以前に表の日記で触れたことがあった 「Caught Running」 という Gay Romance 小説のことを覚えている方いるでしょうか?
Jock & Nerd (スポーツ馬鹿と、ガリ勉おたく) という、Slashの数あるペアリングの中でも、私が最高に好きな組み合わせがあるのですが、
この 「Caught Running」という小説は、まさにそんな私の好みをそのまま体言したような作品です。
今回、期間限定(一日で閉じることになったらすみません…)で、こちらの日記の鍵を開けるに当たって、私が訳したものを第一章のみ、「ようこそいらっしゃいました!」 の気持ちを込めた 「おまけ」 として読んでいただこうと思います。
(第一章については、原作の英文のものも、サービスでウェブ上で読めるようになっているので問題ないはず。でもなるべくこっそり読んでいただければありがたいです。)
表の日記でも、しょっちゅう出てくる「Slash」って? Gay Romance 小説って? と興味をもたれている方で、
「でも、英語で小説を読むなんてハードルが高い!」 と思われている方、
日本語で書かれた 「やおい」小説とはまた一味違った、男×男版の「ハーレクイン小説」とでもいうべきものの魅力をちょっとだけでも味わっていただければと思います。
いいですか?
ちょっとどきどきするけど、公開しますよ?
***
『Caught Running』 翻訳:藤よう
第一章
「コーチ!バスケットのボールはどこっすか?」
ジェイク・キャンベルは、クリップボードから顔を上げ、威嚇的に目を細めてジェレミー―三年・ランニングバック―を見やった。ジェイクは、顔見知りの生徒をファーストネーム、クラス、その子が彼の指導するスポーツのどれかをやっている場合には、守備位置で分類している自分に気づいて、我ながらちょっと面白いと感じた。
「今日は、バスケットはやらないぞ」出席簿のジェレミーの名前をチェックして、彼は答える。
「ええ~! 今日、ランニングっすか?」
「そういうことだ」ジェイクはのんびりと言葉を引き伸ばしつつ、嬉しそうな笑顔を見せた。「外の」楽しげに付け加える。「寒ぅ~~い空のもとでな」
少年はがっくりと肩を下げ、フットボール場とそれを取り囲むランニング用トラックへとつながる、体育館の出口へと向かった。ジェイクはくすっと笑って頭を振り、さらにロッカールームから出てきた生徒たちの名前をチェックした。
ジェイクは、パークビュー高校での仕事を楽しんでいる。生徒たちには好かれているし、彼も生徒たちが好きだ、まあ大抵の場合は。彼は、フットボール、レスリング、野球と、一年を通じてスポーツの指導をしていて、その上、彼は勝つ。ここジョージアでは、勝利は大きな意味を持つ。
体育の授業は、ジェイクが本職に取り掛かる前の五時間ほどのウォーミングアップに過ぎない。それは遥か昔、ジェイク自身が生徒として学校に足を踏み入れた時から全く変わっていないし、そもそも高校の体育教育の改革に関心を持つ人間なんて一人もいないのだろう。ジェイクはふっと息を吐き、出席簿の最後の名前をチェックした。野球部の適性テストでもあるトライアウトが今日から始まる。あと二時間、この退屈な繰り返しを耐えれば、やりがいのある仕事に取りかかれる。
「駄目だ、キャロライン、PETA(動物の倫理的扱いを求める人々の会)にカエルの解剖免除の証書を請願することなんかできないぞ。カエルはとっくに死んでるんだからね。カエルは科学のためにその身を捧げたんだ。カエルの犠牲を無駄にしちゃいけない」ブランドン・バートレットはそう言って頭を振り、生徒たちが使い捨てのラテックス手袋をはめ、布のマスクをつけるのを確認しながら、実験室の前方へと足をすすめた。
「ジミー、今日は、火は使わないぞ。バーナーを消しなさい」ブランドンが視線も向けずにそう言うと、彼の横で小さな吐息とともに、ガスバーナーの炎を消すシュボッという微かな音が聞こえた。カリーに正しい実験器具を使うよう指摘して、彼はホワイトボードの前に立った。
ブランドンはシャツのポケットから眼鏡を引っ張り出してかけ、教材に目をやった。「皆、手元に解剖の手順を持っているね。信じてくれ、手順は昨日の授業で勉強した時から全く変わっていない。なんだい?ケリー」
「バートレット先生? ユニフォームに内臓がついちゃったらどうしたらいいんですか?」常にユニフォームで授業を受けるチアリーダーが質問した。
「クローゼットにエプロンが入ってる。エプロンというのは合理的な防御手段になると思うよ」と、ブランドンは答えた。「ドレイク?」
「先にカエルの頭をちょんぎっていいっすか?」
「解剖手順に最初に頭を切り取ると書いてあるか?」
「ないっす、バートレット先生」
「手順を守らず、過酷な運命にあえて立ち向かうということかな?」
「運命ってなんすか?」
「放課後一週間、解剖で使ったトレイを全部たわしでこすって洗うってことだ」
「サー! 頭はちょん切りません! サー!」
ブランドンは呆れ顔で目をくるりと回した。二年生ってのは。もう不安そうに目を見開いたり、怯えたりはしていないが、当人たちの分別を信頼できるほどには成長していない。「いい選択だ」
生徒たちが作業に取り掛かると、ブランドンは出席簿に生徒たちの出欠を記すとともに、二人組みのチームで、どの生徒にどの器具を渡したかを記録した。視線を上げた彼の顔には小さな笑顔が浮かんでいる。ここは彼の研究室だ。ほぼ十年間の教師生活をへて、二十五回の補助金申請と、校長と教育委員会を相手にたっぷりとやりあった結果、ついに大きな実験室の建設の同意を勝ち取ったのだ。
彼は、パークビュー高校での自身の功績を誇りに思っている。なおさら誇りに思うのは、ここが彼自身の母校であることだ―彼はまさにこの校内を四年間歩いていたのだ―居心地のよさも感じている。とはいえ、生徒たちは年々どんどん幼くなっていくように見えるけれども。彼は、騒がしいチアリーダーたちを見やって、眉をしかめた。それほど年をとった気はしていないが、でも…。
時間割を確認し、ブランドンは、次の授業ブロックの最後の授業の前に授業計画のための予備時間を設けていたことを思い出した。昼抜きで、休憩室の冷蔵庫に昼飯を入れっぱなしだった、ということなら、この後、休憩室に逃亡して低血糖による知力の流出を食い止めることにしよう。彼は視線を上げ、ドレイクとアーロンがカエルの内臓をお互いに向けて飛ばしあっているのを見つけ、ため息をついた。時々、彼は耳から脳みそが流れ出すのを感じることがある。
ジェイクは本日最後となる授業の一時間前、教師用の休憩室の隅っこのテーブルに座って、水をちびちびと飲みつつ、サンドイッチを齧りながら、読書をしていた。朝刊のスポーツページでペーパーバックをカモフラージュし、誰かが入ってくるたび、本の周りに新聞を巻きつけて鋭い黒い目を光らせ、その人物を目で追った。こうるさい奴らに、彼の文字を読む能力について噂されるのはたまらない。
彼は壁に背を向けて座り、両足をテーブルに載せ、コーチ仲間の誰かが来るのを待ちつつ、他の人間が彼に話しかけようなんていう気を起こさないでいてくれることを願った。高校時代の彼は、もう一生分も昔のことだが、群れのリーダーだった。人気者で、スポーツ万能で、ルックスもいい。はるか昔に自分が卒業した、そのまさに同じ高校でコーチとなった今、彼は高校時代オタクで、彼のことを心底怨んでいたような教師たちの群れを相手にしなければならないのだ。ジェイクはすぐに仲間はずれがどんな思いをするものかを身をもって学んだ。唯一の違いは、彼は小さく笑みを浮かべて思う、今の彼は他人からどう思われようがクソほども気にしないってことだ。
廊下でロンダと会い、ブランドンは彼女と一緒に歩きながら、仕事上の情報交換をした。化学の教師である彼女は、学校の評議会に飛び級クラスの創設を申請中だった。ブランドン自身もこれまでずっと飛び級クラスの創設を求めてきていたこともあって、二人は今後九週間の計画について話を詰めているところなのだ。彼らは休憩室までずっと話し続け、休憩室についたところでブランドンが室内を見回すと、ジェイク・キャンベルが一人で座り、読書をしているのが目に入った。
ジェイクとブランドンは昔から現在にいたるまで、常にとにかく完全な正反対同士だった。ジェイクは高校四年の時の学祭のキングであり、卒業プロムパーティーのキングでもあった。ミスター人気者だ。ブランドンは、卒業生総代で、学問クラブの部長だった。まさにオタク―そして並みいるオタクたちの中にあってさえそれほど人気のある方じゃなかった。なぜなら彼は、他のオタクたちが学校生活で辿ってきたのと同じ道を通ってきていなかったから。そんなことを考えつつ、昼食を掴んで、彼はロンダと話を続けるため、部屋の中央の丸テーブルに腰を下ろした。
ジェイクはゆっくりと座る姿勢を低くし、新聞を高く掲げ、目線は室内を見渡せる位置に保ちつつ、誰かと視線が合う前にすばやくそらせるようにした。
ブランドンは、せめてジェイクに会釈くらいはしようと、なんとか目線を合わせようとしたが、ジェイクはあきらかに意図的に彼を見ようとしない。科学教師はため息をついた。彼はジェイクに対し友好的な態度をとろうとしてきた、ミスティにも、トロイにも同じようにしようとした―母校に教師として戻ってきた同級生同士なのだ―しかし、三人とも彼を知っている素振りさえ見せようとしない。彼らは明らかに、高校時代の見識に、後生大事にしがみつき続けるつもりらしい。ブランドンは、なぜそもそも仲良くしようとなんかしたのかと自分を疑った。ロンダが問いかけた何かしらの質問に首をふり、ブランドンは昼食にとりかかった。
ジェイクには、同じ部屋にいるとその存在を無意識に感知してしまう人間がいた。ブランドン・バートレットがその一人だ。どうしてなのか、ジェイクにはわからない。たぶん、ブランドンのことを高校の時から知っていて、その思い出が重くジェイクに圧し掛かっているからだろう。いくつになっても、高校時代はつい昨日のことだ。ジェイクは、一度として他人に惨めな思いをさせて喜ぶような人間だったことはなかったが、彼のチームメイトや『友達』の何人かはそういうやつらで、ジェイクはそいつらがブランドンや、ブランドンのようなタイプの人間をどんな風に扱っていたか覚えていた。それはジェイクにとって、胸の痛くなる思い出だ。彼自身は、一緒になってやったことは一度もない、しかし間に入っていって、やめさせようとしたことも一度もなかった。
ジェイクは椅子の上で姿勢を変え、手元の本のまたもや同じ行を読んでしまったことに鼻を鳴らした。休憩室のドアが再び開き、見上げるとジェラルドとレナが一緒に歩いてくるのが見えた。彼は思わず安堵のため息をもらしかけた―彼と同じ仲間はずれの体育教師たちが救済に現れた。彼らは絶滅しつつある存在―真のコーチたちだった。この学校にいる他のコーチは、トロイのような、まあまあまともな非常勤コーチや、この学校に籍を置かない雇われコーチ、そうでなければミスティのような、昔なにかしらのスポーツ用品に触ったことがあるという程度の、教師との兼任タイプだった。最後のタイプはただ授業で教えているだけの教師よりもたちが悪い、やつらは学問とスポーツの世界を股に駆けた食物連鎖の頂点にいると思い込んでいる。だが、両方の仕事をまともにこなす教師はごくわずかで希少な存在だ、そしてそういう教師は、目に見えない階級間の障壁を無視するだけの賢明さを持っている。
「よう、こんちは、べっぴんさん」ジェイクは、新聞を畳みながらのんびりと挨拶した。彼の視線は、意味ありげにジェラルドの大柄な身体と完璧に剃り上げたモカ色の頭を辿ってから、彼の隣にいる引き締まった体つきのブロンドに移った。「そして君も、こんちは、レナ」と彼はニヤっと笑いながら付け加えた。
ブランドンは新しく入ってきた人間に視線を向けたが、二人が彼やロンダの方へは笑顔どころかちらっと視線を向けることさえせずに、一直線にジェイクに向かっていくのを見て、ロンダとの話を続けた。努力するだけ無駄だ、彼はぶどうの入ったタッパーを開け、ロンダも摘めるよう、ロンダの方へと押しやった。
「あんたって、ホント変態なんだから」レナは静かに笑いながら冷蔵庫へ向かった。
「調子はどうだ、コーチ」ジェラルドは腰を下ろしながら、深い低音で尋ねた。「夕べはどこが勝った?」そう言いながら、彼はジェイクが手にした新聞を指し示す。「っていうか、新聞を逆さに持ってちゃわからないか?」彼は、笑ってページの隅をはじきながら、鋭く問いかけた。
ジェイクはわずかに頬を赤くして咳払いをし、決まり悪げな笑顔を浮かべて、ゆっくりと本を膝の上に置き、新聞の上下を返した。
話の途中で押し殺した笑い声をあげたロンダに、ブランドンは眉をしかめて肩越しにジェイクともう一人のフットボールコーチのジェラルドの方を振り返った。どうもジェラルドが何かのことでジェイクをからかっているようだ。ブランドンはロンダに視線を戻した。「なんだい?」と彼は尋ねた。
彼女は前かがみになって囁いた。「ジェイクったら、新聞を逆さに持ってたの。ほらあの、私たちの存在にも気づかないくらい熱心に読み耽っていた、あの新聞をよ?」
ブランドンは驚きに目を見張り、思わず破顔した。「本当かい?」と彼は声をひそめて言ったが、振り返って確認したい気持ちを抑えるのがやっとだった。「それをジェラルドに見つかっちゃって、とっても面白かったわ」
ジェイクがテーブルの下でジェラルドのすねを蹴り、さらに顔を赤くしながら椅子の上でずるずると身体を低くしたのをみて、レナはジェラルドに水のボトルを放りつつクスクス笑った。「二人とも嫌いだ」ジェイクは小さな笑みを見せながらそう宣言し、本をテーブルの上に投げ出して、二人と一緒に笑い出した。
再び声を潜めて笑い、ロンダは前に身体を乗り出した。「彼ってハンサムだと思わない?私、彼って本当にハンサムだと思うわ」
ブランドンは唖然としてみせた。「ジェラルドが?」
「違うわよ、ばかね。ジェイクよ!」彼女は興奮ぎみに囁いた。
ブランドンは、冷静で落ち着いた化学教師はどこへ行ってしまったのかと不思議に思った。彼女は、ブランドンよりも十歳は年上だったはずだ。「あー…、僕はジェイクと同級生だったから」彼は決まり悪げに告げた。
「彼と友達だったなんて、初耳! あなたから彼に私のことをちょっと売り込んでもらおうかしら」ロンダは静かにアピールしつつ、赤毛を耳の後ろに撫で付けた。
今度こそブランドンが本当に動揺する番だった。「僕は、彼と同級生だったって言ったんだ。友達だったなんて言ってない。それに、ロンダ、彼にアプローチしたいなら、自分ですべきじゃないかと思うけどね。高校時代、彼が僕のことを好きだったことなんて一度もないんだし。今だって彼は僕のことを好きじゃないよ、ついでに言っとくけどさ」ブランドンが小さな声で付け加えるのをよそに、ロンダは彼の肩越しに誘うような視線を投げた。
「今年のチームはどんな感じ?」レナが、腰を下ろしながら聞いた。彼女はソフトボールのコーチをしており、ソフト部と野球部の間には、常にちょっとした対抗意識が存在するのだ。
ジェイクは肩をすくめ、まっすぐに座りなおした。「はっきりしたことは言えないな」レナにずるそうな笑みを向けつつ、彼が曖昧に答えると、ジェラルドは響き渡るような笑い声をあげた。その瞬間ジェイクは、別のテーブルの会話を小耳にはさんで、そちらへ視線を投げた。化学教師がじっと彼のことを見つめ、ただならぬ様子で睫毛をばたつかせているのを目にして、ジェイクは目を丸くした。彼は自動的に問いかけるような視線をブランドンへと向け、彼は退却すべきなのか、もしくは、この事態は目の前のジェラルドに押し付けられるものであって、彼自身は危険を回避できるのかを推し量ろうとした。
たまたま振り返ったブランドンは、ジェイクが彼を見ているのに気づいた。ジェイクの顔には、なんだあれ?という表情が浮かんでいる。ブランドンは反射的に微かに顔をしかめ、肩をすくめて、わずかにロンダの方へと頭を動かして、謝罪の気持ちを伝えようとした。
「俺、…俺、シャワー出しっぱなしだったかも」ジェイクが突然そう口走ると、ジェラルドはさらに大声で笑い、ジェイクの腿をぴしゃりと叩いた。レナはわずかに憤慨した顔つきで、立ち上がるジェイクを見上げた。明らかにジェイクが今年度のそれぞれのチームについての話し合いを回避しようとふざけた企てを試みているのだと思い込んだらしい。ヘッドコーチは二人に手を振り、自分の所持品をかき集めると、再び、取り乱した様子でブランドンに視線を向けた。
なぜそんなことしようとしたのかもわからないまま―単にジェイクを気の毒だと感じたのを別として―ブランドンはジェイクと再び目を合わせ、さりげなく首を回して視線をドアへと向け、逃げられる内に逃げるべきであることを伝えた。それから彼はロンダに向き直り、咳払いして、もう少し大きな声で話し出した。「ところで、ロンダ、飛び級クラスの申請がどうなってるか教えてくれないか。教育委員会には具体的にどんな話をしたんだい?」
「そうそう私から逃げてはいられないからね!キャンベル」レナはこそこそとドアに向かうジェイクに向かって声を張り上げた。ジェイクは振り返り、レナにムカつくほど茶目っ気たっぷりな笑顔を見せ、それからブランドンが座るテーブルを振り返った。ブランドンが化学教師の気をそらそうとしているのは明らかだった。彼はブランドンに微かな笑顔を見せ、感謝の印にうなずいて、足早に出て行った。
目の端でジェイクの脱出を見届けると、ブランドンは、今や事務処理について猛烈な勢いで語っているロンダに注意を戻した。これで本日分の善行はやりとげただろう。一週間分かもしれない。
「保健? 僕に、一年生の保健を教えろっていうんですか?」ブランドンは、三度目となる問いかけをした。唖然として言葉もない。彼はベリー先生のオフィスに立ち―彼の幾何の先生だったまさにあのベリー先生だ―ただ首を横に振った。「僕は生物を受け持っています。二年生と三年生の生物の授業をそれぞれ一クラスずつ。それに一年生の物理も。保健を受け持つ時間はありません」彼は勝ち誇ったように指摘した。
「しかし君には、君が申請していた生物の飛び級クラスのための時間があるだろう」トムは小さな笑みを浮かべてそう指摘し、椅子の背に寄りかかったものの、やれやれという顔で、ため息とともに首を振った。「いいかね、この決定が君の気に入らないのはわかっている。だがね、曲がりなりにもこの科目を教えられる人間が他には誰もいないのだ。かといって、この科目をなくしてしまうというわけにもいかない、なぜなら必須科目だからね。保健の授業はおぼえているだろう、ブランドン」彼は、彼独特のしゃがれ声で続けた。「レスキュー911のビデオをデッキに突っ込んで、子供たちが寝ている間、君は座って自分の授業計画でも立てていればいい」
「生物の飛び級クラスを切り捨てるっていうんですか? トム」ブランドンは訴えた。「補助教員を雇うわけにはいかないんですか? 時給で働く臨時教員を半日雇うとか? 保健の授業ならよく覚えてますよ。だからこそ死ぬほどぞっとするって言ってるんです。心肺蘇生用の人形に、身の毛もよだつような病気の描写、それにバナナにコンドームを被せる練習!」
「コンドームは取りやめになったぞ」トムは苦笑いで切り返した。「保護者があれこれうるさいものでね」
「ああ、もう」ブランドンは呟き、椅子にどさっと腰を下ろしてうなだれた。「最高だ。最高以外のなにものでもない。一年生の保健ね。ったく、トム。いいですよ。やりますよ。どのみち、そうするしかないんでしょう」それは質問ですらなかった。
「まあ、形の上では、君は拒否することも可能なんだがね」と、トムは肩をすくめて言った。「残念ながら、保健の授業は最後のブロック内に入れることで予定が組まれてしまっているから、君は授業計画の時間を二時限目に移す必要がある、どのみち飛び級クラスは実現しないのだからね」彼は、不本意そうに唇を引き締めた。トムがこのやっかいごとをブランドンに押し付けるのを喜んでいるわけではないことは明らかだった。ただ、とにかく他に選択肢がないのだ。「クリスマス休暇の後、職員が何人か辞めたのは知っているだろう。産休もいれば、突然退職することになったものもいる…。野球部のコーチも一人足りなくて、誰かにボランティアしてもらえないかと思っているんだがね」彼は目を細めてそう続けた。ブランドンは曖昧にうめき声をあげた。受け持ち授業の変更のため授業計画の時間を動かさなければならないことについては、もう納得済みだ。だが職員の配置換えなんかには興味はない。「ボランティアを引き受けてくれるとはありがたいよ、ブランドン」トムは当て付けがましくそう続け、愛情を込めたからかいをその目に滲ませて、微かに微笑んだ。
その場に固まり、ブランドンはゆっくりと目の前の男を見上げた。何年もの間、ブランドンを教師として導いてくれ、その間にいい友人ともなった男を。「なんですって?」彼はその言葉をゆっくりと悪意を込めてしぼり出した。
「心配いらない」トムはすばやく続けた。「代表チームはたっぷり油を差した機械のようなもので、なんの問題もなく機能していると聞いている。ただもう一人、助っ人が欲しいというだけの話で、君がすることは大してないだろう。というか、君が何をすることになるのかも検討もつかないんだが、そう大変なことじゃないはずだ。それに君にはチームのコーチとしての素質もある、職員の中でも君が一番の適任者ということになるんだ。実際のところ、職員の中で、君が唯一の適任者なのだよ」
ブランドンは信じられないという顔つきで彼を見た。「一体全体どうやって、そんな風に思ったんです? 素質ってなんですか?」と彼は尋ねた。声がいつもより甲高くなっている。
「君は男で、男子生徒たちを管理下におくのに十分なほどには身体も大きい」そう言って、さらにあわてて付け加えた。「それに君は、解剖学と生理学の知識もあるだろう。コーチ」
口をぽかんと開けっぱなしだったことにやっと気づいたブランドンは、慌てて閉じた。彼はもう少しの間、呆然とトムを見つめ、両手で顔をこすった。「まだ他に何か? トム」彼はそう尋ねたが、その声は危険なまでに静かだった。
「ブランドン」トムは静かに言った。「今回のことが君の守備範囲じゃないことはわかっているし、本当に気の毒に思う。しかし、学校という組織の中ではチームプレイヤーであることを求められるという事実も君は理解しているだろう。全ては子供たちのためなのだよ」
科学教師はため息をつき、肩の力を抜いた。それはブランドンの中で揺るぐことのない一つの事実であり、癪に障ることに、トムはそれを知っているのだ。子供たちのためということなら、ブランドンはどんなことでもする。課外補習の指導という、ほとんど全ての教師が疫病のように避けたがる仕事のため、朝四時四十五分に起き、四十分運転して六時に出勤しているのも、それが理由だ。「わかりましたよ、トム」彼はしぶしぶ同意した。
「ありがとう、ブランドン」トムは、心からそう応えて立ち上がり、デスク越しに手を差し伸ばした。「それから補習指導とは違って、コーチの仕事には割り増し手当てがつくぞ」彼は明るく付け加えた。
ブランドンはくすくすと笑い、立ち上がってトムの手を握った。「へえ、それはすごいな。たぶん、保健の授業はもう誰かが代理で始めているんでしょうね?」
「ジェイク・キャンベルが、誰か常任が見つけられるまでという約束で、保健と四年生の体育を掛け持ちで受け持っている。で、野球部の件で君が話をしなければならんのもあの男だ」とトムは応えた。「そうだ、君たち二人、卒業が近かったのじゃなかったか?」
「ええ、同じ年です」ブランドンは小さくうなずいて言った。「当時、あなたはまだ幾何を教えてました」彼はにっと笑って付け加えた。
「当時は髪もふさふさだった」トムもちらっと笑顔を見せて言い返した。「授業が終わったら、誰かにジェイクを呼び出させようか?」彼は外の事務所の校内放送の設備を示しながらそう申し出た。
ブランドンは顔をしかめた。「いいえ、体育館の方へぶらぶら行ってみます。彼のオフィスの場所はわかると思うので」と彼はいい、目をすがめて壁の校内地図を見た。
「もしあいつをオフィスで捕まえられたら、運がいいぞ」トムは退出を促すように手を振りつつ笑った。「あの坊主は、学生の時ですら、ひとつ所にじっとしていられたためしがなかったからな。もう一度礼をいうよ、ブランドン。この恩は忘れない」
うなずき、ブランドは部屋を出て、体育施設のある方向へと曲がり、ひと気のない廊下を抜けて歩き続けた。彼のゴム底のローファーは特別足音も立てない。彼はオフィスの集まった廊下を見つけ、ドアを一つ一つチェックしていくうちに、窓に「キャンベルコーチ」というサインが貼られたドアを見つけたが、オフィスは閉まっていて、中は暗かった。科学教師はUターンすると、体育館へと向かった。観覧席には四年生の生徒が何人か座り、バスケットコートでは数人がシュートしていたが、教師の姿はない。ブランドンは驚きに眉をひそめたものの、遅ればせながら、ブランドンの計画時間は保健の授業にとられてしまうため、計画時間はブランドンが創設を切望していた飛び級クラスの枠である二時限目へと移すことになる、と、トムが話していたことを思い出した。ジェイクは保健のクラスを掛け持ちで受け持っていると言っていた。ブランドンは、今目にしているのはコーチが受け持つ四年生の体育のクラスに違いないが、彼が一年生の面倒を見ている間、自習させているということなのだろうと見当をつけた。そこで科学教師は保健の教室へと行き先を変えつつ、腕時計を確認した。帰りの放送まであと五分だった。
体育施設のすぐ外に位置する教室の中では、ジェイクが、丸めた紙のボールが宙を飛び、ゴミ箱の縁に当たるのを見ていた。紙のボールは、その場でぐらぐらと揺れた。まるでビニールのゴミ袋にしがみついてでもいるように見える。ジェローム―一年、レスリング部―が、七フィート離れた机から横に身を乗り出し、必死に息を吹きかけているのを目にして、ジェイクは静かに笑い声を立てた。紙の塊はもうしばらくぐらぐらした後、ゴミ箱のすぐ脇の床にクライマックスには似つかわしくないポトッという音を立てて落ちた。
「あー、くそ」
「やったな!」ジェイクは大喜びで叫んだ。「バックボードに当たってシュート失敗ってことで、先生に一ドルだ」彼は笑って手を差し出し、『金をくれ』の世界共通のジェスチャーをして見せた。
「なんだよ」ジェロームは情けない声を出して、ポケットに手を突っ込み、四枚の二十五セント硬貨を引っ張り出した。彼は立ち上がり、重い足取りで歩いてきて、決まり悪そうな笑顔でジェイクの掌にパシッと小銭を乗せた。「次は入れるぞ」彼は頭を反らせ胸を張って言い、紙くずをゴミ箱に放り込んで、席へ戻った。ジェイクは、いつでもものぐさな一年坊主たちにこう言い聞かせていた。ゴミ箱シュートを行った場合、成功すれば、シュートの難易度に応じたそれ相応の態度でその優れた技能を認めてやることとするが、失敗したら、立ち上がって十フィート先のゴミ箱まで歩くことすらサボった罰として、罰金一ドルを科すと。
ブランドンはドア口に立ち、ドアの枠に寄りかかって、その小さなやり取りを眺めていたが、顔がニヤつくのを抑えるのにかなりの努力を要した。彼は、生徒がゴミ箱シュートに成功した場合、どんな形で報いるのだろうかと思い巡らした。その時、二人の女の子が彼の方を見ながら、騒々しく囁き始めた。彼は瞬きして、シャツかネクタイになにかついているのかと、自分を見下ろした。そこで彼は、最後の授業の後、ネクタイを外して両袖を捲くりあげていたこと、そしてトムに呼び出された動揺から、眼鏡をデスクの上に置き忘れ、シャツのボタンも上から二つ外していたことを思い出した。その上彼は、校長と話をしている間、いつもは襟のところできっちりと束ねている肩まで届く黒髪をほどいてしまっており、そのほどいた髪をかき乱す時間もたっぷりあったわけだ。まったく。今の彼はひどい姿をしているに違いない。
ブランドンが再び顔を上げると、三人の女の子が囁きながら彼を指差し、頬を赤らめた。彼は驚きに片方の眉をつり上げ、教室の前方にいる教師に視線を投げた。ジェイクは囁き声につられて開いたドアを振り返り、片方の眉をつり上げた。「バートレット先生」と彼は言いつつ、驚きと困惑を隠して、いつもの、親しげだけれども、なんとなく馴れ馴れしいとも受け取れる挨拶をした。「何をして差し上げましょうか?」
女子生徒たちは小さな歓声を上げ、何人かの男子生徒がくすくす笑ったが、ブランドンはただ首を横に振った。「これからは僕が保健を教えることになった」彼がそう返事をすると、女子生徒からさらに大きな騒ぎが湧き起こった。なんだっていうんだ! なんであの子たちはあんな態度をとる?
ジェイクは、キャーキャーうるさい一年女子たちに向かって顔をしかめて見せ、少し困ったような笑顔を浮かべてブランドンを振り返った。「すまないな」彼が苦笑いでそう言うのに周囲からいくつか飛んだ冗談交じりのブーイングを受け流しつつ、彼は立ち上がり、ドア口へと歩いてきた。「あー、そうかそうか、お前らはごみシュートの練習でもしてろ」そうジェイクはのんびりと生徒たちに告げた。「後は任せる」彼はブランドンに静かに言って、廊下へと踏み出したが、ふと立ち止まり、ドアの横の壁に寄りかかると、教室内に視線を投げた。「あいつらは、まあ大体いいガキ共だ」彼は柔らかな声でブランドンに囁いた。「それほど面倒はかけねえよ」彼はそこで言葉を止め、目の前の男を見回した。何かが違っているが、これといって何が違うのかはわからない。ただちょっと髪や服装が乱れてはいる。ネクタイをしてないからか? 少しいらついてるような目つきだろうか? ジェイクは心の中で肩をすくめ、壁から身体を起こした。「帰りの放送の間、俺にそばについてて欲しいか?」
その時スピーカーがオンになった音を立てたので、ブランドンは少し笑顔を見せた。「まだウロウロしててもかまわないなら、トムから君と話をしろと言われてるんだ」スピーカーから響き渡る受付事務員の声にかき消されそうになりつつ、彼は言った。終業のベルが鳴ると、子供たちはすぐさま彼らの間の抜けて教室を飛び出していったが、何人かの女の子たちは他の子たちよりもゆっくりと歩いてきた。「さようなら、バートレット先生」 「また明日、バートレット先生」 「保健の授業、楽しみにしてます、バートレット先生」教室が空になっていくのにつれ、ブランドンの顔はどんどん煙に巻かれた様子になった。
最後の生徒が廊下を去っていくのを見届けるとジェイクは思いっきりの笑顔を浮かべた。「お前、まじで女子たちから食いつかれてたな、色男」そう言って声をあげて笑う。「俺に何の用だって?」
ブランドンの両眉は飛び上がった。色男だって? 彼がそんなメッセージを受け取ってないのは確実だ。「あー、トム・ベリーから三十分前、全く前触れもなしにこのクラスを任されたんだ―で、それから別の小さい仕事も強引に押し付けられた。僕は、コーチにもなるらしい」
「コーチだと?」ジェイクはしかめ顔で聞いた。何かの冗談か? 「どのチームのだ?」彼は胡散臭そうに尋ねた。
「君のチームのだよ」そうブランドンは言ったが、その声には微かに苛立ちが滲んでいた。「トムが言うには、野球部のコーチが一人足りないって。で、他にどうにもなり手がいなかったらしくて、僕にお鉢が回ってきた」彼は最後の言葉を不満そうに呟いた。
ジェイクは瞬きした。それから開いた口もふさがず、もう一度目をぱちくりさせた。コーチが足りない? 誰がいなくなったんだ? 「お前、野球なんかわかるのか?」彼はあっけにとられてそう聞いた。
「野球の試合は観るよ。たまたまブレーブスのファンだしね、おかげさまで」
「そりゃあよかったな」ジェイクは少し苛つき気味に応えた。「だけどな、コーチができるほど知ってんのか?」
「その答えはノーだよ。僕もそれをなんとかトムにわかってもらおうとしたんだ。でも泣き落としされちゃって。それって、どういう状態か想像つくだろ」ブランドンは腕を組んだ。「彼が言うには、僕は〝男で、男子生徒たちを管理下におくのに十分なほどには身体も大きい〟とかなんとかって、だからそういう意味では、なんらかの資格があるってことかな、と」彼はそう言って、視線を落とした。実を言えば、このトムのコメントはずきっと来たのだ。遠まわしに、彼にはコーチなんかできないって言っているのと同じだったから―でもそんなの気にしないさ、だって彼は教師としては一級品なんだから。「そうか。僕がコーチになんていい考えじゃないよな、君からトムに、とんでもないって言ってくれよ、それでキリがつく」彼はぶっきらぼうにそう告げた。
ジェイクは眉をしかめて目の前の男を見た。「俺は、お前を侮辱したわけじゃない」彼は一つため息をついて言った。「ただ、俺たち、今年は州大会を目指してて、それに俺、コーチが一人不足してるってことすら、今まで知らなかったんだ。悪かったな」彼はそう謝罪を申し出たものの、彼の口調にはわずかな不満と苛立ちが混じっていた。「ったくよ。誰がいなくなったんだ?」彼はほとんど独り言のように呟いた。
ブランドンは彼を見上げて、その言葉が真実であることを見て取り、再び肩をすくめた。「僕、悪いニュースを運んできちゃったみたいだね。罪もない伝言配達人を殺さないでくれよな?」彼はそう頼んだが、その声にはユーモアの気配が紛れ込んでいた。「きっと僕にだって手伝えることはあると思うよ。僕って、教師としては余裕で平均以上だからね。コーチの仕事だってまったく手に負えないってことはないよ、少なくとも取るに足りない雑用くらいなら」と彼は真剣に申し出た。「州大会を目指すなんて、本当に大変なことなんだろうけど」
「まさにそういうことだ」ジェイクは厳しい声で答えた。「これはただのスポーツの問題じゃない。うちの野球部には今年確実にスカウトがくるだろうっていう生徒が八人いる。やつらの将来がかかってる話なんだ」
「だったら、僕の申し出を無下に断ったりするな」ブランドン毅然とした態度で、きっぱりとそう言った。
ジェイクは目の前の男と視線を合わせ、小さなため息と共についにうなずいた。「とにかく、少なくとも自分のやってることをわかってるような振りだけはしといてくれよ。突然コーチの仕事を押し付けられたっていうなら、身ぐるみ全部必要ってことだよな?」彼はブランドンの服装を指しながら尋ねた。ブランドンの格好ときたら、かろうじて爺さん教師がよく着るツイードを着てないって程度だ。なんてこった、実験用の安全ゴーグルまで見えてきそうだぞ。
ブランドンは、突然態度の変わったジェイクに目をぱちくりさせた。「身ぐるみ? ランニング用のショーツとTシャツ、それに靴なら車にあるけど」
「違う、トレーニングウェアじゃない」ジェイクは憤慨したように言った。「コーチってのは、毎日選手とまったく同じ格好でいるもんなんだ。俺が言ってるのは、スパイクに、野球ズボン、アンダーアーマー、ジャージだ。希望の背番号があるか?」彼はブランドンに一緒に歩き出すよう手振りで促しつつ、ふと思いついたように聞いた。
野球ズボン? 「いいや、特に希望はないよ」科学教師はそう答えた。「でもさ、〝自分のやってることをわかってるような振りをする〟っていうの、たぶんあんまりいい考えじゃないと思うんだ。子供たち、特に君のチームの子たちなんて、すごく察しがいいから、そんなのすぐ見抜かれちゃうよ。僕は見学してるだけだとかなんとかって言った方がいいんじゃないかな」
「駄目だ。そんなことを言ったら、完全になめられる」ジェイクはただちに言い返した。「奴らにはちゃんとお前のことを尊敬させなけりゃ駄目だ。そうでなかったら、お前は単にお前の時間を無駄するだけだ。お前にできることを一緒に見つけよう。三塁コーチがいいかもな、それなら、サインと走塁の基本だけ覚えればいい」体育館に入り、オフィスへと向かいながら、ジェイクは思案した。数人の生徒が観覧席の間でぶらぶらしているのを見て、ジェイクは目を細めた。彼の受け持つクラスはこの時間までには全員退室しているはずだった。「お前らまだこんなところでぶらぶらしてるのか!?」彼は突然怒鳴った。彼の声は体育館中に響き渡り、生徒たちは飛び上がって散り散りに逃げていった。
ブランドンはとどろく怒鳴り声に少し身体を引いたものの、ジェイクについてオフィスに戻りながら思わず微笑んだ。彼はフットボールコートから聞こえるあの怒鳴り声を覚えていた―当時のジェイクはスタークウォーターバックだった、もちろんのことながら。「君の声ってそんなに違わないね、そのこと知ってたかい?」彼は考える前にそう口にしていた。
「違うって?」ジェイクは、軽量コンクリートブロックでできた彼の小さなオフィスの片隅にぽつんと立っているアルミ製のロッカーへと歩きつつ、困惑して聞き返した。「何と違うんだ?」
「君、フットボールコートでよくあんな風に怒鳴ってたんだ。僕、覚えてるよ。観覧席の一番端からでも君の声は聞こえた」ブランドンはそう言って、両手をポケットに突っ込み、ジェイクがロッカーの中をごそごそ探るのを眺めた。
ジェイクは予備の真っ白な野球ズボンを引っ張り出しながら、肩越しに振り返った。「そうか」彼はわずかに頬を赤くしてそう応えた。「お前が試合を観に来たことがあったなんて知らなかった」彼は居心地悪げにそう続けた。他にどう反応していいものかわからない。
「何回かね」とブランドンは認めた。「君たちが地区大会で優勝した時、いったい皆が何にあそこまで大騒ぎしてるのか確かめたくてさ」と彼は言った。いまだにフットボールのことは大してわからないが、あれも一つの経験だったと思っている。
「それで観に来たのか?」ジェイクは興味を引かれた様子で聞いた。彼はその『大騒ぎ』を覚えていた。群衆が興奮に沸き、スタンドからはマーチングバンドの演奏が響く。保護パッドの軋む音、タックルの唸り声、寒さ、目映い光と、汗と草の匂い、完璧な秋の夜。ああ、最高に好きだった。あの瞬間のために生きていたとさえいえる。
「うん」ブランドンは静かにそう言った。「あれって、僕の日常とは全く別世界でさ。観てるだけで興奮したよ」そう言ったが、彼はジェイクが遠い目つきをしているのを目にして、彼が昔を懐かしむのを邪魔しないようそのまま静かにしていた。自分にもそんな思い出があったらいいのにと思う。彼の一番の思い出といったら、何マイルも、何マイルも延々と走り続ける時に感じるポカっと突き抜けた静けさくらいのものだ。野山を走り、草原を超え、葉の茂った森を抜ける。そんな時には、彼の意識は真っ白になる。
ジェイクは不思議そうに目の前の男を見やってうなずいた。ブランドンって奴はそもそもどこか変わっていた。運動選手のような体つきをしているのに、ジェイクは、彼が何かスポーツをしているところを見たことがなかった。彼ら二人は、全員が必須で受ける一年生の体育の授業すら一緒に受けたことがない、なぜならブランドンは二年になってからパークビュー高校に編入してきたからだ。当時ですら、ブランドンは大柄な生徒だった。ジェイクと同じくらい背も高く、細身だけれども、肩の辺りはしっかりしていた。ブランドンはそんな恵まれた体格を活用しようという欲求を持たず、知的な方面に没頭したということなのだろう、とジェイクは想像した。
「まあ」ジェイクはふっと息を吐いた。「この辺ならお前にも合うだろう」そう言って、ズボン、光沢のあるブルーの長袖のアンダーアーマーシャツ、そして同色のゆったりしたジャージを手渡した。「靴のサイズはいくつだ?」彼は自分の片足を持ち上げて、自らのトレーニングシューズを見下ろしつつ、何かに思いをめぐらせるように眉をしかめた。「あー、初日はテニスシューズでもいいだろう」と彼は気持ちを変えた。「そういや、さっきは妨害活動してくれてありがとな、話は変わるけど」
ブランドンは借りたユニフォームを小脇に抱え、一瞬惑ったが、ロンダの一件を思い出した。「ああ、うん。構わないよ。ロンダが本気で何かに固執するとどんなことになるか見てきてるからね。もちろん、それっていつもの対象はプロジェクトとか、助成金なんかなんだけどさ。でも彼女って恐ろしい目つきをするから」とそこで一旦言葉を切り、「で、サイズは12だよ」
「俺の予備を貸せるな」ジェイクはうなずいた。「俺のは12・5だけどな、俺は足首のせいで、片方にこのリフトパッドってやつをつけなきゃならないから」彼はぶつぶつ言いつつ、スパイクの片方を取り上げて、中を突いた。靴はだいぶくたびれて磨り減ってはいたが、彼の大きな手に掴まれているのを見ると本当に愛用されていたのだなと思える。「リフトはまだこん中に入ってんだ、実は」彼はそう呟いて分厚いパッドを突いた。「リフトには接着剤がついてて、俺はいままで剥がそうとしてみたこともないんだが」彼は、靴に気をとられたまま呟き、「で、俺は気持ち外側に傾いて歩いてるもんで、底が変な風に磨り減ってる、だけどお前が新しいのを買いたいっていうのじゃなければ、用は足りるだろう。スパイクは、五十ドルくらいはしたと思うから」
「ありがとう。合うかどうか試してみるよ」とブランドンは言った。「とにかくまずは着替える。ロッカールームは廊下の向こうだったよね?」
「ああ、だけどな」ジェイクは咳払いして、わずかに顔を赤くした。小さく息を吐き、笑顔を浮かべながらなんとか質問を口にした。「トランクス派、ブリーフ派どっちだ?」
ブランドンは手にしたズボンを持ち上げ、しみじみと眺めた後、ジェイクに視線を戻した。「まさかこのズボンの下になにか穿けっていうんじゃないだろうね?」彼の声からは心から面白がっている様子が伺えた。下着の上にこのズボンを穿くなんて絶対に不可能だ。
「そのズボンの下には本来、スライディングパンツを穿くことになってる、だが実際試合をするわけでもないから、そこまでするとちょっとおかしく見えるだろう。白いブリーフがベストだな」ジェイクは可能な限り真面目な顔でそう答えたが、突如、目の前の男が下着なしで直にぴっちりした野球ズボンを穿いて立っている姿を思い浮かべてしまい、正直に言ってそのイメージをかなり気に入った。
「わかったよ、そういうことなんだね」ブランドンはそう言って、何かを決めかねる顔でズボンを見た。「すぐに戻るよ」彼はオフィスを出て廊下を横切り、ユニフォームをロッカーの列の間にあるベンチの上に落とし、服を脱ぎ始めた。まあ、これも運命なのかもな、と彼は皮肉っぽく考えた。彼は今日、ブリーフの代わりに、白いスパンデックスのショーツを穿いていた。帰宅したら、公園に走りに行こうと思っていたのだ。少なくとも、白いズボンから赤や黒が透けて見えるような完璧にださいオタクには見えずに済むだろう。
彼はアンダーアーマーシャツを被り、それが思いのほか伸縮性があって着心地がいいことに驚いた。ズボンに足を踏み入れると、彼はそれがあまりにぴちぴちで、余裕がないことに驚き瞬きした。いまいましいこのズボンを引き上げるためには、何度か体を捩らなければならなかったし、ベビーパウダーかなにかの助けなしには、腰の上までひっぱるのは絶対無理だとさえ一瞬思わされたほどだ。やっとズボンを穿き、鏡を見て、彼はぞっとして震え上がりかけた。このズボンはぴちぴちなんてものじゃない。彼は(出来る限り)シャツをズボンにたくし込み、ジャージを片腕にかけて、ジェイクのオフィスへと裸足で歩いて戻った。
「もし僕用にズボンを注文するつもりなら、今穿いたのは、ワンサイズかツーサイズ小さいみたいだよ」ブランドンはオフィスに再入室しつつそう言った。
ジェイクは手元の本から顔を上げ、目の前の男の姿に目をぱちくりした。彼はブランドンを上から下までじっくりと眺め、おそらくは初めて、彼が具体的にどれほどいい体をしているのかに気づいた。アンダーアーマーは濡らした紙のように彼の身体に張り付き、ジェイクが、生物の教師なんかについていようとは夢にも思わなかった筋肉を浮き上がらせており、ズボンは、実際のところ完璧にフィットしていた。ただ通常使うプロテクターをつけるのに十分なゆとりはあるものの、グランドでの動きを妨げるほど緩すぎはしない。全く驚きだ。「いや」彼は頭をかしげ、片方の眉をつり上げて呟いた。「いや、俺にはそのズボンは完璧に見える」と彼は気持ちどぎまぎして言った。
ブランドンは自分の姿を見下ろして、肩をすくめ、指で髪を耳の後ろに梳いた。「君がそういうならいいんだけど。このズボンに慣れるのには少し時間がかかりそうだな」と彼はコメントし、もう一つの椅子に腰掛けて、ジェイクが出しておいてくれたブルーのソックスをはいた。
ジェイクはばかげた瞬きを繰り返して、ブランドンを見つめた後、デスクの上の数読パズルに視線を引き戻した。彼が学校にいる間は隠しているもう一つの趣味だ。彼はゆっくりとクリップボードを動かしてパズルを覆い、伏し目がちにブランドンを見上げた。堅苦しいワイシャツとネクタイをタイトなブルーのシャツと清潔な白いズボンに置き換えてみると、彼は実際にスポーツマンに見えた。今のブランドンは、ジェイクがバーで引っ掛けたくなるようなタイプに見える。再び視線をそらし、ジェイクはゆっくりと彼のペーパーバックにも手を伸ばして、見えないところに動かした。ある人間がどこかの高校の体育教師だったとした場合、そいつが実際に機能する脳みそを持っていても誰も評価はしてくれない。それどころか、仮に読書のような、知的だと考えられるようなことをしているところを見つかったら、『賢く』見せようとしているのだろうとからかわれるのがオチだ。その本がいい本かを聞かれる代わりに、『その本には挿絵がついてないよ、おばかさん』的なコメントをもらうのがジェイクの日常なのだ。そんなジョークをブランドンからは一言だって聞きたくない。
ジェイクは再び咳払いして、うなずいた。「真面目な話、そのズボンを穿いててよかったと感謝することになるはずだ。練習は、三時半から、ガキどもがグランドに出てきてからってことだ、終わりは五時半から七時のどこかってとこだな。日が暮れると寒くなるし、時には雨も降る。練習が休みになるのは雷が鳴ってる時だけで、そんな時は、室内でウェイトトレーニングをする」彼は鉛筆を取り上げ、それでデスクを叩きながら考えた。「他には…」彼はひとりごちて、思い出す助けを求めて周囲を見回した。「遠征もかなりある。その内のいくつかは泊まりになる。だから、彼女とかカミさんとか、ま、誰にでもその辺のことを伝えといた方がいいかもな」彼はそう続けながら、スケジュールを探し出して眺めた。「金曜と土曜の試合もいくつかある」彼はぶつぶつそう言った。「春休みにはフロリダでトーナメントがあるし、いつも五月の最初の週に選手たちをターナーフィールド(アトランタブレーブスの本拠地)に連れて行って、一試合か二試合させてる。それも泊まりがけの遠征だな」彼はブランドンにスケジュールを手渡しながらそう続けた。
「コーチってのは、二十四時間体制の仕事だ」彼は静かにそう告げた。それはほとんどの常勤教師が絶対に理解してくれない事実の一つだった。教師たちは朝七時半から午後の二時半まで生徒を受け持っている。ほとんどの教師はそこまでで終わりだ。何人かの教師はクラブの顧問をし、補習を受け持ったりもするが、それが終われば靴から学校の臭いを拭き取って、家へと帰る。コーチは夜も、週末も、夏休み中も、受け持ちの子供たちと一緒なのだ。コーチってのは、生徒のために大学探しを手伝い、パーティ会場から酔っ払ってかけてくる電話もさばけば、恋愛相談にも乗る。生徒たちが卒業し、学位をとったずっと後まで連絡を絶やさない。ジェイクが大学時代、自分がバイセクシャルかもしれないと気づいた時、彼が一番に電話したのは、彼の高校時代のフットボール部のコーチだった。
「結婚はしてない」ブランドンが、練習時間、週末の試合、トーナメントの遠征旅行のスケジュールを検討しながら静かにコメントしたのはそれだけだった。既に引き受けたのである以上、最善を尽くすだけだ。彼はこれから確保できる睡眠時間をすばやく計算してみて、内心ひるんだけれども、見た目は穏やかに繕った。ただでさえ長い一日が、もっと長くなる。彼の平日は毎日四時四十五分に始まり、六時から七時に課外補習を担当し、七時半から二時半までフルで授業を受け持っているのだ。これからは、午後、自分の博士号の研究を進める代わりに、野球の練習や試合が待っていることになるわけだ。もう一度、スケジュールにざっと目を通した結果、私的な研究については、午後九時以降に移さなければならないことを確信した。―毎日の授業計画、テストの採点、テスト作りの後に―そして土曜日もいくつかなくなり、彼の唯一の自由な日である日曜日も取り上げられてしまうことになる。個人的なトレーニングの時間、これをどこに割り込ませればいいのか検討もつかなかった。博士号の計画の後、遅くにってことになるだろうか。帰宅してから湖の周りを走ることもできる。
「僕は、何から始めたらいいのかな」と彼はコーチに聞いた。
「お前、ちょっと顔が青いぞ」ジェイクは質問に答えずブランドンをしげしげと見た。「練習は、泣き言を言うやつらを間引いちまえば、実際楽しいもんなんだ」彼は、幾分かの慰めを与えようと、椅子に寄りかかり、両足をデスクに乗せてそう言った。
ブランドンは思わず笑い出し、少しリラックスした。「泣き言をいうやつら? どんなことで泣き出すんだい? ゴロが股間に当たったりして?」
「そのために股間用のファールカップってものがあるんだ」ジェイクは即座に返答した。ある特定の部位への打撃痛についてのあらゆる不平に対する彼の標準的な切り返しがそれだった。「それに、仮にタマに打球をくらったとして、それはちゃんとグローブを下ろしてなかったからってことで、当然の報いってもんだ。そんなやつらを甘やかしちゃいられない」彼は強固に主張した。「お前ら教師が、俺たちコーチの選手の扱い方を生ぬるいと思ってるのは知ってる、だがもしやつらが赤点を取れば、チームをクビになるんだ。怪我をしたら、その怪我を抱えてやってく。病気になっても、やつらはどっちみちグランドに出てくる。俺のとこの坊主どもの何人かが、お前の受け持ちクラスで皆勤賞をとってるはずだってことは保証できる。そしてこれも自信を持って言える、週のどの日でもお前が受け持ってるどれか少なくとも一つのクラスには、指にテーピングしたり、くるぶしや膝に添え具をつけてたり、とんでもなく見事なアザを隠そうとしてるような生徒が一人はいるはずだってな」
彼は選手たちを守りたい気持ちからいきり立っていた。彼は運動部の生徒たちがどんなことを経験するか身を持って知っているのだ。彼らは『ジョック(スポーツ馬鹿)』という肩書きを貼られ、本来、優等生特別クラスに入れられるべきであっても、頭の悪いクラスに入れられる。そして彼らが学問的になにかアッと言わせるようなことをしても、「ラッキー」で片付けられてしまうのだ。怪我はいうまでもなく、極限までしぼられる練習スケジュールに、一つのスポーツを愛するがゆえに直面する挫折感。ジェイクは気持ちを落ち着けるために、荒々しく鼻から息を吐き、椅子を後ろに傾けて凝った首を回しながら目を閉じた。
ジェイクが真剣に語る即興の演説に驚きを感じつつ、ブランドンはジェイクの痛いところを突いたのだと知った。それも彼ら自身の高校時代にさかのぼる心の痛みだ。そしてジェイクの話しを聞けば聞くほど、ブランドンは納得した。生物の教師はゆっくりとうなずいた。コーチの言うことは正しい。オタクたちがスポーツマンでないこと、見た目が格好良くないことで悪口をいわれたり、からかわれたりすると感じていたのと同じほど―ジョックたちは成績や出席率のことでからかわれていたのだ。どちらのグループも損な役回りを背負っていたのかもしれないと彼は考えた。「ごめんよ」と彼は静かに言った。
ジェイクはしばし目の前の男を見つめ、それから拍子抜けするような明るい笑顔を見せた。これも彼が得意とするものの一つだ。目眩がするほど感情を爆発させた後、それをすぐに押しのけてさっさと忘れ去ってしまう。彼はまた必要に応じて、あえて馬鹿で粗野なイメージを強調してみせることも得意だった。毎日の勝負顔ってやつだ。「頭に血が上って我を忘れちまった」と彼は言った。彼の顔にはいつもの皮肉っぽい笑顔が戻り、彼の目は温かな茶色に戻っていた。「昼飯の時にジュースをもらえないと、いつもこうなるんだ」彼は恥ずかしそうな笑顔でそうジョークを飛ばし、首の後ろに手を回して擦り、首を回して、ぽきっと大きな音をたて背骨を鳴らした。
その時、デスクの電話がしつこく鳴り始め、ジェイクは電話を睨みつけた。彼は、ブラントンに待てというように片手を挙げ、両足をデスクから下ろすと、スピーカーボタンを押した。「こちらは識字能力自己診断ホットラインです」と、彼は低い事務的な声で言った。「発信音の後、お名前と電話番号、および本日の用語を使った一文を読み上げてください。本日の用語は〝傲慢〟です」
「生徒がそばにいるか?」トロイ・ピーターソンの声が電話ごしにそう用心深く聞いた。
「いや」ジェイクは笑って、ブランドンにウィンクした。
「じゃ言うが、くだらねえことばっか言ってんな、クソ野郎」と、トロイは悪態をついた。「明日の朝のお知らせ用の放送の告示を提出したの、お前か?」
「どんな告示だ?」ジェイクは罪のない様子を装ってそう聞いたが、その声は今にも笑い出しそうだった。ブランドンは頭を傾け、目の前の男のあまりの変わりように笑顔を浮かべた。ジェイクがここまで素早くコロコロと機嫌を変えるのを目にするのは奇妙な気さえする。
「引用するぞ」話し方のクラスの教師、かつ同僚コーチは応えた。明らかに何かを読み上げているようだ。「本日午前中、十一時四十二分きっかりに、メンテナンス業者が電話回線の埃を吹き飛ばす作業を行います。全教師は、埃を受けるため、受け持ちのクラスの電話の受話器を袋で覆ってください」
ブランドンは両眉をつり上げ、なんとか吹き出すのを堪えた。ジェイクは聞きながら声をひそめて笑っている。肩を揺らし、片手で口を覆って、なんとか大声で笑い出すのを堪えながらも、わずかに鋭い息をもらした。「俺じゃない」彼はなんとかそう言った。
「俺、このまま放送するぞ」トロイはせめるような口調でそう言った。「全ての責めは、感心するほど逞しいお前の両肩にきっちりと乗っけてやるからな、ダーリン」彼はそう警告して電話を切った。
ジェイクは、げらげらと笑い出した。ブランドンも一緒にクスクス笑いをもらす。「面白かった」笑いに目を躍らせつつ、コメントする。ジェイク・キャンベルという人間には、型にはまった『ジョック』というイメージだけには収まらない、多くの側面が存在することを、彼は急速に発見しつつあった。
「だってよ、なにかしら楽しいことをみつけないとな」ジェイクは軽く笑いつつ、クリップボードを掴んで立ち上がった。「だがな、本当の楽しみは、何人の人間が実際に放送に従って実行したかを確認する時にやってくるんだぜ」そう言いつつ、彼が体中を揺らして大笑いし始めると、数読パズルが何枚か床に落ちて散らばった。
ブランドンはかがんで紙をかき集め、既に書き込み済みのパズルを眺めた。「うわっ、僕はこういうの大嫌いなんだ、答えを探すのにとんでもない時間がかかちゃってさ」彼はパズルをジェイクに返しながらそう言った。「君って、きっと僕よりずっと辛抱強いんだな。僕はこういうパズルをやってるとイライラしてしまうんだ。だったら代わりにクロスワードをくれって感じかな」
ジェイクは居心地悪げに少し笑い、うなずいてパズルの紙を受け取った。「クロスワードってのは、1から9までより、もうちょっと知識が必要だからな」と彼がつぶやくと、最後のスクールバスの時間を知らせるベルが鳴った―つまり三時十分ということだ。「くそっ、着替えねえと」彼はふっと息を吐き、クリップボードを置いて、ブランドンの後ろの窮屈なスペースを通り、自分のバッグを掴んだ。
ジェイクの気まずげで自己軽視な返事に少し眉をしかめ、ブランドンは立ち上がった。「外に出て、メイン球場の内野のところで待ってるよ」校内には、三つの球場、野球用が二つに、ソフトボール用が一つ、そしてフットボール場に陸上トラック、二つのサッカー場とテニスコートが六面ある。
「ああ、ああ、今週は全員そこに集合することになってる。それから各チームに分かれるんだ」ジェイクは、シャツを脱ぎ椅子へと投げながらそう答えた。「なあ」と彼はすばやく言った。「ありがとな」と彼は静かに付け加えてブランドンを見上げつつ、短パンを脱ぎ始めた。
ブランドンは驚いて立ち止まった―突然目の前にむき出しになった筋肉隆々の胸に目が眩んだのは言うまでもない―でもなんとかジェイクに心からの明るい笑顔を見せた。「いいって」と彼は言った。背後でドアを閉め、外に向かいつつ、ジェイクの裸の胸にあそこまで驚かされた自分に、…そしてその光景をいまもまだ楽しんでいる自分に、少し困惑を覚えた。ったく、何だよ!
2011年9月13日火曜日
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2 件のコメント:
お久しぶりです!
以前良いスラッシュ小説の書き方記事にコメントさせていただいた、はちだんごです。
海外ドラマOZの二次小説を英語で読み始めたのがきっかけで、
オリジナルのスラッシュ小説を今年から読み始めて、この「Caught Running」も英語で読みました。良い作品ですよね
私も好きな作品なので日本語訳で読めて嬉しいくて思わずコメントしてしまいました。ちなみに、私はこの小説の作家の「Cut and Run」シリーズが一番好みですv
はちだんごさん
お久しぶりです!
こちらの日記まで遊びに来ていただいてありがとうございます。
私の訳で、原作のイメージを壊したりしていないといいのですが…。
「Cut and Run」シリーズですか、
はちだんごさん、ハードボイルドなんですねー。
私もこのシリーズまとめ買いしてあるのですが、ここしばらく、あれこれ新しいドラマにやたら手を出していることもあって、一作目を読んだ後、残りは積んだまま放置してあります。(また読み始めないと!)
そうそう、OZ、恐々シーズン1に手を付けたところ、みるみる惹き込まれて、あっという間に、シーズン6まで鑑賞完了してしまいました。
強烈だけど、本当に素晴らしいドラマですね!
OZ Slashまでは、手を出せそうにないですが…、OZというドラマの魅力には完全に嵌りました。
はちだんごさんのところに、秘密のパスワードを教えていただきに行きたいと思いつつ、なかなか勇気が出ずにいます。
その内に…、お邪魔するかもしれません。
その時にはどうぞよろしく。
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