃないだろうね?」彼の声からは心から面白がっている様子が伺えた。下着の上にこのズボンを穿くなんて絶対に不可能だ。
「そのズボンの下には本来、スライディングパンツを穿くことになってる、だが実際試合をするわけでもないから、そこまでするとちょっとおかしく見えるだろう。白いブリーフがベストだな」ジェイクは可能な限り真面目な顔でそう答えたが、突如、目の前の男が下着なしで直にぴっちりした野球ズボンを穿いて立っている姿を思い浮かべてしまい、正直に言ってそのイメージをかなり気に入った。
「わかったよ、そういうことなんだね」ブランドンはそう言って、何かを決めかねる顔でズボンを見た。「すぐに戻るよ」彼はオフィスを出て廊下を横切り、ユニフォームをロッカーの列の間にあるベンチの上に落とし、服を脱ぎ始めた。まあ、これも運命なのかもな、と彼は皮肉っぽく考えた。彼は今日、ブリーフの代わりに、白いスパンデックスのショーツを穿いていた。帰宅したら、公園に走りに行こうと思っていたのだ。少なくとも、白いズボンから赤や黒が透けて見えるような完璧にださいオタクには見えずに済むだろう。
彼はアンダーアーマーシャツを被り、それが思いのほか伸縮性があって着心地がいいことに驚いた。ズボンに足を踏み入れると、彼はそれがあまりにぴちぴちで、余裕がないことに驚き瞬きした。いまいましいこのズボンを引き上げるためには、何度か体を捩らなければならなかったし、ベビーパウダーかなにかの助けなしには、腰の上までひっぱるのは絶対無理だとさえ一瞬思わされたほどだ。やっとズボンを穿き、鏡を見て、彼はぞっとして震え上がりかけた。このズボンはぴちぴちなんてものじゃない。彼は(出来る限り)シャツをズボンにたくし込み、ジャージを片腕にかけて、ジェイクのオフィスへと裸足で歩いて戻った。
「もし僕用にズボンを注文するつもりなら、今穿いたのは、ワンサイズかツーサイズ小さいみたいだよ」ブランドンはオフィスに再入室しつつそう言った。
ジェイクは手元の本から顔を上げ、目の前の男の姿に目をぱちくりした。彼はブランドンを上から下までじっくりと眺め、おそらくは初めて、彼が具体的にどれほどいい体をしているのかに気づいた。アンダーアーマーは濡らした紙のように彼の身体に張り付き、ジェイクが、生物の教師なんかについていようとは夢にも思わなかった筋肉を浮き上がらせており、ズボンは、実際のところ完璧にフィットしていた。ただ通常使うプロテクターをつけるのに十分なゆとりはあるものの、グランドでの動きを妨げるほど緩すぎはしない。全く驚きだ。「いや」彼は頭をかしげ、片方の眉をつり上げて呟いた。「いや、俺にはそのズボンは完璧に見える」と彼は気持ちどぎまぎして言った。
ブランドンは自分の姿を見下ろして、肩をすくめ、指で髪を耳の後ろに梳いた。「君がそういうならいいんだけど。このズボンに慣れるのには少し時間がかかりそうだな」と彼はコメントし、もう一つの椅子に腰掛けて、ジェイクが出しておいてくれたブルーのソックスをはいた。
ジェイクはばかげた瞬きを繰り返して、ブランドンを見つめた後、デスクの上の数読パズルに視線を引き戻した。彼が学校にいる間は隠しているもう一つの趣味だ。彼はゆっくりとクリップボードを動かしてパズルを覆い、伏し目がちにブランドンを見上げた。堅苦しいワイシャツとネクタイをタイトなブルーのシャツと清潔な白いズボンに置き換えてみると、彼は実際にスポーツマンに見えた。今のブランドンは、ジェイクがバーで引っ掛けたくなるようなタイプに見える。再び視線をそらし、ジェイクはゆっくりと彼のペーパーバックにも手を伸ばして、見えないところに動かした。ある人間がどこかの高校の体育教師だったとした場合、そいつが実際に機能する脳みそを持っていても誰も評価はしてくれない。それどころか、仮に読書のような、知的だと考えられるようなことをしているところを見つかったら、『賢く』見せようとしているのだろうとからかわれるのがオチだ。その本がいい本かを聞かれる代わりに、『その本には挿絵がついてないよ、おばかさん』的なコメントをもらうのがジェイクの日常なのだ。そんなジョークをブランドンからは一言だって聞きたくない。
ジェイクは再び咳払いして、うなずいた。「真面目な話、そのズボンを穿いててよかったと感謝することになるはずだ。練習は、三時半から、ガキどもがグランドに出てきてからってことだ、終わりは五時半から七時のどこかってとこだな。日が暮れると寒くなるし、時には雨も降る。練習が休みになるのは雷が鳴ってる時だけで、そんな時は、室内でウェイトトレーニングをする」彼は鉛筆を取り上げ、それでデスクを叩きながら考えた。「他には…」彼はひとりごちて、思い出す助けを求めて周囲を見回した。「遠征もかなりある。その内のいくつかは泊まりになる。だから、彼女とかカミさんとか、ま、誰にでもその辺のことを伝えといた方がいいかもな」彼はそう続けながら、スケジュールを探し出して眺めた。「金曜と土曜の試合もいくつかある」彼はぶつぶつそう言った。「春休みにはフロリダでトーナメントがあるし、いつも五月の最初の週に選手たちをターナーフィールド(アトランタブレーブスの本拠地)に連れて行って、一試合か二試合させてる。それも泊まりがけの遠征だな」彼はブランドンにスケジュールを手渡しながらそう続けた。
「コーチってのは、二十四時間体制の仕事だ」彼は静かにそう告げた。それはほとんどの常勤教師が絶対に理解してくれない事実の一つだった。教師たちは朝七時半から午後の二時半まで生徒を受け持っている。ほとんどの教師はそこまでで終わりだ。何人かの教師はクラブの顧問をし、補習を受け持ったりもするが、それが終われば靴から学校の臭いを拭き取って、家へと帰る。コーチは夜も、週末も、夏休み中も、受け持ちの子供たちと一緒なのだ。コーチってのは、生徒のために大学探しを手伝い、パーティ会場から酔っ払ってかけてくる電話もさばけば、恋愛相談にも乗る。生徒たちが卒業し、学位をとったずっと後まで連絡を絶やさない。ジェイクが大学時代、自分がバイセクシャルかもしれないと気づいた時、彼が一番に電話したのは、彼の高校時代のフットボール部のコーチだった。
「結婚はしてない」ブランドンが、練習時間、週末の試合、トーナメントの遠征旅行のスケジュールを検討しながら静かにコメントしたのはそれだけだった。既に引き受けたのである以上、最善を尽くすだけだ。彼はこれから確保できる睡眠時間をすばやく計算してみて、内心ひるんだけれども、見た目は穏やかに繕った。ただでさえ長い一日が、もっと長くなる。彼の平日は毎日四時四十五分に始まり、六時から七時に課外補習を担当し、七時半から二時半までフルで授業を受け持っているのだ。これからは、午後、自分の博士号の研究を進める代わりに、野球の練習や試合が待っていることになるわけだ。もう一度、スケジュールにざっと目を通した結果、私的な研究については、午後九時以降に移さなければならないことを確信した。―毎日の授業計画、テストの採点、テスト作りの後に―そして土曜日もいくつかなくなり、彼の唯一の自由な日である日曜日も取り上げられてしまうことになる。個人的なトレーニングの時間、これをどこに割り込ませればいいのか検討もつかなかった。博士号の計画の後、遅くにってことになるだろうか。帰宅してから湖の周りを走ることもできる。
「僕は、何から始めたらいいのかな」と彼はコーチに聞いた。
「お前、ちょっと顔が青いぞ」ジェイクは質問に答えずブランドンをしげしげと見た。「練習は、泣き言を言うやつらを間引いちまえば、実際楽しいもんなんだ」彼は、幾分かの慰めを与えようと、椅子に寄りかかり、両足をデスクに乗せてそう言った。
ブランドンは思わず笑い出し、少しリラックスした。「泣き言をいうやつら? どんなことで泣き出すんだい? ゴロが股間に当たったりして?」
「そのために股間用のファールカップってものがあるんだ」ジェイクは即座に返答した。ある特定の部位への打撃痛についてのあらゆる不平に対する彼の標準的な切り返しがそれだった。「それに、仮にタマに打球をくらったとして、それはちゃんとグローブを下ろしてなかったからってことで、当然の報いってもんだ。そんなやつらを甘やかしちゃいられない」彼は強固に主張した。「お前ら教師が、俺たちコーチの選手の扱い方を生ぬるいと思ってるのは知ってる、だがもしやつらが赤点を取れば、チームをクビになるんだ。怪我をしたら、その怪我を抱えてやってく。病気になっても、やつらはどっちみちグランドに出てくる。俺のとこの坊主どもの何人かが、お前の受け持ちクラスで皆勤賞をとってるはずだってことは保証できる。そしてこれも自信を持って言える、週のどの日でもお前が受け持ってるどれか少なくとも一つのクラスには、指にテーピングしたり、くるぶしや膝に添え具をつけてたり、とんでもなく見事なアザを隠そうとしてるような生徒が一人はいるはずだってな」
彼は選手たちを守りたい気持ちからいきり立っていた。彼は運動部の生徒たちがどんなことを経験するか身を持って知っているのだ。彼らは『ジョック(スポーツ馬鹿)』という肩書きを貼られ、本来、優等生特別クラスに入れられるべきであっても、頭の悪いクラスに入れられる。そして彼らが学問的になにかアッと言わせるようなことをしても、「ラッキー」で片付けられてしまうのだ。怪我はいうまでもなく、極限までしぼられる練習スケジュールに、一つのスポーツを愛するがゆえに直面する挫折感。ジェイクは気持ちを落ち着けるために、荒々しく鼻から息を吐き、椅子を後ろに傾けて凝った首を回しながら目を閉じた。
ジェイクが真剣に語る即興の演説に驚きを感じつつ、ブランドンはジェイクの痛いところを突いたのだと知った。それも彼ら自身の高校時代にさかのぼる心の痛みだ。そしてジェイクの話しを聞けば聞くほど、ブランドンは納得した。生物の教師はゆっくりとうなずいた。コーチの言うことは正しい。オタクたちがスポーツマンでないこと、見た目が格好良くないことで悪口をいわれたり、からかわれたりすると感じていたのと同じほど―ジョックたちは成績や出席率のことでからかわれていたのだ。どちらのグループも損な役回りを背負っていたのかもしれないと彼は考えた。「ごめんよ」と彼は静かに言った。
ジェイクはしばし目の前の男を見つめ、それから拍子抜けするような明るい笑顔を見せた。これも彼が得意とするものの一つだ。目眩がするほど感情を爆発させた後、それをすぐに押しのけてさっさと忘れ去ってしまう。彼はまた必要に応じて、あえて馬鹿で粗野なイメージを強調してみせることも得意だった。毎日の勝負顔ってやつだ。「頭に血が上って我を忘れちまった」と彼は言った。彼の顔にはいつもの皮肉っぽい笑顔が戻り、彼の目は温かな茶色に戻っていた。「昼飯の時にジュースをもらえないと、いつもこうなるんだ」彼は恥ずかしそうな笑顔でそうジョークを飛ばし、首の後ろに手を回して擦り、首を回して、ぽきっと大きな音をたて背骨を鳴らした。
その時、デスクの電話がしつこく鳴り始め、ジェイクは電話を睨みつけた。彼は、ブラントンに待てというように片手を挙げ、両足をデスクから下ろすと、スピーカーボタンを押した。「こちらは識字能力自己診断ホットラインです」と、彼は低い事務的な声で言った。「発信音の後、お名前と電話番号、および本日の用語を使った一文を読み上げてください。本日の用語は〝傲慢〟です」
「生徒がそばにいるか?」トロイ・ピーターソンの声が電話ごしにそう用心深く聞いた。
「いや」ジェイクは笑って、ブランドンにウィンクした。
「じゃ言うが、くだらねえことばっか言ってんな、クソ野郎」と、トロイは悪態をついた。「明日の朝のお知らせ用の放送の告示を提出したの、お前か?」
「どんな告示だ?」ジェイクは罪のない様子を装ってそう聞いたが、その声は今にも笑い出しそうだった。ブランドンは頭を傾け、目の前の男のあまりの変わりように笑顔を浮かべた。ジェイクがここまで素早くコロコロと機嫌を変えるのを目にするのは奇妙な気さえする。
「引用するぞ」話し方のクラスの教師、かつ同僚コーチは応えた。明らかに何かを読み上げているようだ。「本日午前中、十一時四十二分きっかりに、メンテナンス業者が電話回線の埃を吹き飛ばす作業を行います。全教師は、埃を受けるため、受け持ちのクラスの電話の受話器を袋で覆ってください」
ブランドンは両眉をつり上げ、なんとか吹き出すのを堪えた。ジェイクは聞きながら声をひそめて笑っている。肩を揺らし、片手で口を覆って、なんとか大声で笑い出すのを堪えながらも、わずかに鋭い息をもらした。「俺じゃない」彼はなんとかそう言った。
「俺、このまま放送するぞ」トロイはせめるような口調でそう言った。「全ての責めは、感心するほど逞しいお前の両肩にきっちりと乗っけてやるからな、ダーリン」彼はそう警告して電話を切った。
ジェイクは、げらげらと笑い出した。ブランドンも一緒にクスクス笑いをもらす。「面白かった」笑いに目を躍らせつつ、コメントする。ジェイク・キャンベルという人間には、型にはまった『ジョック』というイメージだけには収まらない、多くの側面が存在することを、彼は急速に発見しつつあった。
「だってよ、なにかしら楽しいことをみつけないとな」ジェイクは軽く笑いつつ、クリップボードを掴んで立ち上がった。「だがな、本当の楽しみは、何人の人間が実際に放送に従って実行したかを確認する時にやってくるんだぜ」そう言いつつ、彼が体中を揺らして大笑いし始めると、数読パズルが何枚か床に落ちて散らばった。
ブランドンはかがんで紙をかき集め、既に書き込み済みのパズルを眺めた。「うわっ、僕はこういうの大嫌いなんだ、答えを探すのにとんでもない時間がかかちゃってさ」彼はパズルをジェイクに返しながらそう言った。「君って、きっと僕よりずっと辛抱強いんだな。僕はこういうパズルをやってるとイライラしてしまうんだ。だったら代わりにクロスワードをくれって感じかな」
ジェイクは居心地悪げに少し笑い、うなずいてパズルの紙を受け取った。「クロスワードってのは、1から9までより、もうちょっと知識が必要だからな」と彼がつぶやくと、最後のスクールバスの時間を知らせるベルが鳴った―つまり三時十分ということだ。「くそっ、着替えねえと」彼はふっと息を吐き、クリップボードを置いて、ブランドンの後ろの窮屈なスペースを通り、自分のバッグを掴んだ。
ジェイクの気まずげで自己軽視な返事に少し眉をしかめ、ブランドンは立ち上がった。「外に出て、メイン球場の内野のところで待ってるよ」校内には、三つの球場、野球用が二つに、ソフトボール用が一つ、そしてフットボール場に陸上トラック、二つのサッカー場とテニスコートが六面ある。
「ああ、ああ、今週は全員そこに集合することになってる。それから各チームに分かれるんだ」ジェイクは、シャツを脱ぎ椅子へと投げながらそう答えた。「なあ」と彼はすばやく言った。「ありがとな」と彼は静かに付け加えてブランドンを見上げつつ、短パンを脱ぎ始めた。
ブランドンは驚いて立ち止まった―突然目の前にむき出しになった筋肉隆々の胸に目が眩んだのは言うまでもない―でもなんとかジェイクに心からの明るい笑顔を見せた。「いいって」と彼は言った。背後でドアを閉め、外に向かいつつ、ジェイクの裸の胸にあそこまで驚かされた自分に、…そしてその光景をいまもまだ楽しんでいる自分に、少し困惑を覚えた。ったく、何だよ!
Jock & Nerd (スポーツ馬鹿と、ガリ勉おたく) という、Slashの数あるペアリングの中でも、私が最高に好きな組み合わせがあるのですが、
この 「Caught Running」という小説は、まさにそんな私の好みをそのまま体言したような作品です。
今回、期間限定(一日で閉じることになったらすみません…)で、こちらの日記の鍵を開けるに当たって、私が訳したものを第一章のみ、「ようこそいらっしゃいました!」 の気持ちを込めた 「おまけ」 として読んでいただこうと思います。
(第一章については、原作の英文のものも、サービスでウェブ上で読めるようになっているので問題ないはず。でもなるべくこっそり読んでいただければありがたいです。)
表の日記でも、しょっちゅう出てくる「Slash」って? Gay Romance 小説って? と興味をもたれている方で、
「でも、英語で小説を読むなんてハードルが高い!」 と思われている方、
日本語で書かれた 「やおい」小説とはまた一味違った、男×男版の「ハーレクイン小説」とでもいうべきものの魅力をちょっとだけでも味わっていただければと思います。
いいですか?
ちょっとどきどきするけど、公開しますよ?
***
『Caught Running』 翻訳:藤よう
第一章
「コーチ!バスケットのボールはどこっすか?」
ジェイク・キャンベルは、クリップボードから顔を上げ、威嚇的に目を細めてジェレミー―三年・ランニングバック―を見やった。ジェイクは、顔見知りの生徒をファーストネーム、クラス、その子が彼の指導するスポーツのどれかをやっている場合には、守備位置で分類している自分に気づいて、我ながらちょっと面白いと感じた。
「今日は、バスケットはやらないぞ」出席簿のジェレミーの名前をチェックして、彼は答える。
「ええ~! 今日、ランニングっすか?」
「そういうことだ」ジェイクはのんびりと言葉を引き伸ばしつつ、嬉しそうな笑顔を見せた。「外の」楽しげに付け加える。「寒ぅ~~い空のもとでな」
少年はがっくりと肩を下げ、フットボール場とそれを取り囲むランニング用トラックへとつながる、体育館の出口へと向かった。ジェイクはくすっと笑って頭を振り、さらにロッカールームから出てきた生徒たちの名前をチェックした。
ジェイクは、パークビュー高校での仕事を楽しんでいる。生徒たちには好かれているし、彼も生徒たちが好きだ、まあ大抵の場合は。彼は、フットボール、レスリング、野球と、一年を通じてスポーツの指導をしていて、その上、彼は勝つ。ここジョージアでは、勝利は大きな意味を持つ。
体育の授業は、ジェイクが本職に取り掛かる前の五時間ほどのウォーミングアップに過ぎない。それは遥か昔、ジェイク自身が生徒として学校に足を踏み入れた時から全く変わっていないし、そもそも高校の体育教育の改革に関心を持つ人間なんて一人もいないのだろう。ジェイクはふっと息を吐き、出席簿の最後の名前をチェックした。野球部の適性テストでもあるトライアウトが今日から始まる。あと二時間、この退屈な繰り返しを耐えれば、やりがいのある仕事に取りかかれる。
「駄目だ、キャロライン、PETA(動物の倫理的扱いを求める人々の会)にカエルの解剖免除の証書を請願することなんかできないぞ。カエルはとっくに死んでるんだからね。カエルは科学のためにその身を捧げたんだ。カエルの犠牲を無駄にしちゃいけない」ブランドン・バートレットはそう言って頭を振り、生徒たちが使い捨てのラテックス手袋をはめ、布のマスクをつけるのを確認しながら、実験室の前方へと足をすすめた。
「ジミー、今日は、火は使わないぞ。バーナーを消しなさい」ブランドンが視線も向けずにそう言うと、彼の横で小さな吐息とともに、ガスバーナーの炎を消すシュボッという微かな音が聞こえた。カリーに正しい実験器具を使うよう指摘して、彼はホワイトボードの前に立った。
ブランドンはシャツのポケットから眼鏡を引っ張り出してかけ、教材に目をやった。「皆、手元に解剖の手順を持っているね。信じてくれ、手順は昨日の授業で勉強した時から全く変わっていない。なんだい?ケリー」
「バートレット先生? ユニフォームに内臓がついちゃったらどうしたらいいんですか?」常にユニフォームで授業を受けるチアリーダーが質問した。
「クローゼットにエプロンが入ってる。エプロンというのは合理的な防御手段になると思うよ」と、ブランドンは答えた。「ドレイク?」
「先にカエルの頭をちょんぎっていいっすか?」
「解剖手順に最初に頭を切り取ると書いてあるか?」
「ないっす、バートレット先生」
「手順を守らず、過酷な運命にあえて立ち向かうということかな?」
「運命ってなんすか?」
「放課後一週間、解剖で使ったトレイを全部たわしでこすって洗うってことだ」
「サー! 頭はちょん切りません! サー!」
ブランドンは呆れ顔で目をくるりと回した。二年生ってのは。もう不安そうに目を見開いたり、怯えたりはしていないが、当人たちの分別を信頼できるほどには成長していない。「いい選択だ」
生徒たちが作業に取り掛かると、ブランドンは出席簿に生徒たちの出欠を記すとともに、二人組みのチームで、どの生徒にどの器具を渡したかを記録した。視線を上げた彼の顔には小さな笑顔が浮かんでいる。ここは彼の研究室だ。ほぼ十年間の教師生活をへて、二十五回の補助金申請と、校長と教育委員会を相手にたっぷりとやりあった結果、ついに大きな実験室の建設の同意を勝ち取ったのだ。
彼は、パークビュー高校での自身の功績を誇りに思っている。なおさら誇りに思うのは、ここが彼自身の母校であることだ―彼はまさにこの校内を四年間歩いていたのだ―居心地のよさも感じている。とはいえ、生徒たちは年々どんどん幼くなっていくように見えるけれども。彼は、騒がしいチアリーダーたちを見やって、眉をしかめた。それほど年をとった気はしていないが、でも…。
時間割を確認し、ブランドンは、次の授業ブロックの最後の授業の前に授業計画のための予備時間を設けていたことを思い出した。昼抜きで、休憩室の冷蔵庫に昼飯を入れっぱなしだった、ということなら、この後、休憩室に逃亡して低血糖による知力の流出を食い止めることにしよう。彼は視線を上げ、ドレイクとアーロンがカエルの内臓をお互いに向けて飛ばしあっているのを見つけ、ため息をついた。時々、彼は耳から脳みそが流れ出すのを感じることがある。
ジェイクは本日最後となる授業の一時間前、教師用の休憩室の隅っこのテーブルに座って、水をちびちびと飲みつつ、サンドイッチを齧りながら、読書をしていた。朝刊のスポーツページでペーパーバックをカモフラージュし、誰かが入ってくるたび、本の周りに新聞を巻きつけて鋭い黒い目を光らせ、その人物を目で追った。こうるさい奴らに、彼の文字を読む能力について噂されるのはたまらない。
彼は壁に背を向けて座り、両足をテーブルに載せ、コーチ仲間の誰かが来るのを待ちつつ、他の人間が彼に話しかけようなんていう気を起こさないでいてくれることを願った。高校時代の彼は、もう一生分も昔のことだが、群れのリーダーだった。人気者で、スポーツ万能で、ルックスもいい。はるか昔に自分が卒業した、そのまさに同じ高校でコーチとなった今、彼は高校時代オタクで、彼のことを心底怨んでいたような教師たちの群れを相手にしなければならないのだ。ジェイクはすぐに仲間はずれがどんな思いをするものかを身をもって学んだ。唯一の違いは、彼は小さく笑みを浮かべて思う、今の彼は他人からどう思われようがクソほども気にしないってことだ。
廊下でロンダと会い、ブランドンは彼女と一緒に歩きながら、仕事上の情報交換をした。化学の教師である彼女は、学校の評議会に飛び級クラスの創設を申請中だった。ブランドン自身もこれまでずっと飛び級クラスの創設を求めてきていたこともあって、二人は今後九週間の計画について話を詰めているところなのだ。彼らは休憩室までずっと話し続け、休憩室についたところでブランドンが室内を見回すと、ジェイク・キャンベルが一人で座り、読書をしているのが目に入った。
ジェイクとブランドンは昔から現在にいたるまで、常にとにかく完全な正反対同士だった。ジェイクは高校四年の時の学祭のキングであり、卒業プロムパーティーのキングでもあった。ミスター人気者だ。ブランドンは、卒業生総代で、学問クラブの部長だった。まさにオタク―そして並みいるオタクたちの中にあってさえそれほど人気のある方じゃなかった。なぜなら彼は、他のオタクたちが学校生活で辿ってきたのと同じ道を通ってきていなかったから。そんなことを考えつつ、昼食を掴んで、彼はロンダと話を続けるため、部屋の中央の丸テーブルに腰を下ろした。
ジェイクはゆっくりと座る姿勢を低くし、新聞を高く掲げ、目線は室内を見渡せる位置に保ちつつ、誰かと視線が合う前にすばやくそらせるようにした。
ブランドンは、せめてジェイクに会釈くらいはしようと、なんとか目線を合わせようとしたが、ジェイクはあきらかに意図的に彼を見ようとしない。科学教師はため息をついた。彼はジェイクに対し友好的な態度をとろうとしてきた、ミスティにも、トロイにも同じようにしようとした―母校に教師として戻ってきた同級生同士なのだ―しかし、三人とも彼を知っている素振りさえ見せようとしない。彼らは明らかに、高校時代の見識に、後生大事にしがみつき続けるつもりらしい。ブランドンは、なぜそもそも仲良くしようとなんかしたのかと自分を疑った。ロンダが問いかけた何かしらの質問に首をふり、ブランドンは昼食にとりかかった。
ジェイクには、同じ部屋にいるとその存在を無意識に感知してしまう人間がいた。ブランドン・バートレットがその一人だ。どうしてなのか、ジェイクにはわからない。たぶん、ブランドンのことを高校の時から知っていて、その思い出が重くジェイクに圧し掛かっているからだろう。いくつになっても、高校時代はつい昨日のことだ。ジェイクは、一度として他人に惨めな思いをさせて喜ぶような人間だったことはなかったが、彼のチームメイトや『友達』の何人かはそういうやつらで、ジェイクはそいつらがブランドンや、ブランドンのようなタイプの人間をどんな風に扱っていたか覚えていた。それはジェイクにとって、胸の痛くなる思い出だ。彼自身は、一緒になってやったことは一度もない、しかし間に入っていって、やめさせようとしたことも一度もなかった。
ジェイクは椅子の上で姿勢を変え、手元の本のまたもや同じ行を読んでしまったことに鼻を鳴らした。休憩室のドアが再び開き、見上げるとジェラルドとレナが一緒に歩いてくるのが見えた。彼は思わず安堵のため息をもらしかけた―彼と同じ仲間はずれの体育教師たちが救済に現れた。彼らは絶滅しつつある存在―真のコーチたちだった。この学校にいる他のコーチは、トロイのような、まあまあまともな非常勤コーチや、この学校に籍を置かない雇われコーチ、そうでなければミスティのような、昔なにかしらのスポーツ用品に触ったことがあるという程度の、教師との兼任タイプだった。最後のタイプはただ授業で教えているだけの教師よりもたちが悪い、やつらは学問とスポーツの世界を股に駆けた食物連鎖の頂点にいると思い込んでいる。だが、両方の仕事をまともにこなす教師はごくわずかで希少な存在だ、そしてそういう教師は、目に見えない階級間の障壁を無視するだけの賢明さを持っている。
「よう、こんちは、べっぴんさん」ジェイクは、新聞を畳みながらのんびりと挨拶した。彼の視線は、意味ありげにジェラルドの大柄な身体と完璧に剃り上げたモカ色の頭を辿ってから、彼の隣にいる引き締まった体つきのブロンドに移った。「そして君も、こんちは、レナ」と彼はニヤっと笑いながら付け加えた。
ブランドンは新しく入ってきた人間に視線を向けたが、二人が彼やロンダの方へは笑顔どころかちらっと視線を向けることさえせずに、一直線にジェイクに向かっていくのを見て、ロンダとの話を続けた。努力するだけ無駄だ、彼はぶどうの入ったタッパーを開け、ロンダも摘めるよう、ロンダの方へと押しやった。
「あんたって、ホント変態なんだから」レナは静かに笑いながら冷蔵庫へ向かった。
「調子はどうだ、コーチ」ジェラルドは腰を下ろしながら、深い低音で尋ねた。「夕べはどこが勝った?」そう言いながら、彼はジェイクが手にした新聞を指し示す。「っていうか、新聞を逆さに持ってちゃわからないか?」彼は、笑ってページの隅をはじきながら、鋭く問いかけた。
ジェイクはわずかに頬を赤くして咳払いをし、決まり悪げな笑顔を浮かべて、ゆっくりと本を膝の上に置き、新聞の上下を返した。
話の途中で押し殺した笑い声をあげたロンダに、ブランドンは眉をしかめて肩越しにジェイクともう一人のフットボールコーチのジェラルドの方を振り返った。どうもジェラルドが何かのことでジェイクをからかっているようだ。ブランドンはロンダに視線を戻した。「なんだい?」と彼は尋ねた。
彼女は前かがみになって囁いた。「ジェイクったら、新聞を逆さに持ってたの。ほらあの、私たちの存在にも気づかないくらい熱心に読み耽っていた、あの新聞をよ?」
ブランドンは驚きに目を見張り、思わず破顔した。「本当かい?」と彼は声をひそめて言ったが、振り返って確認したい気持ちを抑えるのがやっとだった。「それをジェラルドに見つかっちゃって、とっても面白かったわ」
ジェイクがテーブルの下でジェラルドのすねを蹴り、さらに顔を赤くしながら椅子の上でずるずると身体を低くしたのをみて、レナはジェラルドに水のボトルを放りつつクスクス笑った。「二人とも嫌いだ」ジェイクは小さな笑みを見せながらそう宣言し、本をテーブルの上に投げ出して、二人と一緒に笑い出した。
再び声を潜めて笑い、ロンダは前に身体を乗り出した。「彼ってハンサムだと思わない?私、彼って本当にハンサムだと思うわ」
ブランドンは唖然としてみせた。「ジェラルドが?」
「違うわよ、ばかね。ジェイクよ!」彼女は興奮ぎみに囁いた。
ブランドンは、冷静で落ち着いた化学教師はどこへ行ってしまったのかと不思議に思った。彼女は、ブランドンよりも十歳は年上だったはずだ。「あー…、僕はジェイクと同級生だったから」彼は決まり悪げに告げた。
「彼と友達だったなんて、初耳! あなたから彼に私のことをちょっと売り込んでもらおうかしら」ロンダは静かにアピールしつつ、赤毛を耳の後ろに撫で付けた。
今度こそブランドンが本当に動揺する番だった。「僕は、彼と同級生だったって言ったんだ。友達だったなんて言ってない。それに、ロンダ、彼にアプローチしたいなら、自分ですべきじゃないかと思うけどね。高校時代、彼が僕のことを好きだったことなんて一度もないんだし。今だって彼は僕のことを好きじゃないよ、ついでに言っとくけどさ」ブランドンが小さな声で付け加えるのをよそに、ロンダは彼の肩越しに誘うような視線を投げた。
「今年のチームはどんな感じ?」レナが、腰を下ろしながら聞いた。彼女はソフトボールのコーチをしており、ソフト部と野球部の間には、常にちょっとした対抗意識が存在するのだ。
ジェイクは肩をすくめ、まっすぐに座りなおした。「はっきりしたことは言えないな」レナにずるそうな笑みを向けつつ、彼が曖昧に答えると、ジェラルドは響き渡るような笑い声をあげた。その瞬間ジェイクは、別のテーブルの会話を小耳にはさんで、そちらへ視線を投げた。化学教師がじっと彼のことを見つめ、ただならぬ様子で睫毛をばたつかせているのを目にして、ジェイクは目を丸くした。彼は自動的に問いかけるような視線をブランドンへと向け、彼は退却すべきなのか、もしくは、この事態は目の前のジェラルドに押し付けられるものであって、彼自身は危険を回避できるのかを推し量ろうとした。
たまたま振り返ったブランドンは、ジェイクが彼を見ているのに気づいた。ジェイクの顔には、なんだあれ?という表情が浮かんでいる。ブランドンは反射的に微かに顔をしかめ、肩をすくめて、わずかにロンダの方へと頭を動かして、謝罪の気持ちを伝えようとした。
「俺、…俺、シャワー出しっぱなしだったかも」ジェイクが突然そう口走ると、ジェラルドはさらに大声で笑い、ジェイクの腿をぴしゃりと叩いた。レナはわずかに憤慨した顔つきで、立ち上がるジェイクを見上げた。明らかにジェイクが今年度のそれぞれのチームについての話し合いを回避しようとふざけた企てを試みているのだと思い込んだらしい。ヘッドコーチは二人に手を振り、自分の所持品をかき集めると、再び、取り乱した様子でブランドンに視線を向けた。
なぜそんなことしようとしたのかもわからないまま―単にジェイクを気の毒だと感じたのを別として―ブランドンはジェイクと再び目を合わせ、さりげなく首を回して視線をドアへと向け、逃げられる内に逃げるべきであることを伝えた。それから彼はロンダに向き直り、咳払いして、もう少し大きな声で話し出した。「ところで、ロンダ、飛び級クラスの申請がどうなってるか教えてくれないか。教育委員会には具体的にどんな話をしたんだい?」
「そうそう私から逃げてはいられないからね!キャンベル」レナはこそこそとドアに向かうジェイクに向かって声を張り上げた。ジェイクは振り返り、レナにムカつくほど茶目っ気たっぷりな笑顔を見せ、それからブランドンが座るテーブルを振り返った。ブランドンが化学教師の気をそらそうとしているのは明らかだった。彼はブランドンに微かな笑顔を見せ、感謝の印にうなずいて、足早に出て行った。
目の端でジェイクの脱出を見届けると、ブランドンは、今や事務処理について猛烈な勢いで語っているロンダに注意を戻した。これで本日分の善行はやりとげただろう。一週間分かもしれない。
「保健? 僕に、一年生の保健を教えろっていうんですか?」ブランドンは、三度目となる問いかけをした。唖然として言葉もない。彼はベリー先生のオフィスに立ち―彼の幾何の先生だったまさにあのベリー先生だ―ただ首を横に振った。「僕は生物を受け持っています。二年生と三年生の生物の授業をそれぞれ一クラスずつ。それに一年生の物理も。保健を受け持つ時間はありません」彼は勝ち誇ったように指摘した。
「しかし君には、君が申請していた生物の飛び級クラスのための時間があるだろう」トムは小さな笑みを浮かべてそう指摘し、椅子の背に寄りかかったものの、やれやれという顔で、ため息とともに首を振った。「いいかね、この決定が君の気に入らないのはわかっている。だがね、曲がりなりにもこの科目を教えられる人間が他には誰もいないのだ。かといって、この科目をなくしてしまうというわけにもいかない、なぜなら必須科目だからね。保健の授業はおぼえているだろう、ブランドン」彼は、彼独特のしゃがれ声で続けた。「レスキュー911のビデオをデッキに突っ込んで、子供たちが寝ている間、君は座って自分の授業計画でも立てていればいい」
「生物の飛び級クラスを切り捨てるっていうんですか? トム」ブランドンは訴えた。「補助教員を雇うわけにはいかないんですか? 時給で働く臨時教員を半日雇うとか? 保健の授業ならよく覚えてますよ。だからこそ死ぬほどぞっとするって言ってるんです。心肺蘇生用の人形に、身の毛もよだつような病気の描写、それにバナナにコンドームを被せる練習!」
「コンドームは取りやめになったぞ」トムは苦笑いで切り返した。「保護者があれこれうるさいものでね」
「ああ、もう」ブランドンは呟き、椅子にどさっと腰を下ろしてうなだれた。「最高だ。最高以外のなにものでもない。一年生の保健ね。ったく、トム。いいですよ。やりますよ。どのみち、そうするしかないんでしょう」それは質問ですらなかった。
「まあ、形の上では、君は拒否することも可能なんだがね」と、トムは肩をすくめて言った。「残念ながら、保健の授業は最後のブロック内に入れることで予定が組まれてしまっているから、君は授業計画の時間を二時限目に移す必要がある、どのみち飛び級クラスは実現しないのだからね」彼は、不本意そうに唇を引き締めた。トムがこのやっかいごとをブランドンに押し付けるのを喜んでいるわけではないことは明らかだった。ただ、とにかく他に選択肢がないのだ。「クリスマス休暇の後、職員が何人か辞めたのは知っているだろう。産休もいれば、突然退職することになったものもいる…。野球部のコーチも一人足りなくて、誰かにボランティアしてもらえないかと思っているんだがね」彼は目を細めてそう続けた。ブランドンは曖昧にうめき声をあげた。受け持ち授業の変更のため授業計画の時間を動かさなければならないことについては、もう納得済みだ。だが職員の配置換えなんかには興味はない。「ボランティアを引き受けてくれるとはありがたいよ、ブランドン」トムは当て付けがましくそう続け、愛情を込めたからかいをその目に滲ませて、微かに微笑んだ。
その場に固まり、ブランドンはゆっくりと目の前の男を見上げた。何年もの間、ブランドンを教師として導いてくれ、その間にいい友人ともなった男を。「なんですって?」彼はその言葉をゆっくりと悪意を込めてしぼり出した。
「心配いらない」トムはすばやく続けた。「代表チームはたっぷり油を差した機械のようなもので、なんの問題もなく機能していると聞いている。ただもう一人、助っ人が欲しいというだけの話で、君がすることは大してないだろう。というか、君が何をすることになるのかも検討もつかないんだが、そう大変なことじゃないはずだ。それに君にはチームのコーチとしての素質もある、職員の中でも君が一番の適任者ということになるんだ。実際のところ、職員の中で、君が唯一の適任者なのだよ」
ブランドンは信じられないという顔つきで彼を見た。「一体全体どうやって、そんな風に思ったんです? 素質ってなんですか?」と彼は尋ねた。声がいつもより甲高くなっている。
「君は男で、男子生徒たちを管理下におくのに十分なほどには身体も大きい」そう言って、さらにあわてて付け加えた。「それに君は、解剖学と生理学の知識もあるだろう。コーチ」
口をぽかんと開けっぱなしだったことにやっと気づいたブランドンは、慌てて閉じた。彼はもう少しの間、呆然とトムを見つめ、両手で顔をこすった。「まだ他に何か? トム」彼はそう尋ねたが、その声は危険なまでに静かだった。
「ブランドン」トムは静かに言った。「今回のことが君の守備範囲じゃないことはわかっているし、本当に気の毒に思う。しかし、学校という組織の中ではチームプレイヤーであることを求められるという事実も君は理解しているだろう。全ては子供たちのためなのだよ」
科学教師はため息をつき、肩の力を抜いた。それはブランドンの中で揺るぐことのない一つの事実であり、癪に障ることに、トムはそれを知っているのだ。子供たちのためということなら、ブランドンはどんなことでもする。課外補習の指導という、ほとんど全ての教師が疫病のように避けたがる仕事のため、朝四時四十五分に起き、四十分運転して六時に出勤しているのも、それが理由だ。「わかりましたよ、トム」彼はしぶしぶ同意した。
「ありがとう、ブランドン」トムは、心からそう応えて立ち上がり、デスク越しに手を差し伸ばした。「それから補習指導とは違って、コーチの仕事には割り増し手当てがつくぞ」彼は明るく付け加えた。
ブランドンはくすくすと笑い、立ち上がってトムの手を握った。「へえ、それはすごいな。たぶん、保健の授業はもう誰かが代理で始めているんでしょうね?」
「ジェイク・キャンベルが、誰か常任が見つけられるまでという約束で、保健と四年生の体育を掛け持ちで受け持っている。で、野球部の件で君が話をしなければならんのもあの男だ」とトムは応えた。「そうだ、君たち二人、卒業が近かったのじゃなかったか?」
「ええ、同じ年です」ブランドンは小さくうなずいて言った。「当時、あなたはまだ幾何を教えてました」彼はにっと笑って付け加えた。
「当時は髪もふさふさだった」トムもちらっと笑顔を見せて言い返した。「授業が終わったら、誰かにジェイクを呼び出させようか?」彼は外の事務所の校内放送の設備を示しながらそう申し出た。
ブランドンは顔をしかめた。「いいえ、体育館の方へぶらぶら行ってみます。彼のオフィスの場所はわかると思うので」と彼はいい、目をすがめて壁の校内地図を見た。
「もしあいつをオフィスで捕まえられたら、運がいいぞ」トムは退出を促すように手を振りつつ笑った。「あの坊主は、学生の時ですら、ひとつ所にじっとしていられたためしがなかったからな。もう一度礼をいうよ、ブランドン。この恩は忘れない」
うなずき、ブランドは部屋を出て、体育施設のある方向へと曲がり、ひと気のない廊下を抜けて歩き続けた。彼のゴム底のローファーは特別足音も立てない。彼はオフィスの集まった廊下を見つけ、ドアを一つ一つチェックしていくうちに、窓に「キャンベルコーチ」というサインが貼られたドアを見つけたが、オフィスは閉まっていて、中は暗かった。科学教師はUターンすると、体育館へと向かった。観覧席には四年生の生徒が何人か座り、バスケットコートでは数人がシュートしていたが、教師の姿はない。ブランドンは驚きに眉をひそめたものの、遅ればせながら、ブランドンの計画時間は保健の授業にとられてしまうため、計画時間はブランドンが創設を切望していた飛び級クラスの枠である二時限目へと移すことになる、と、トムが話していたことを思い出した。ジェイクは保健のクラスを掛け持ちで受け持っていると言っていた。ブランドンは、今目にしているのはコーチが受け持つ四年生の体育のクラスに違いないが、彼が一年生の面倒を見ている間、自習させているということなのだろうと見当をつけた。そこで科学教師は保健の教室へと行き先を変えつつ、腕時計を確認した。帰りの放送まであと五分だった。
体育施設のすぐ外に位置する教室の中では、ジェイクが、丸めた紙のボールが宙を飛び、ゴミ箱の縁に当たるのを見ていた。紙のボールは、その場でぐらぐらと揺れた。まるでビニールのゴミ袋にしがみついてでもいるように見える。ジェローム―一年、レスリング部―が、七フィート離れた机から横に身を乗り出し、必死に息を吹きかけているのを目にして、ジェイクは静かに笑い声を立てた。紙の塊はもうしばらくぐらぐらした後、ゴミ箱のすぐ脇の床にクライマックスには似つかわしくないポトッという音を立てて落ちた。
「あー、くそ」
「やったな!」ジェイクは大喜びで叫んだ。「バックボードに当たってシュート失敗ってことで、先生に一ドルだ」彼は笑って手を差し出し、『金をくれ』の世界共通のジェスチャーをして見せた。
「なんだよ」ジェロームは情けない声を出して、ポケットに手を突っ込み、四枚の二十五セント硬貨を引っ張り出した。彼は立ち上がり、重い足取りで歩いてきて、決まり悪そうな笑顔でジェイクの掌にパシッと小銭を乗せた。「次は入れるぞ」彼は頭を反らせ胸を張って言い、紙くずをゴミ箱に放り込んで、席へ戻った。ジェイクは、いつでもものぐさな一年坊主たちにこう言い聞かせていた。ゴミ箱シュートを行った場合、成功すれば、シュートの難易度に応じたそれ相応の態度でその優れた技能を認めてやることとするが、失敗したら、立ち上がって十フィート先のゴミ箱まで歩くことすらサボった罰として、罰金一ドルを科すと。
ブランドンはドア口に立ち、ドアの枠に寄りかかって、その小さなやり取りを眺めていたが、顔がニヤつくのを抑えるのにかなりの努力を要した。彼は、生徒がゴミ箱シュートに成功した場合、どんな形で報いるのだろうかと思い巡らした。その時、二人の女の子が彼の方を見ながら、騒々しく囁き始めた。彼は瞬きして、シャツかネクタイになにかついているのかと、自分を見下ろした。そこで彼は、最後の授業の後、ネクタイを外して両袖を捲くりあげていたこと、そしてトムに呼び出された動揺から、眼鏡をデスクの上に置き忘れ、シャツのボタンも上から二つ外していたことを思い出した。その上彼は、校長と話をしている間、いつもは襟のところできっちりと束ねている肩まで届く黒髪をほどいてしまっており、そのほどいた髪をかき乱す時間もたっぷりあったわけだ。まったく。今の彼はひどい姿をしているに違いない。
ブランドンが再び顔を上げると、三人の女の子が囁きながら彼を指差し、頬を赤らめた。彼は驚きに片方の眉をつり上げ、教室の前方にいる教師に視線を投げた。ジェイクは囁き声につられて開いたドアを振り返り、片方の眉をつり上げた。「バートレット先生」と彼は言いつつ、驚きと困惑を隠して、いつもの、親しげだけれども、なんとなく馴れ馴れしいとも受け取れる挨拶をした。「何をして差し上げましょうか?」
女子生徒たちは小さな歓声を上げ、何人かの男子生徒がくすくす笑ったが、ブランドンはただ首を横に振った。「これからは僕が保健を教えることになった」彼がそう返事をすると、女子生徒からさらに大きな騒ぎが湧き起こった。なんだっていうんだ! なんであの子たちはあんな態度をとる?
ジェイクは、キャーキャーうるさい一年女子たちに向かって顔をしかめて見せ、少し困ったような笑顔を浮かべてブランドンを振り返った。「すまないな」彼が苦笑いでそう言うのに周囲からいくつか飛んだ冗談交じりのブーイングを受け流しつつ、彼は立ち上がり、ドア口へと歩いてきた。「あー、そうかそうか、お前らはごみシュートの練習でもしてろ」そうジェイクはのんびりと生徒たちに告げた。「後は任せる」彼はブランドンに静かに言って、廊下へと踏み出したが、ふと立ち止まり、ドアの横の壁に寄りかかると、教室内に視線を投げた。「あいつらは、まあ大体いいガキ共だ」彼は柔らかな声でブランドンに囁いた。「それほど面倒はかけねえよ」彼はそこで言葉を止め、目の前の男を見回した。何かが違っているが、これといって何が違うのかはわからない。ただちょっと髪や服装が乱れてはいる。ネクタイをしてないからか? 少しいらついてるような目つきだろうか? ジェイクは心の中で肩をすくめ、壁から身体を起こした。「帰りの放送の間、俺にそばについてて欲しいか?」
その時スピーカーがオンになった音を立てたので、ブランドンは少し笑顔を見せた。「まだウロウロしててもかまわないなら、トムから君と話をしろと言われてるんだ」スピーカーから響き渡る受付事務員の声にかき消されそうになりつつ、彼は言った。終業のベルが鳴ると、子供たちはすぐさま彼らの間の抜けて教室を飛び出していったが、何人かの女の子たちは他の子たちよりもゆっくりと歩いてきた。「さようなら、バートレット先生」 「また明日、バートレット先生」 「保健の授業、楽しみにしてます、バートレット先生」教室が空になっていくのにつれ、ブランドンの顔はどんどん煙に巻かれた様子になった。
最後の生徒が廊下を去っていくのを見届けるとジェイクは思いっきりの笑顔を浮かべた。「お前、まじで女子たちから食いつかれてたな、色男」そう言って声をあげて笑う。「俺に何の用だって?」
ブランドンの両眉は飛び上がった。色男だって? 彼がそんなメッセージを受け取ってないのは確実だ。「あー、トム・ベリーから三十分前、全く前触れもなしにこのクラスを任されたんだ―で、それから別の小さい仕事も強引に押し付けられた。僕は、コーチにもなるらしい」
「コーチだと?」ジェイクはしかめ顔で聞いた。何かの冗談か? 「どのチームのだ?」彼は胡散臭そうに尋ねた。
「君のチームのだよ」そうブランドンは言ったが、その声には微かに苛立ちが滲んでいた。「トムが言うには、野球部のコーチが一人足りないって。で、他にどうにもなり手がいなかったらしくて、僕にお鉢が回ってきた」彼は最後の言葉を不満そうに呟いた。
ジェイクは瞬きした。それから開いた口もふさがず、もう一度目をぱちくりさせた。コーチが足りない? 誰がいなくなったんだ? 「お前、野球なんかわかるのか?」彼はあっけにとられてそう聞いた。
「野球の試合は観るよ。たまたまブレーブスのファンだしね、おかげさまで」
「そりゃあよかったな」ジェイクは少し苛つき気味に応えた。「だけどな、コーチができるほど知ってんのか?」
「その答えはノーだよ。僕もそれをなんとかトムにわかってもらおうとしたんだ。でも泣き落としされちゃって。それって、どういう状態か想像つくだろ」ブランドンは腕を組んだ。「彼が言うには、僕は〝男で、男子生徒たちを管理下におくのに十分なほどには身体も大きい〟とかなんとかって、だからそういう意味では、なんらかの資格があるってことかな、と」彼はそう言って、視線を落とした。実を言えば、このトムのコメントはずきっと来たのだ。遠まわしに、彼にはコーチなんかできないって言っているのと同じだったから―でもそんなの気にしないさ、だって彼は教師としては一級品なんだから。「そうか。僕がコーチになんていい考えじゃないよな、君からトムに、とんでもないって言ってくれよ、それでキリがつく」彼はぶっきらぼうにそう告げた。
ジェイクは眉をしかめて目の前の男を見た。「俺は、お前を侮辱したわけじゃない」彼は一つため息をついて言った。「ただ、俺たち、今年は州大会を目指してて、それに俺、コーチが一人不足してるってことすら、今まで知らなかったんだ。悪かったな」彼はそう謝罪を申し出たものの、彼の口調にはわずかな不満と苛立ちが混じっていた。「ったくよ。誰がいなくなったんだ?」彼はほとんど独り言のように呟いた。
ブランドンは彼を見上げて、その言葉が真実であることを見て取り、再び肩をすくめた。「僕、悪いニュースを運んできちゃったみたいだね。罪もない伝言配達人を殺さないでくれよな?」彼はそう頼んだが、その声にはユーモアの気配が紛れ込んでいた。「きっと僕にだって手伝えることはあると思うよ。僕って、教師としては余裕で平均以上だからね。コーチの仕事だってまったく手に負えないってことはないよ、少なくとも取るに足りない雑用くらいなら」と彼は真剣に申し出た。「州大会を目指すなんて、本当に大変なことなんだろうけど」
「まさにそういうことだ」ジェイクは厳しい声で答えた。「これはただのスポーツの問題じゃない。うちの野球部には今年確実にスカウトがくるだろうっていう生徒が八人いる。やつらの将来がかかってる話なんだ」
「だったら、僕の申し出を無下に断ったりするな」ブランドン毅然とした態度で、きっぱりとそう言った。
ジェイクは目の前の男と視線を合わせ、小さなため息と共についにうなずいた。「とにかく、少なくとも自分のやってることをわかってるような振りだけはしといてくれよ。突然コーチの仕事を押し付けられたっていうなら、身ぐるみ全部必要ってことだよな?」彼はブランドンの服装を指しながら尋ねた。ブランドンの格好ときたら、かろうじて爺さん教師がよく着るツイードを着てないって程度だ。なんてこった、実験用の安全ゴーグルまで見えてきそうだぞ。
ブランドンは、突然態度の変わったジェイクに目をぱちくりさせた。「身ぐるみ? ランニング用のショーツとTシャツ、それに靴なら車にあるけど」
「違う、トレーニングウェアじゃない」ジェイクは憤慨したように言った。「コーチってのは、毎日選手とまったく同じ格好でいるもんなんだ。俺が言ってるのは、スパイクに、野球ズボン、アンダーアーマー、ジャージだ。希望の背番号があるか?」彼はブランドンに一緒に歩き出すよう手振りで促しつつ、ふと思いついたように聞いた。
野球ズボン? 「いいや、特に希望はないよ」科学教師はそう答えた。「でもさ、〝自分のやってることをわかってるような振りをする〟っていうの、たぶんあんまりいい考えじゃないと思うんだ。子供たち、特に君のチームの子たちなんて、すごく察しがいいから、そんなのすぐ見抜かれちゃうよ。僕は見学してるだけだとかなんとかって言った方がいいんじゃないかな」
「駄目だ。そんなことを言ったら、完全になめられる」ジェイクはただちに言い返した。「奴らにはちゃんとお前のことを尊敬させなけりゃ駄目だ。そうでなかったら、お前は単にお前の時間を無駄するだけだ。お前にできることを一緒に見つけよう。三塁コーチがいいかもな、それなら、サインと走塁の基本だけ覚えればいい」体育館に入り、オフィスへと向かいながら、ジェイクは思案した。数人の生徒が観覧席の間でぶらぶらしているのを見て、ジェイクは目を細めた。彼の受け持つクラスはこの時間までには全員退室しているはずだった。「お前らまだこんなところでぶらぶらしてるのか!?」彼は突然怒鳴った。彼の声は体育館中に響き渡り、生徒たちは飛び上がって散り散りに逃げていった。
ブランドンはとどろく怒鳴り声に少し身体を引いたものの、ジェイクについてオフィスに戻りながら思わず微笑んだ。彼はフットボールコートから聞こえるあの怒鳴り声を覚えていた―当時のジェイクはスタークウォーターバックだった、もちろんのことながら。「君の声ってそんなに違わないね、そのこと知ってたかい?」彼は考える前にそう口にしていた。
「違うって?」ジェイクは、軽量コンクリートブロックでできた彼の小さなオフィスの片隅にぽつんと立っているアルミ製のロッカーへと歩きつつ、困惑して聞き返した。「何と違うんだ?」
「君、フットボールコートでよくあんな風に怒鳴ってたんだ。僕、覚えてるよ。観覧席の一番端からでも君の声は聞こえた」ブランドンはそう言って、両手をポケットに突っ込み、ジェイクがロッカーの中をごそごそ探るのを眺めた。
ジェイクは予備の真っ白な野球ズボンを引っ張り出しながら、肩越しに振り返った。「そうか」彼はわずかに頬を赤くしてそう応えた。「お前が試合を観に来たことがあったなんて知らなかった」彼は居心地悪げにそう続けた。他にどう反応していいものかわからない。
「何回かね」とブランドンは認めた。「君たちが地区大会で優勝した時、いったい皆が何にあそこまで大騒ぎしてるのか確かめたくてさ」と彼は言った。いまだにフットボールのことは大してわからないが、あれも一つの経験だったと思っている。
「それで観に来たのか?」ジェイクは興味を引かれた様子で聞いた。彼はその『大騒ぎ』を覚えていた。群衆が興奮に沸き、スタンドからはマーチングバンドの演奏が響く。保護パッドの軋む音、タックルの唸り声、寒さ、目映い光と、汗と草の匂い、完璧な秋の夜。ああ、最高に好きだった。あの瞬間のために生きていたとさえいえる。
「うん」ブランドンは静かにそう言った。「あれって、僕の日常とは全く別世界でさ。観てるだけで興奮したよ」そう言ったが、彼はジェイクが遠い目つきをしているのを目にして、彼が昔を懐かしむのを邪魔しないようそのまま静かにしていた。自分にもそんな思い出があったらいいのにと思う。彼の一番の思い出といったら、何マイルも、何マイルも延々と走り続ける時に感じるポカっと突き抜けた静けさくらいのものだ。野山を走り、草原を超え、葉の茂った森を抜ける。そんな時には、彼の意識は真っ白になる。
ジェイクは不思議そうに目の前の男を見やってうなずいた。ブランドンって奴はそもそもどこか変わっていた。運動選手のような体つきをしているのに、ジェイクは、彼が何かスポーツをしているところを見たことがなかった。彼ら二人は、全員が必須で受ける一年生の体育の授業すら一緒に受けたことがない、なぜならブランドンは二年になってからパークビュー高校に編入してきたからだ。当時ですら、ブランドンは大柄な生徒だった。ジェイクと同じくらい背も高く、細身だけれども、肩の辺りはしっかりしていた。ブランドンはそんな恵まれた体格を活用しようという欲求を持たず、知的な方面に没頭したということなのだろう、とジェイクは想像した。
「まあ」ジェイクはふっと息を吐いた。「この辺ならお前にも合うだろう」そう言って、ズボン、光沢のあるブルーの長袖のアンダーアーマーシャツ、そして同色のゆったりしたジャージを手渡した。「靴のサイズはいくつだ?」彼は自分の片足を持ち上げて、自らのトレーニングシューズを見下ろしつつ、何かに思いをめぐらせるように眉をしかめた。「あー、初日はテニスシューズでもいいだろう」と彼は気持ちを変えた。「そういや、さっきは妨害活動してくれてありがとな、話は変わるけど」
ブランドンは借りたユニフォームを小脇に抱え、一瞬惑ったが、ロンダの一件を思い出した。「ああ、うん。構わないよ。ロンダが本気で何かに固執するとどんなことになるか見てきてるからね。もちろん、それっていつもの対象はプロジェクトとか、助成金なんかなんだけどさ。でも彼女って恐ろしい目つきをするから」とそこで一旦言葉を切り、「で、サイズは12だよ」
「俺の予備を貸せるな」ジェイクはうなずいた。「俺のは12・5だけどな、俺は足首のせいで、片方にこのリフトパッドってやつをつけなきゃならないから」彼はぶつぶつ言いつつ、スパイクの片方を取り上げて、中を突いた。靴はだいぶくたびれて磨り減ってはいたが、彼の大きな手に掴まれているのを見ると本当に愛用されていたのだなと思える。「リフトはまだこん中に入ってんだ、実は」彼はそう呟いて分厚いパッドを突いた。「リフトには接着剤がついてて、俺はいままで剥がそうとしてみたこともないんだが」彼は、靴に気をとられたまま呟き、「で、俺は気持ち外側に傾いて歩いてるもんで、底が変な風に磨り減ってる、だけどお前が新しいのを買いたいっていうのじゃなければ、用は足りるだろう。スパイクは、五十ドルくらいはしたと思うから」
「ありがとう。合うかどうか試してみるよ」とブランドンは言った。「とにかくまずは着替える。ロッカールームは廊下の向こうだったよね?」
「ああ、だけどな」ジェイクは咳払いして、わずかに顔を赤くした。小さく息を吐き、笑顔を浮かべながらなんとか質問を口にした。「トランクス派、ブリーフ派どっちだ?」
ブランドンは手にしたズボンを持ち上げ、しみじみと眺めた後、ジェイクに視線を戻した。「まさかこのズボンの下になにか穿けっていうんじゃないだろうね?」彼の声からは心から面白がっている様子が伺えた。下着の上にこのズボンを穿くなんて絶対に不可能だ。
「そのズボンの下には本来、スライディングパンツを穿くことになってる、だが実際試合をするわけでもないから、そこまでするとちょっとおかしく見えるだろう。白いブリーフがベストだな」ジェイクは可能な限り真面目な顔でそう答えたが、突如、目の前の男が下着なしで直にぴっちりした野球ズボンを穿いて立っている姿を思い浮かべてしまい、正直に言ってそのイメージをかなり気に入った。
「わかったよ、そういうことなんだね」ブランドンはそう言って、何かを決めかねる顔でズボンを見た。「すぐに戻るよ」彼はオフィスを出て廊下を横切り、ユニフォームをロッカーの列の間にあるベンチの上に落とし、服を脱ぎ始めた。まあ、これも運命なのかもな、と彼は皮肉っぽく考えた。彼は今日、ブリーフの代わりに、白いスパンデックスのショーツを穿いていた。帰宅したら、公園に走りに行こうと思っていたのだ。少なくとも、白いズボンから赤や黒が透けて見えるような完璧にださいオタクには見えずに済むだろう。
彼はアンダーアーマーシャツを被り、それが思いのほか伸縮性があって着心地がいいことに驚いた。ズボンに足を踏み入れると、彼はそれがあまりにぴちぴちで、余裕がないことに驚き瞬きした。いまいましいこのズボンを引き上げるためには、何度か体を捩らなければならなかったし、ベビーパウダーかなにかの助けなしには、腰の上までひっぱるのは絶対無理だとさえ一瞬思わされたほどだ。やっとズボンを穿き、鏡を見て、彼はぞっとして震え上がりかけた。このズボンはぴちぴちなんてものじゃない。彼は(出来る限り)シャツをズボンにたくし込み、ジャージを片腕にかけて、ジェイクのオフィスへと裸足で歩いて戻った。
「もし僕用にズボンを注文するつもりなら、今穿いたのは、ワンサイズかツーサイズ小さいみたいだよ」ブランドンはオフィスに再入室しつつそう言った。
ジェイクは手元の本から顔を上げ、目の前の男の姿に目をぱちくりした。彼はブランドンを上から下までじっくりと眺め、おそらくは初めて、彼が具体的にどれほどいい体をしているのかに気づいた。アンダーアーマーは濡らした紙のように彼の身体に張り付き、ジェイクが、生物の教師なんかについていようとは夢にも思わなかった筋肉を浮き上がらせており、ズボンは、実際のところ完璧にフィットしていた。ただ通常使うプロテクターをつけるのに十分なゆとりはあるものの、グランドでの動きを妨げるほど緩すぎはしない。全く驚きだ。「いや」彼は頭をかしげ、片方の眉をつり上げて呟いた。「いや、俺にはそのズボンは完璧に見える」と彼は気持ちどぎまぎして言った。
ブランドンは自分の姿を見下ろして、肩をすくめ、指で髪を耳の後ろに梳いた。「君がそういうならいいんだけど。このズボンに慣れるのには少し時間がかかりそうだな」と彼はコメントし、もう一つの椅子に腰掛けて、ジェイクが出しておいてくれたブルーのソックスをはいた。
ジェイクはばかげた瞬きを繰り返して、ブランドンを見つめた後、デスクの上の数読パズルに視線を引き戻した。彼が学校にいる間は隠しているもう一つの趣味だ。彼はゆっくりとクリップボードを動かしてパズルを覆い、伏し目がちにブランドンを見上げた。堅苦しいワイシャツとネクタイをタイトなブルーのシャツと清潔な白いズボンに置き換えてみると、彼は実際にスポーツマンに見えた。今のブランドンは、ジェイクがバーで引っ掛けたくなるようなタイプに見える。再び視線をそらし、ジェイクはゆっくりと彼のペーパーバックにも手を伸ばして、見えないところに動かした。ある人間がどこかの高校の体育教師だったとした場合、そいつが実際に機能する脳みそを持っていても誰も評価はしてくれない。それどころか、仮に読書のような、知的だと考えられるようなことをしているところを見つかったら、『賢く』見せようとしているのだろうとからかわれるのがオチだ。その本がいい本かを聞かれる代わりに、『その本には挿絵がついてないよ、おばかさん』的なコメントをもらうのがジェイクの日常なのだ。そんなジョークをブランドンからは一言だって聞きたくない。
ジェイクは再び咳払いして、うなずいた。「真面目な話、そのズボンを穿いててよかったと感謝することになるはずだ。練習は、三時半から、ガキどもがグランドに出てきてからってことだ、終わりは五時半から七時のどこかってとこだな。日が暮れると寒くなるし、時には雨も降る。練習が休みになるのは雷が鳴ってる時だけで、そんな時は、室内でウェイトトレーニングをする」彼は鉛筆を取り上げ、それでデスクを叩きながら考えた。「他には…」彼はひとりごちて、思い出す助けを求めて周囲を見回した。「遠征もかなりある。その内のいくつかは泊まりになる。だから、彼女とかカミさんとか、ま、誰にでもその辺のことを伝えといた方がいいかもな」彼はそう続けながら、スケジュールを探し出して眺めた。「金曜と土曜の試合もいくつかある」彼はぶつぶつそう言った。「春休みにはフロリダでトーナメントがあるし、いつも五月の最初の週に選手たちをターナーフィールド(アトランタブレーブスの本拠地)に連れて行って、一試合か二試合させてる。それも泊まりがけの遠征だな」彼はブランドンにスケジュールを手渡しながらそう続けた。
「コーチってのは、二十四時間体制の仕事だ」彼は静かにそう告げた。それはほとんどの常勤教師が絶対に理解してくれない事実の一つだった。教師たちは朝七時半から午後の二時半まで生徒を受け持っている。ほとんどの教師はそこまでで終わりだ。何人かの教師はクラブの顧問をし、補習を受け持ったりもするが、それが終われば靴から学校の臭いを拭き取って、家へと帰る。コーチは夜も、週末も、夏休み中も、受け持ちの子供たちと一緒なのだ。コーチってのは、生徒のために大学探しを手伝い、パーティ会場から酔っ払ってかけてくる電話もさばけば、恋愛相談にも乗る。生徒たちが卒業し、学位をとったずっと後まで連絡を絶やさない。ジェイクが大学時代、自分がバイセクシャルかもしれないと気づいた時、彼が一番に電話したのは、彼の高校時代のフットボール部のコーチだった。
「結婚はしてない」ブランドンが、練習時間、週末の試合、トーナメントの遠征旅行のスケジュールを検討しながら静かにコメントしたのはそれだけだった。既に引き受けたのである以上、最善を尽くすだけだ。彼はこれから確保できる睡眠時間をすばやく計算してみて、内心ひるんだけれども、見た目は穏やかに繕った。ただでさえ長い一日が、もっと長くなる。彼の平日は毎日四時四十五分に始まり、六時から七時に課外補習を担当し、七時半から二時半までフルで授業を受け持っているのだ。これからは、午後、自分の博士号の研究を進める代わりに、野球の練習や試合が待っていることになるわけだ。もう一度、スケジュールにざっと目を通した結果、私的な研究については、午後九時以降に移さなければならないことを確信した。―毎日の授業計画、テストの採点、テスト作りの後に―そして土曜日もいくつかなくなり、彼の唯一の自由な日である日曜日も取り上げられてしまうことになる。個人的なトレーニングの時間、これをどこに割り込ませればいいのか検討もつかなかった。博士号の計画の後、遅くにってことになるだろうか。帰宅してから湖の周りを走ることもできる。
「僕は、何から始めたらいいのかな」と彼はコーチに聞いた。
「お前、ちょっと顔が青いぞ」ジェイクは質問に答えずブランドンをしげしげと見た。「練習は、泣き言を言うやつらを間引いちまえば、実際楽しいもんなんだ」彼は、幾分かの慰めを与えようと、椅子に寄りかかり、両足をデスクに乗せてそう言った。
ブランドンは思わず笑い出し、少しリラックスした。「泣き言をいうやつら? どんなことで泣き出すんだい? ゴロが股間に当たったりして?」
「そのために股間用のファールカップってものがあるんだ」ジェイクは即座に返答した。ある特定の部位への打撃痛についてのあらゆる不平に対する彼の標準的な切り返しがそれだった。「それに、仮にタマに打球をくらったとして、それはちゃんとグローブを下ろしてなかったからってことで、当然の報いってもんだ。そんなやつらを甘やかしちゃいられない」彼は強固に主張した。「お前ら教師が、俺たちコーチの選手の扱い方を生ぬるいと思ってるのは知ってる、だがもしやつらが赤点を取れば、チームをクビになるんだ。怪我をしたら、その怪我を抱えてやってく。病気になっても、やつらはどっちみちグランドに出てくる。俺のとこの坊主どもの何人かが、お前の受け持ちクラスで皆勤賞をとってるはずだってことは保証できる。そしてこれも自信を持って言える、週のどの日でもお前が受け持ってるどれか少なくとも一つのクラスには、指にテーピングしたり、くるぶしや膝に添え具をつけてたり、とんでもなく見事なアザを隠そうとしてるような生徒が一人はいるはずだってな」
彼は選手たちを守りたい気持ちからいきり立っていた。彼は運動部の生徒たちがどんなことを経験するか身を持って知っているのだ。彼らは『ジョック(スポーツ馬鹿)』という肩書きを貼られ、本来、優等生特別クラスに入れられるべきであっても、頭の悪いクラスに入れられる。そして彼らが学問的になにかアッと言わせるようなことをしても、「ラッキー」で片付けられてしまうのだ。怪我はいうまでもなく、極限までしぼられる練習スケジュールに、一つのスポーツを愛するがゆえに直面する挫折感。ジェイクは気持ちを落ち着けるために、荒々しく鼻から息を吐き、椅子を後ろに傾けて凝った首を回しながら目を閉じた。
ジェイクが真剣に語る即興の演説に驚きを感じつつ、ブランドンはジェイクの痛いところを突いたのだと知った。それも彼ら自身の高校時代にさかのぼる心の痛みだ。そしてジェイクの話しを聞けば聞くほど、ブランドンは納得した。生物の教師はゆっくりとうなずいた。コーチの言うことは正しい。オタクたちがスポーツマンでないこと、見た目が格好良くないことで悪口をいわれたり、からかわれたりすると感じていたのと同じほど―ジョックたちは成績や出席率のことでからかわれていたのだ。どちらのグループも損な役回りを背負っていたのかもしれないと彼は考えた。「ごめんよ」と彼は静かに言った。
ジェイクはしばし目の前の男を見つめ、それから拍子抜けするような明るい笑顔を見せた。これも彼が得意とするものの一つだ。目眩がするほど感情を爆発させた後、それをすぐに押しのけてさっさと忘れ去ってしまう。彼はまた必要に応じて、あえて馬鹿で粗野なイメージを強調してみせることも得意だった。毎日の勝負顔ってやつだ。「頭に血が上って我を忘れちまった」と彼は言った。彼の顔にはいつもの皮肉っぽい笑顔が戻り、彼の目は温かな茶色に戻っていた。「昼飯の時にジュースをもらえないと、いつもこうなるんだ」彼は恥ずかしそうな笑顔でそうジョークを飛ばし、首の後ろに手を回して擦り、首を回して、ぽきっと大きな音をたて背骨を鳴らした。
その時、デスクの電話がしつこく鳴り始め、ジェイクは電話を睨みつけた。彼は、ブラントンに待てというように片手を挙げ、両足をデスクから下ろすと、スピーカーボタンを押した。「こちらは識字能力自己診断ホットラインです」と、彼は低い事務的な声で言った。「発信音の後、お名前と電話番号、および本日の用語を使った一文を読み上げてください。本日の用語は〝傲慢〟です」
「生徒がそばにいるか?」トロイ・ピーターソンの声が電話ごしにそう用心深く聞いた。
「いや」ジェイクは笑って、ブランドンにウィンクした。
「じゃ言うが、くだらねえことばっか言ってんな、クソ野郎」と、トロイは悪態をついた。「明日の朝のお知らせ用の放送の告示を提出したの、お前か?」
「どんな告示だ?」ジェイクは罪のない様子を装ってそう聞いたが、その声は今にも笑い出しそうだった。ブランドンは頭を傾け、目の前の男のあまりの変わりように笑顔を浮かべた。ジェイクがここまで素早くコロコロと機嫌を変えるのを目にするのは奇妙な気さえする。
「引用するぞ」話し方のクラスの教師、かつ同僚コーチは応えた。明らかに何かを読み上げているようだ。「本日午前中、十一時四十二分きっかりに、メンテナンス業者が電話回線の埃を吹き飛ばす作業を行います。全教師は、埃を受けるため、受け持ちのクラスの電話の受話器を袋で覆ってください」
ブランドンは両眉をつり上げ、なんとか吹き出すのを堪えた。ジェイクは聞きながら声をひそめて笑っている。肩を揺らし、片手で口を覆って、なんとか大声で笑い出すのを堪えながらも、わずかに鋭い息をもらした。「俺じゃない」彼はなんとかそう言った。
「俺、このまま放送するぞ」トロイはせめるような口調でそう言った。「全ての責めは、感心するほど逞しいお前の両肩にきっちりと乗っけてやるからな、ダーリン」彼はそう警告して電話を切った。
ジェイクは、げらげらと笑い出した。ブランドンも一緒にクスクス笑いをもらす。「面白かった」笑いに目を躍らせつつ、コメントする。ジェイク・キャンベルという人間には、型にはまった『ジョック』というイメージだけには収まらない、多くの側面が存在することを、彼は急速に発見しつつあった。
「だってよ、なにかしら楽しいことをみつけないとな」ジェイクは軽く笑いつつ、クリップボードを掴んで立ち上がった。「だがな、本当の楽しみは、何人の人間が実際に放送に従って実行したかを確認する時にやってくるんだぜ」そう言いつつ、彼が体中を揺らして大笑いし始めると、数読パズルが何枚か床に落ちて散らばった。
ブランドンはかがんで紙をかき集め、既に書き込み済みのパズルを眺めた。「うわっ、僕はこういうの大嫌いなんだ、答えを探すのにとんでもない時間がかかちゃってさ」彼はパズルをジェイクに返しながらそう言った。「君って、きっと僕よりずっと辛抱強いんだな。僕はこういうパズルをやってるとイライラしてしまうんだ。だったら代わりにクロスワードをくれって感じかな」
ジェイクは居心地悪げに少し笑い、うなずいてパズルの紙を受け取った。「クロスワードってのは、1から9までより、もうちょっと知識が必要だからな」と彼がつぶやくと、最後のスクールバスの時間を知らせるベルが鳴った―つまり三時十分ということだ。「くそっ、着替えねえと」彼はふっと息を吐き、クリップボードを置いて、ブランドンの後ろの窮屈なスペースを通り、自分のバッグを掴んだ。
ジェイクの気まずげで自己軽視な返事に少し眉をしかめ、ブランドンは立ち上がった。「外に出て、メイン球場の内野のところで待ってるよ」校内には、三つの球場、野球用が二つに、ソフトボール用が一つ、そしてフットボール場に陸上トラック、二つのサッカー場とテニスコートが六面ある。
「ああ、ああ、今週は全員そこに集合することになってる。それから各チームに分かれるんだ」ジェイクは、シャツを脱ぎ椅子へと投げながらそう答えた。「なあ」と彼はすばやく言った。「ありがとな」と彼は静かに付け加えてブランドンを見上げつつ、短パンを脱ぎ始めた。
ブランドンは驚いて立ち止まった―突然目の前にむき出しになった筋肉隆々の胸に目が眩んだのは言うまでもない―でもなんとかジェイクに心からの明るい笑顔を見せた。「いいって」と彼は言った。背後でドアを閉め、外に向かいつつ、ジェイクの裸の胸にあそこまで驚かされた自分に、…そしてその光景をいまもまだ楽しんでいる自分に、少し困惑を覚えた。ったく、何だよ!
ちょっとだけSlash
また表の日記に書いてしまおうかとも思ったのですが、こちらの日記もうっかりしているとまた開けなくなってしまうかもしれないので、時々は更新しないと…。
相変わらず、ほぼ毎日、Slash読んでるのですが、1000~5000語くらいのものだと、本当に斜めに流し読みという感じになってしまって、その場ではそこそこ面白かったと思ったとしても、リンクすらも残しておかないという場合が多くなってしまいました。
ですが、1万語に達しない短編ながら、久々にかなりツボを突かれるお話に遭遇したので、ちょこっとリンクを残しておこうと思います。
『 Keep Digging; Maybe We'll Find Some Talent 』
Pairing(s): Jared Padalecki/Jensen Ackles, minor off-screen Jensen/Jeffrey Dean Morgan, mentions of Jared/girls.
Rating: Hard R
Wordcount: 7000
このお話が実際に書かれたのは丁度1年前の2010年9月なのですが、今朝、「Podfic」として投稿しました、という某サイトの更新のお知らせが入っていたので、チョロッと覗きに行ってみることにしました。
ちなみに、「Podfic」というのは、
Fanfictionを声に出して読み上げて録音したもの。
NativeなFangirlsは、「Podfic」をまさにiPodなどに落として、家事やら何やら別のことをしながら聞いたりしているみたいです。
英語のNativeでない上、もともと何かをしながら音楽を聴いたりするのが苦手な私としては、文字で読む方が楽なので、日頃まったく「Podfic」としてUPされたものをダウンロードしたりすることはないのですが、
かつてどっぷりとはまった名作Slash、
「The Jared Padalecki Untitled Project」という作品が、「Podfic」になった時には、一応ダウンロードして保存してみたりもしました。
してみたものの…、
時間があって、意識がある(起きている)限り、何かしら文字を読んでいるか、海外ドラマをみたりしていて、iPod も持っていない(とにかく趣味という形で音楽を聴かないので…)私としては、「Podfic」を聞く時間がない!ということに気づいて、
それ以後、「Podfic」をダウンロードすることはなくなりました。
でも、逆説的に考えてみれば…、手間をかけて録音されるだけあって、「Podfic」として録音される作品というのは、比較的名作といえるものが多いんですよね。
ということは、Podficになった作品を辿って読んでいけば…、かなりの確立で名作に当たるってことに。
ちょっと目からウロコです。
って、すっかり話がそれてしまいましたが、上にご紹介したFicの設定は、
2005年の時点で、J2の二人がオーディションを受けたのは、
『Supernatural』 ではなくて、
『Whose Line Is It Anyway』 というコメディーショーだったというもの。
『Whose Line Is It Anyway』というのは、一見素人参加のクイズショーのような形式をとって、参加者(とはいえ、実はほとんどのメンバーがレギュラーで毎週出てる)が、司会者のお題にそって、ちょっとしたゲームにチャレンジしたり、即興の歌を披露したりするコメディー番組(のようです。私はこのお話の冒頭についてたリンクを辿って初めて映像を見ました)。
こうして書き出してみると、ある意味、ちょっと「笑点」に似た構成と言えるのかも…。
親友のChrisの知り合い(実は、これがJDM)が司会をつとめる番組だからというツテでオーディションに参加することになったJensen(ゲイ)は、オーディションの会場で、Jared という 超Hot なイケメンなんだけど、すっごく気さくでオトボケなところもある大男と出合って、一瞬で仲良しになってしまいます。
初対面だっていうのに、二人のあまりの仲良しぶりが面白いということで、あっさり揃ってレギュラーの座を勝ち取った二人。
Whose Line のレギュラーとなった二人の売りは、「Gay 的に思えるくらいの仲良しな二人」。
(「笑点」でのキクちゃん:おバカキャラ、円楽さん(元楽太郎さん):腹黒キャラ、小遊三さん:こそ泥キャラというようなキャラづけがされているのと似てます。)
Jensen は、オーディションで初めて出合った時から「そういう意味」で Jared を好きになってしまったのだけれども、
"Straight but not narrow," (ストレートだけど、そんなガチガチじゃないよ)とは言うものの、やっぱり「ストレート(女性が好き)」な Jared に本当の気持ちは伝えられず、本心を隠したまま親友となり、成り行きでルームメイトになってしまったりします。
時々は、共演者の女の子を「デートに誘おうかな」なんて言ってる Jared に対し、「共演者に手を出すのはよくないよ」なんて正論っぽく微妙な妨害をしたりしつつも、
共演者かつ無二の親友として、2年もの月日を過ごす内、Jensenの気持ちはもう隠しておけないくらいに強くなっていってしまうのです。
ここまで長々と書いてきた挙句になんですが、以下、一応重要なネタバレなので、文字を伏せておきます。
ある時、「ガス抜き程度に発散したいなら付き合うぞ」と持ちかけてくれたJDMの誘いに乗り、一晩一緒に過ごしてしまった Jensen。
翌朝、Jaredと一緒に暮らすアパートに戻ったJensenに対して、Jaredは…。
………。
うーん、なんか、ほとんど丸ごとあらすじを書いてしまったような気もしますが。
簡単に言うと、私、ゲイな Jensen が、ずーっとストレートの Jared に片思いし続けるというプロットが、大好物なのです。
7000語ということで、もちろん「もっとこの辺りを書き込んで欲しかった!」という、微妙に物足りない部分も何点かありますけれども、
Jensen の微妙な心の揺れは、とても上手く描かれていると思います。
***
そして、2011年のBigBangからもう一つ:
『$97 Short』
Pairing(s): Sam/Dean, brief Dean/OFCs
Rating: NC-17 overall (Hard R for the story, NC-17 for the epilogue)
Wordcount: 34,583
Wincest、やっぱり名作多いですね。
Summary: When Dean breaks both his legs and decides to drop out of school with only two months left to go, Sam, determined not to let him become a high school dropout, gets him to agree to take the GED instead. The only problem is that with Dad off on some hunt for next few months, they don't have enough money to pay for registration fees, the cab ride, and the study guide, and still afford food too. So Sam takes odd jobs around town to make up the difference, all while also dealing with a vicious growth spurt, the realization that he has to go on his first solo hunt, and (worst of all) the reawakening of Sam’s major crush on his brother.
高校を卒業する夏を目前に控えたある時、狩りの最中に、なんと両脚を骨折してしまった兄ちゃんに、「高校中退」というレッテルを背負わせることなく、「高校卒業資格」を獲得させるため、
狩りでどこかに行ってしまったきりの父ちゃんをあてにすることもできないまま、
一人奮闘するSam君が生き生きと描かれています。
上の事情だけでも大変なのに、14歳のSam君は、手に負えないくらいの心と身体の成長にも直面していくことになるのです。
とにかく、Sam に次々と厳しい試練が襲い掛かるわけですが、基本的なお話のベースは明るくて、私のようなへなちょこほのぼの好き人間にも読みやすいお話でした。
Rating: NC-17 overall (Hard R for the story, NC-17 for the epilogue)
にも説明されているように、十代の Weechester たちでは到達できなかったシーンも、エピローグとして、思いがけないハッピーエンドとともに添えられていて、全編に渡って満足のいく作品になっていたと思います。
相変わらず、ほぼ毎日、Slash読んでるのですが、1000~5000語くらいのものだと、本当に斜めに流し読みという感じになってしまって、その場ではそこそこ面白かったと思ったとしても、リンクすらも残しておかないという場合が多くなってしまいました。
ですが、1万語に達しない短編ながら、久々にかなりツボを突かれるお話に遭遇したので、ちょこっとリンクを残しておこうと思います。
『 Keep Digging; Maybe We'll Find Some Talent 』
Pairing(s): Jared Padalecki/Jensen Ackles, minor off-screen Jensen/Jeffrey Dean Morgan, mentions of Jared/girls.
Rating: Hard R
Wordcount: 7000
このお話が実際に書かれたのは丁度1年前の2010年9月なのですが、今朝、「Podfic」として投稿しました、という某サイトの更新のお知らせが入っていたので、チョロッと覗きに行ってみることにしました。
ちなみに、「Podfic」というのは、
Fanfictionを声に出して読み上げて録音したもの。
NativeなFangirlsは、「Podfic」をまさにiPodなどに落として、家事やら何やら別のことをしながら聞いたりしているみたいです。
英語のNativeでない上、もともと何かをしながら音楽を聴いたりするのが苦手な私としては、文字で読む方が楽なので、日頃まったく「Podfic」としてUPされたものをダウンロードしたりすることはないのですが、
かつてどっぷりとはまった名作Slash、
「The Jared Padalecki Untitled Project」という作品が、「Podfic」になった時には、一応ダウンロードして保存してみたりもしました。
してみたものの…、
時間があって、意識がある(起きている)限り、何かしら文字を読んでいるか、海外ドラマをみたりしていて、iPod も持っていない(とにかく趣味という形で音楽を聴かないので…)私としては、「Podfic」を聞く時間がない!ということに気づいて、
それ以後、「Podfic」をダウンロードすることはなくなりました。
でも、逆説的に考えてみれば…、手間をかけて録音されるだけあって、「Podfic」として録音される作品というのは、比較的名作といえるものが多いんですよね。
ということは、Podficになった作品を辿って読んでいけば…、かなりの確立で名作に当たるってことに。
ちょっと目からウロコです。
って、すっかり話がそれてしまいましたが、上にご紹介したFicの設定は、
2005年の時点で、J2の二人がオーディションを受けたのは、
『Supernatural』 ではなくて、
『Whose Line Is It Anyway』 というコメディーショーだったというもの。
『Whose Line Is It Anyway』というのは、一見素人参加のクイズショーのような形式をとって、参加者(とはいえ、実はほとんどのメンバーがレギュラーで毎週出てる)が、司会者のお題にそって、ちょっとしたゲームにチャレンジしたり、即興の歌を披露したりするコメディー番組(のようです。私はこのお話の冒頭についてたリンクを辿って初めて映像を見ました)。
こうして書き出してみると、ある意味、ちょっと「笑点」に似た構成と言えるのかも…。
親友のChrisの知り合い(実は、これがJDM)が司会をつとめる番組だからというツテでオーディションに参加することになったJensen(ゲイ)は、オーディションの会場で、Jared という 超Hot なイケメンなんだけど、すっごく気さくでオトボケなところもある大男と出合って、一瞬で仲良しになってしまいます。
初対面だっていうのに、二人のあまりの仲良しぶりが面白いということで、あっさり揃ってレギュラーの座を勝ち取った二人。
Whose Line のレギュラーとなった二人の売りは、「Gay 的に思えるくらいの仲良しな二人」。
(「笑点」でのキクちゃん:おバカキャラ、円楽さん(元楽太郎さん):腹黒キャラ、小遊三さん:こそ泥キャラというようなキャラづけがされているのと似てます。)
Jensen は、オーディションで初めて出合った時から「そういう意味」で Jared を好きになってしまったのだけれども、
"Straight but not narrow," (ストレートだけど、そんなガチガチじゃないよ)とは言うものの、やっぱり「ストレート(女性が好き)」な Jared に本当の気持ちは伝えられず、本心を隠したまま親友となり、成り行きでルームメイトになってしまったりします。
時々は、共演者の女の子を「デートに誘おうかな」なんて言ってる Jared に対し、「共演者に手を出すのはよくないよ」なんて正論っぽく微妙な妨害をしたりしつつも、
共演者かつ無二の親友として、2年もの月日を過ごす内、Jensenの気持ちはもう隠しておけないくらいに強くなっていってしまうのです。
ここまで長々と書いてきた挙句になんですが、以下、一応重要なネタバレなので、文字を伏せておきます。
ある時、「ガス抜き程度に発散したいなら付き合うぞ」と持ちかけてくれたJDMの誘いに乗り、一晩一緒に過ごしてしまった Jensen。
翌朝、Jaredと一緒に暮らすアパートに戻ったJensenに対して、Jaredは…。
………。
うーん、なんか、ほとんど丸ごとあらすじを書いてしまったような気もしますが。
簡単に言うと、私、ゲイな Jensen が、ずーっとストレートの Jared に片思いし続けるというプロットが、大好物なのです。
7000語ということで、もちろん「もっとこの辺りを書き込んで欲しかった!」という、微妙に物足りない部分も何点かありますけれども、
Jensen の微妙な心の揺れは、とても上手く描かれていると思います。
***
そして、2011年のBigBangからもう一つ:
『$97 Short』
Pairing(s): Sam/Dean, brief Dean/OFCs
Rating: NC-17 overall (Hard R for the story, NC-17 for the epilogue)
Wordcount: 34,583
Wincest、やっぱり名作多いですね。
Summary: When Dean breaks both his legs and decides to drop out of school with only two months left to go, Sam, determined not to let him become a high school dropout, gets him to agree to take the GED instead. The only problem is that with Dad off on some hunt for next few months, they don't have enough money to pay for registration fees, the cab ride, and the study guide, and still afford food too. So Sam takes odd jobs around town to make up the difference, all while also dealing with a vicious growth spurt, the realization that he has to go on his first solo hunt, and (worst of all) the reawakening of Sam’s major crush on his brother.
高校を卒業する夏を目前に控えたある時、狩りの最中に、なんと両脚を骨折してしまった兄ちゃんに、「高校中退」というレッテルを背負わせることなく、「高校卒業資格」を獲得させるため、
狩りでどこかに行ってしまったきりの父ちゃんをあてにすることもできないまま、
一人奮闘するSam君が生き生きと描かれています。
上の事情だけでも大変なのに、14歳のSam君は、手に負えないくらいの心と身体の成長にも直面していくことになるのです。
とにかく、Sam に次々と厳しい試練が襲い掛かるわけですが、基本的なお話のベースは明るくて、私のようなへなちょこほのぼの好き人間にも読みやすいお話でした。
Rating: NC-17 overall (Hard R for the story, NC-17 for the epilogue)
にも説明されているように、十代の Weechester たちでは到達できなかったシーンも、エピローグとして、思いがけないハッピーエンドとともに添えられていて、全編に渡って満足のいく作品になっていたと思います。
2011年6月10日金曜日
Big Bang 2011 投稿スタート!
今年もついに Big Bang の投稿が始まってしまいました。
ここ2年ほどは、Supernatural が夏の長いHiatusに入るたび、うっかりクチコミで新しいドラマを(複数…)観始めるハメになったりしていて、じっくり腰を落ち着けて、Big Bangに投稿される長編Slashを読み込む時間がとれなかったりしていたのですけれども、
今年は(とにかく今のところ、「Being Human」以外はっ!)新しいドラマに手を出していないこともあって、
現在、自由になる時間のほとんどを Big Bang に投稿される長編Slash読みにつぎ込んでいる状態です。
(あ…、表のエピソード考察がまたもや滞り始めた理由がバレてしまったかな)
ということで、忘れてしまう前に、少ーーしだけ、感想文を書き出しておきたいと思います。
***
A List of Typos Made by God
Characters/Pairings: Sam/Dean
Rating: NC-17 for Explicit Sexual Content, Off-screen Underage (Sam is 18 throughout, but there are several mentions of a relationship that started when he was 15), Excessive Angst, and Language
Word Count: 44,443
Summary: The summer before Sam leaves for Stanford, Dean begins to forget his relationship with Sam. Every morning he remembers less, and Sam is just waiting for the day Dean forgets him completely.
時間もないので、簡単にまとめると…上のお話の巻末に寄せられていた感想コメントの中に、私とほぼ完全にシンクロしているものがあったので、それをこっそり貼り付けてしまいます。
I'm not the biggest Wincest fan, but every so often there's a summary that really peaks my interest. This fit the bill, and it definitely didn't disappoint. The porn was hot, Sam's narration was spot on, and you managed to squeeze my heart in all the right places. Simply put, it was amazing.
私のSlashの感想文を振り返っていただければ、すぐにお気づきのことでしょうが、
私は基本的に、ほとんど Wincest を読みません。
長編Slashになると、RPSよりも、Wincestの方が名作が多いらしいことは重々承知しているのだけれども、シーズン1の頃のサミー君があまりにBabyで、可愛かったせいか、Wincestは、
完全Sam受が多いような気がしたり、攻Samだよねーと思いつつ油断して読み進めていく内に(Sexシーンの…)クライマックスで強烈にひっくり返されたり…
という痛い目に何度も遭ってきているため、トラウマになっているのかもしれないけど、
Dean よりもよっぽど Shy でお坊ちゃん育ちな Jensen の方が、確実に受け度が高いため、RPSの作品の方が安心して読めるものを探しやすいという理由もあるのかも…、とも思っております。
☆
さて、上のFangirlのコメントとの私のシンクロ率を 「ほぼ」 と表現したのは、このSlash Writerさんのつけたあらすじには、正直、ちっとも惹かれなかったからです…。
このお話は、サムが高校を卒業して、Stanfordに入るまでの、およそ3ヶ月間の夏休みに起きた出来事を描いていて、エピローグは、シーズン1がスタートする直前というところ。
(とはいえ、実際のSPNの世界観とは微妙に違っていて、そこも完璧に私のSlash 好みにフィットするところなのです…)
私の好みのサミーさんからすると、まだまだ赤ちゃん時代の話ともいえるわけだし、このお話を読まずにスルーしてしまっていても、ちっともおかしくないのですが、
この作家さんとペアーを組んだ、アーティストさんの Art作品である、
POSTERS
を目にして、なんというか一瞬にして、グッと胸を掴まれてしまったのです。
以下、ストーリー(およびちょっとだけシーズン6)のネタバレになる可能性がありますので、閲覧ご注意ください。
このお話の大筋は:
サムの大学入学前の夏休み、手放しで賛成はしていないものの、一応サムの意思を尊重して、大学進学のことを認めてくれたらしい父ちゃんから、
卒業旅行的な感じで、ディーンと二人きりの「ハンティング・トリップ」を許してもらったサム。
いけないことだと思いつつも、実は、サムが15歳の時から、大好きすぎる兄ちゃんへの溢れる愛情を抑えきれずに兄ちゃんと身体の関係を持ってしまっていたサムは、父ちゃんの目も届かないこの3ヶ月間を、
軽く「狩り」をしながら、兄ちゃんとイイコトをやりまくって、別れまでの名残を惜しむ予定だったのです。
ところがある街で、ディーンは正体不明のモンスターと接触し、
その結果、次第に「サムに関する記憶」だけ、失っていってしまうことになります。
私は、
上に貼った Art のリンク先の、二段目の一番右、Winchester一家の家族写真の中からサムが次第に消えていってしまうもの、
あれと、下段の「どうやら Dean 受っぽくない?」という感じの、兄弟の「注意!職場では開かないでください!」な写真たち、
を目にして、突発的に「読もう!」と思ったのですけれども、
読んで本当に正解でした!
全体的なプロットも非常によく出来ているし、
兄弟として、サムが生まれた時から愛情を育み続けてきたという兄ちゃんとしての記憶を失いながらも、
(モンスターによる影響の副作用的な意味もあって) どうしようもなくサムに惹かれていき、兄弟というタブーの意識がまったくないままに、真っ直ぐに、信じられないくらい素直に、サムに対して恋に堕ち、愛を募らせていってしまうディーンと、
そんなディーンに少しずつ愛着を抱き始めながらも、どうしても「本物の兄ちゃん」を取り戻したいサムとの関係は、
まるで私の考察する、シーズン6での、魂抜けサムと兄ちゃんの関係と、真裏返しなんだけれども、ある意味どんぴしゃりに同じとも思えて、サムのジレンマ&苦悩、そんな苦悩するサムを見て辛い思いをするディーンの二人ともに、とても自然に感情移入できます。
(ひょっとしたらお好みによっては)ディーンが少し乙女系が過ぎるように感じるかもしれないけれども、
魂が抜けると、弟っぽい可愛さがきれいさっぱり消え去って、超セクシーな男らしい男になってしまうサミーさんに対して、
「兄ちゃん」 として片意地張って、サムを守るために無理に頑張らなくていい、兄ちゃんとしての記憶が抜け落ちたディーンは、このお話のディーンくらい、素直で可愛くなってしまうのかもしれない、
と私個人的には納得しました。
***
父ちゃんの扱いは…、まあ、満点とは言えないけど…。
Wincest Slash である以上、父ちゃんは、わからずやで、息子たちの微妙な感情なんか理解しようにも理解できない頑固親父でないと、困るわけで、
これは仕方のないところかなーとも思います。
***
今年度のBig Bang は、現在、上の作品を含め、2作読了したところです。
もう一作も、なかなか面白かったのですが、上の作品が 95点とすると、
75点くらいかな…、という感じ。
こちらについては感想文は書かないと思うので、リンクだけ:
Hold Me ‘Til the Morning Comes
***
既にあと3作、読みたい作品が溜まっています。
今年は、Slash読むぞーー!!
(あ、シーズン6のエピソード考察も少しは…進めたいと…)
ここ2年ほどは、Supernatural が夏の長いHiatusに入るたび、うっかりクチコミで新しいドラマを(複数…)観始めるハメになったりしていて、じっくり腰を落ち着けて、Big Bangに投稿される長編Slashを読み込む時間がとれなかったりしていたのですけれども、
今年は(とにかく今のところ、「Being Human」以外はっ!)新しいドラマに手を出していないこともあって、
現在、自由になる時間のほとんどを Big Bang に投稿される長編Slash読みにつぎ込んでいる状態です。
(あ…、表のエピソード考察がまたもや滞り始めた理由がバレてしまったかな)
ということで、忘れてしまう前に、少ーーしだけ、感想文を書き出しておきたいと思います。
***
A List of Typos Made by God
Characters/Pairings: Sam/Dean
Rating: NC-17 for Explicit Sexual Content, Off-screen Underage (Sam is 18 throughout, but there are several mentions of a relationship that started when he was 15), Excessive Angst, and Language
Word Count: 44,443
Summary: The summer before Sam leaves for Stanford, Dean begins to forget his relationship with Sam. Every morning he remembers less, and Sam is just waiting for the day Dean forgets him completely.
時間もないので、簡単にまとめると…上のお話の巻末に寄せられていた感想コメントの中に、私とほぼ完全にシンクロしているものがあったので、それをこっそり貼り付けてしまいます。
I'm not the biggest Wincest fan, but every so often there's a summary that really peaks my interest. This fit the bill, and it definitely didn't disappoint. The porn was hot, Sam's narration was spot on, and you managed to squeeze my heart in all the right places. Simply put, it was amazing.
私のSlashの感想文を振り返っていただければ、すぐにお気づきのことでしょうが、
私は基本的に、ほとんど Wincest を読みません。
長編Slashになると、RPSよりも、Wincestの方が名作が多いらしいことは重々承知しているのだけれども、シーズン1の頃のサミー君があまりにBabyで、可愛かったせいか、Wincestは、
完全Sam受が多いような気がしたり、攻Samだよねーと思いつつ油断して読み進めていく内に(Sexシーンの…)クライマックスで強烈にひっくり返されたり…
という痛い目に何度も遭ってきているため、トラウマになっているのかもしれないけど、
Dean よりもよっぽど Shy でお坊ちゃん育ちな Jensen の方が、確実に受け度が高いため、RPSの作品の方が安心して読めるものを探しやすいという理由もあるのかも…、とも思っております。
☆
さて、上のFangirlのコメントとの私のシンクロ率を 「ほぼ」 と表現したのは、このSlash Writerさんのつけたあらすじには、正直、ちっとも惹かれなかったからです…。
このお話は、サムが高校を卒業して、Stanfordに入るまでの、およそ3ヶ月間の夏休みに起きた出来事を描いていて、エピローグは、シーズン1がスタートする直前というところ。
(とはいえ、実際のSPNの世界観とは微妙に違っていて、そこも完璧に私のSlash 好みにフィットするところなのです…)
私の好みのサミーさんからすると、まだまだ赤ちゃん時代の話ともいえるわけだし、このお話を読まずにスルーしてしまっていても、ちっともおかしくないのですが、
この作家さんとペアーを組んだ、アーティストさんの Art作品である、
POSTERS
を目にして、なんというか一瞬にして、グッと胸を掴まれてしまったのです。
以下、ストーリー(およびちょっとだけシーズン6)のネタバレになる可能性がありますので、閲覧ご注意ください。
このお話の大筋は:
サムの大学入学前の夏休み、手放しで賛成はしていないものの、一応サムの意思を尊重して、大学進学のことを認めてくれたらしい父ちゃんから、
卒業旅行的な感じで、ディーンと二人きりの「ハンティング・トリップ」を許してもらったサム。
いけないことだと思いつつも、実は、サムが15歳の時から、大好きすぎる兄ちゃんへの溢れる愛情を抑えきれずに兄ちゃんと身体の関係を持ってしまっていたサムは、父ちゃんの目も届かないこの3ヶ月間を、
軽く「狩り」をしながら、兄ちゃんとイイコトをやりまくって、別れまでの名残を惜しむ予定だったのです。
ところがある街で、ディーンは正体不明のモンスターと接触し、
その結果、次第に「サムに関する記憶」だけ、失っていってしまうことになります。
私は、
上に貼った Art のリンク先の、二段目の一番右、Winchester一家の家族写真の中からサムが次第に消えていってしまうもの、
あれと、下段の「どうやら Dean 受っぽくない?」という感じの、兄弟の「注意!職場では開かないでください!」な写真たち、
を目にして、突発的に「読もう!」と思ったのですけれども、
読んで本当に正解でした!
全体的なプロットも非常によく出来ているし、
兄弟として、サムが生まれた時から愛情を育み続けてきたという兄ちゃんとしての記憶を失いながらも、
(モンスターによる影響の副作用的な意味もあって) どうしようもなくサムに惹かれていき、兄弟というタブーの意識がまったくないままに、真っ直ぐに、信じられないくらい素直に、サムに対して恋に堕ち、愛を募らせていってしまうディーンと、
そんなディーンに少しずつ愛着を抱き始めながらも、どうしても「本物の兄ちゃん」を取り戻したいサムとの関係は、
まるで私の考察する、シーズン6での、魂抜けサムと兄ちゃんの関係と、真裏返しなんだけれども、ある意味どんぴしゃりに同じとも思えて、サムのジレンマ&苦悩、そんな苦悩するサムを見て辛い思いをするディーンの二人ともに、とても自然に感情移入できます。
(ひょっとしたらお好みによっては)ディーンが少し乙女系が過ぎるように感じるかもしれないけれども、
魂が抜けると、弟っぽい可愛さがきれいさっぱり消え去って、超セクシーな男らしい男になってしまうサミーさんに対して、
「兄ちゃん」 として片意地張って、サムを守るために無理に頑張らなくていい、兄ちゃんとしての記憶が抜け落ちたディーンは、このお話のディーンくらい、素直で可愛くなってしまうのかもしれない、
と私個人的には納得しました。
***
父ちゃんの扱いは…、まあ、満点とは言えないけど…。
Wincest Slash である以上、父ちゃんは、わからずやで、息子たちの微妙な感情なんか理解しようにも理解できない頑固親父でないと、困るわけで、
これは仕方のないところかなーとも思います。
***
今年度のBig Bang は、現在、上の作品を含め、2作読了したところです。
もう一作も、なかなか面白かったのですが、上の作品が 95点とすると、
75点くらいかな…、という感じ。
こちらについては感想文は書かないと思うので、リンクだけ:
Hold Me ‘Til the Morning Comes
***
既にあと3作、読みたい作品が溜まっています。
今年は、Slash読むぞーー!!
(あ、シーズン6のエピソード考察も少しは…進めたいと…)
2011年6月2日木曜日
J2版 17 again
何年振りの更新?
そのうち、そのうちにと思っているうちに、あっという間に1年や2年が経ってしまうって、ちょっとびっくりです。
(管理人が来ないくらいなので…)こちらの日記を訪れる人ももういないだろう…と思っていましたら、
このところパタパタっと数名の方々から、裏の日記のお友達登録に申し込みいただきまして、ありがたいやら、うろたえるやらです。
表の日記でもちょっと書きましたが、いっそのこと、人通りもほぼゼロではないかと思われるこちらの日記への入室制限を解除してしまおうか…という誘惑にも駆られたのですけれども、ネットの世界も近頃なんだか不穏続きでもありますので、もう少し様子を見てということにしておいた方がいいでしょうか。
ともかくも、申し込みいただいた方々の登録のため、せっかくこちらの日記を開いたことでもありますので、リハビリを兼ねてと、投稿権限を持って入室できている間に…、
最近読んだお話をひとつだけ、紹介させていただきたいと思います。
『absence from those we love 』
Author: _mournthewicked
Pairing: Jared/Jensen
Rating: Adult.
Word Count: ~ 41,000
Warnings: Minor drug use, and a slightly clueless protagonist with a massive size kink.
Disclaimer: Look up fiction in the dictionary. You won’t find a picture of this story, but the definition of the word ‘fiction’, which this is.
Summary: Jensen Ackles led a great life. It just wasn’t the one he planned on. Now he’s newly single, stuck at a job he hates, and sharing an apartment with his lovably psychotic best friend. When he’s given the chance to go back and do it all over again, he leaps at it. Only he soon comes to realize that no matter what’s in front of him, it’s impossible to leave the past behind. Considering what he’d be giving up, he might not even want to. (17 Again - J2 Style.)
複数章に渡る長いお話を読むのもなかなか久しぶりでしたが、このお話は、ザック・エフロン君主演の
『セブンティーン アゲイン』
という映画のストーリーラインがベースになっています。(この映画もおもしろかった!)
若い頃に描いていた夢を描いていたとおりに実現できる人というのは、ごくわずかですよね。
自分のこれまでの人生を振り返って、「あの時、ああしていれば…」 「この道を選んでいれば…」と後悔したりするのはきっと誰にでもあることだと思います。
このお話の Jensen も、長年かかってじわじわと積もり積もった小さな後悔や不満が限界に達して、「もう何もかもいやだーーーっ」となった時、長年の恋人Jaredからも愛想を尽かされ、まさに「midlife crisis」に直面したある朝、
17歳の姿に戻ってしまうのです。
IT長者(だったけかな…)の友達ミーシャの家に居候しつつ、甥っ子の名前をかたって、地元の、Jared が教師として務めている高校に編入し、
長年の夢だった「役者になる」という夢に再チャレンジするため、Jared が指導を担当している演劇部に入部します。
***
中年に差し掛かったJensenの不満にも実にすんなりと感情移入できるし、
17歳に戻った姿で、身元を偽って、Jaredに対面したりするシーンもドキドキで、
ワクワクと楽しく読み始めました。
しかし、全編に渡り、ちょっとした描写や表現などが、どーも、「これは…、Jared 受くさい」 という微妙な予感をかき立てられ続けて…、緊張感が抜けず、
(攻Jaredを想定して、ほくほくと読み進めている時、突然ひっくり返されてしまう時のショックというのは、私にとってかなりの痛手なのです)
結論としては、ま、(ある意味予想通り…)リバーシブルというところで、
まあ、なかなか面白くはあったんだけど…
全力でお奨め!とは言えないかしらねー、ということで、迷った末、一度はリンクを流してしまったのです。
私自身の精神的余裕が足りないためもあるのか…、このところ、途中まで「面白~~い」と読んでいても、エンディングを迎えた段階で、心の底から「これは絶対お奨め!」とは思えなくなってしまうというパターンが多くて、
そんな理由からも、なかなかこちらの日記を開けない結果になっていました。
とはいえ、このお話用につくられたバナーも、非常に想像力をかきたててくれますし、ミーシャを筆頭に、J2を取り巻く脇役たちもかなりいい味を出してくれて、お話の深みとなっていると思います。
私個人的には、Jared の攻度が不足ではありますけれども、こういった柔らかくて繊細な Jared が好みという方もいらっしゃると思うので、
ひとまず今回のリハビリ更新での、お奨めの一作ということで挙げさせていただきたいと思います。
そのうち、そのうちにと思っているうちに、あっという間に1年や2年が経ってしまうって、ちょっとびっくりです。
(管理人が来ないくらいなので…)こちらの日記を訪れる人ももういないだろう…と思っていましたら、
このところパタパタっと数名の方々から、裏の日記のお友達登録に申し込みいただきまして、ありがたいやら、うろたえるやらです。
表の日記でもちょっと書きましたが、いっそのこと、人通りもほぼゼロではないかと思われるこちらの日記への入室制限を解除してしまおうか…という誘惑にも駆られたのですけれども、ネットの世界も近頃なんだか不穏続きでもありますので、もう少し様子を見てということにしておいた方がいいでしょうか。
ともかくも、申し込みいただいた方々の登録のため、せっかくこちらの日記を開いたことでもありますので、リハビリを兼ねてと、投稿権限を持って入室できている間に…、
最近読んだお話をひとつだけ、紹介させていただきたいと思います。
『absence from those we love 』
Author: _mournthewicked
Pairing: Jared/Jensen
Rating: Adult.
Word Count: ~ 41,000
Warnings: Minor drug use, and a slightly clueless protagonist with a massive size kink.
Disclaimer: Look up fiction in the dictionary. You won’t find a picture of this story, but the definition of the word ‘fiction’, which this is.
Summary: Jensen Ackles led a great life. It just wasn’t the one he planned on. Now he’s newly single, stuck at a job he hates, and sharing an apartment with his lovably psychotic best friend. When he’s given the chance to go back and do it all over again, he leaps at it. Only he soon comes to realize that no matter what’s in front of him, it’s impossible to leave the past behind. Considering what he’d be giving up, he might not even want to. (17 Again - J2 Style.)
複数章に渡る長いお話を読むのもなかなか久しぶりでしたが、このお話は、ザック・エフロン君主演の
『セブンティーン アゲイン』
という映画のストーリーラインがベースになっています。(この映画もおもしろかった!)
若い頃に描いていた夢を描いていたとおりに実現できる人というのは、ごくわずかですよね。
自分のこれまでの人生を振り返って、「あの時、ああしていれば…」 「この道を選んでいれば…」と後悔したりするのはきっと誰にでもあることだと思います。
このお話の Jensen も、長年かかってじわじわと積もり積もった小さな後悔や不満が限界に達して、「もう何もかもいやだーーーっ」となった時、長年の恋人Jaredからも愛想を尽かされ、まさに「midlife crisis」に直面したある朝、
17歳の姿に戻ってしまうのです。
IT長者(だったけかな…)の友達ミーシャの家に居候しつつ、甥っ子の名前をかたって、地元の、Jared が教師として務めている高校に編入し、
長年の夢だった「役者になる」という夢に再チャレンジするため、Jared が指導を担当している演劇部に入部します。
***
中年に差し掛かったJensenの不満にも実にすんなりと感情移入できるし、
17歳に戻った姿で、身元を偽って、Jaredに対面したりするシーンもドキドキで、
ワクワクと楽しく読み始めました。
しかし、全編に渡り、ちょっとした描写や表現などが、どーも、「これは…、Jared 受くさい」 という微妙な予感をかき立てられ続けて…、緊張感が抜けず、
(攻Jaredを想定して、ほくほくと読み進めている時、突然ひっくり返されてしまう時のショックというのは、私にとってかなりの痛手なのです)
結論としては、ま、(ある意味予想通り…)リバーシブルというところで、
まあ、なかなか面白くはあったんだけど…
全力でお奨め!とは言えないかしらねー、ということで、迷った末、一度はリンクを流してしまったのです。
私自身の精神的余裕が足りないためもあるのか…、このところ、途中まで「面白~~い」と読んでいても、エンディングを迎えた段階で、心の底から「これは絶対お奨め!」とは思えなくなってしまうというパターンが多くて、
そんな理由からも、なかなかこちらの日記を開けない結果になっていました。
とはいえ、このお話用につくられたバナーも、非常に想像力をかきたててくれますし、ミーシャを筆頭に、J2を取り巻く脇役たちもかなりいい味を出してくれて、お話の深みとなっていると思います。
私個人的には、Jared の攻度が不足ではありますけれども、こういった柔らかくて繊細な Jared が好みという方もいらっしゃると思うので、
ひとまず今回のリハビリ更新での、お奨めの一作ということで挙げさせていただきたいと思います。
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